第9話:俺と、処刑
アルベールさんは、酷薄な笑みを浮かべられていました。
「ふん。まさか、まさか。さすがに我が親父殿はそこまで甘っちょろい人間では無いはずです。あるいは陛下は助命を求められるかもしれませんが、間違いなく処刑にまで持っていくことでしょう」
どうやら、そんな話のようですが。
ぞっとして唖然としてしまいます。
何だかんだ前世では平和の中で生きてこられて、この世界でも、戦場には出たことがあっても、そこまでの悲惨さは感じずに生きてこられて。
俺の甘っちょろい価値観は、捕らえられている人たちは生きては帰ってくるだろうと思っていたようなのですが。
ある程度の暴力や、屈辱的な待遇、富や名誉の剥奪。そんな目にあっても、生きて帰って来られるだろうと俺は信じていたようなのですが。
「まだ閣下が生かされているということは、陛下の命令による処刑という、そんな形にされたいのでしょうか」
アレクシアさんが淡々と処刑という言葉を交えられて発言をされて。
「ですね。王家の意向により、背信の家臣を誅伐した。あの親父殿のことです。王家の指示という大義名分を欲していることは間違いないでしょう」
アルベールさんが応じて、マルバスさんは「ふむ」と悩ましげに声を上げられて。
「陛下はご当主を頼みにされておられましたが。しかし……どうでしょうかな。助命ぐらいは願い出て頂けるかもしれませんが、あのお人柄ですので。処刑の下命が下されるまでは、さしたる猶予は無さそうですな」
処刑、処刑、処刑、と。
それが前提にして話が進んでいるようなのですが……え?
不意に疑問が浮かんできます。じゃあだけどさ。娘さん。娘さんは一体どうなるんだ?
「ほ、他に捕らえられた方たちはどうなるのでしょうか?」
我慢できずに声を上げます。
アルベールさんが眉をひそめながらに答えてくれました。
「それは、それぞれということになるかと思いますが。茶会に同席されていた閣下の近習たちは、間違いなくあわせての処刑となるでしょうが……ノーラ殿が尋ねられたいのは、サーリャ殿やクライゼ殿のことですよね?」
そうです。
正直なところ、娘さんのことしか今の俺の頭には無くて。
腕を組みつつ、アルベールさんは少し考え込むような間を置かれまして。
「……まぁ、どうやら親父殿はあの方たちを説得して、自分の配下にするつもりはあるようでしたが。それに同意することがあればあるいは」
自分の配下にしたい。
それはつまり、カミールさんを娘さんたちが裏切ればということになるのでしょうが。
娘さんが……ですか。処刑されようとしているカミール閣下を裏切って、自らの保身に努める。いや、俺としては、もちろん保身に努めて欲しいところなのですが、あの子がそれが出来る性格かどうかは……
「……説得に応じなければ、どうなるでしょうか?」
この問いかけにも、アルベールさんは難しい顔をされるのでした。
「何とも言い難いところがあります。あの方たちは、ハルベイユ候の旗下ですからね。現状に対して、ハルベイユ候がどのような立場をとっているのか? それが重要になってくる気がしますね」
思いがけない名前が出てきましたが。
ハルベイユ候。確かに、あの人が今どんな立場にあるかで、娘さんたちの処遇は変わってくるような気がします。
「あの、仮にですが、ハルベイユ候がギュネイ家に味方をしていた場合はどうでしょうか?」
「彼らは有力な騎手ですからね。ハルベイユ候が親父殿の味方であれば、説得に頷かれなくても、命の保証だけはということになるかもしれませんが……うーん」
命の保証と聞いて、少しばかり安堵した俺だったのですが。悩ましげなアルベールさんに、どうにも不安をかきたてられます。
「あの、どうされましたか?」
「……親父殿が、あのお二方をどう見るかですね。どの程度、カミール閣下に忠誠を誓っているように見えるか。味方に出来たとして、それで自分に忠誠を誓ってくれるように見えるかどうか」
アルベールさんは不安そうに目を細められます。
「そもそも親父殿は、カミール閣下の信奉者たちをひどく嫌っているし、信頼していない。だからこそ、俺に計画を打ち明けることも無く、離反の疑いもしていたわけで……正直です。あのお二方がよほど親父殿に気に入られる態度を取らない限りは……俺は、カミール閣下と共に処刑されると思っています」
呆然とするしかありませんでした。
娘さんが……え、処刑? あの子が? え、なんで?
娘さんに非なんてまるで無くて。それはまったくの不条理で。
そんなのおかしいだろ。誰か何としてくれよ。誰か救ってやってくれよ。
そう叫び上げたくもなりましたが……まぁ、俺もそこまでガキじゃないわけで。
成熟した精神とは縁遠い俺ですが。ここで騒ぎ立てるのがただのバカな行いであることは分かっています。
現実と戦う覚悟は一応出来ています。
俺は『ふぅ……』と大きく息を吐いて。
「……とにかく、カミール閣下たちを救出しなければならないのですよね」
そう言葉にして。
アルベールさんは力強く頷かれました。
「まさに。幸い、猶予は無いことは無いので。とにかくカミール閣下たちをお助けせねば」
アレクシアさんもまた、同意の声を上げられました。
「はい。とにかくです。リャナス一門の人間として……個人としても、選択肢はそれ以外に考えられませんが、マルバス様?」
おそらくです。
アレクシアさんは、マルバスさんをリャナス一門を代表する方として名前を呼ばれたのだと思いますが。
マルバスさんは困り顔で頬やらアゴやらをなでられるのでした。
「ふぅむ。やれやれですな。まさか私が、リャナス残党の指揮者としてふるまわなければなりませんとは」
柄では無いと、そう言いたげなご様子でしたが。
しかし、
「幽閉されているとすれば、やはりギュネイ家の屋敷ということになるのでしょうか?」
その尋ねかけに、何の戸惑いもためらいの様子も無く。
マルバスさんは早速、本題について話を進められるのでした。まだ困り顔をされていましたが、その様子は何とも頼もしくて。
さすがはカミールさんの最側近だということなのでしょうか。いざという時に一門を代表する覚悟などは、当然のごとく持ち合わせておられるようでした。
「はい、おそらくは。親父殿のことですので。あの神経質な人のことですから、せっかく確保したカミール閣下を逃すまいと思えばその選択になるかと」
「ふむ。それが一番安全だということで?」
「神経質かつ几帳面な人ですから。間取りの分からないようなよその屋敷を使う気にはなれない人ということでして。勝手知ったる屋敷で、信頼する部下に警備を任せたい。親父殿であれば必ずそう思っているかと」
確か、ギュネイ家の屋敷はここからそう遠くない場所にあるはずなのですが。
あの人の、人となりが伝わってくるようでした。
仇敵の屋敷を目の前にするのはそれなりのリスクだとは思うのですが。逆襲を受ける危険性もそれなりにあるはずで。
しかし、そのリスクを受け入れてでも、信頼出来る屋敷と人を選ぶ。いや、アルベールさんの口ぶりを参考にするならば、よその屋敷やよその家臣たちは信頼出来ない。
神経質で几帳面で……少しばかり排他的なような。
だからこそ、カミールさんを排除するような動きを見せられたのかもしれません。
ともあれ、重要なのはカミールさんたちを……娘さんを救出することなのですが。