第8話:俺と、アルベールさんの思惑
「良かったです。どうやら、間諜だとは疑われていないようで」
「それはまぁ。この圧倒的に有利な状況で、わざわざ間諜を送るような意味は無いと思われますので。しかも、実の息子を危険にさらすようなやり方で」
「そう理解して頂けるとありがたいです。まぁ、我ながら、勝ち目の薄い陣営に与している自覚はありますが。しかし……やはり、親父殿がカミール閣下に成り代わる。これがどうにも無理があるように思えまして」
それがアルベールさんがギュネイ一門を裏切った理由なのでしょうか。
アレクシアさんは少しばかり首をひねられるのでした。
「無理があるですか? さて、それはどうでしょうか? カミール閣下以上に貴族社会に信望があるであろう、あのギュネイの当主ですが?」
「はは。確かに信望はありますが、それはあくまでカミール閣下あっての信望ですよ?」
「それは……あの、どういう意味でしょうか?」
「実力はあるが無作法なカミール閣下、それに対する対抗馬としてあの人は祭り上げられているだけです」
「自らの人格、実力で勝ち取った信望ではないと?」
「そこまでは言いませんが、それに近いことは思っています。自分たちに近い貴族らしい貴族が、カミール閣下を蹴落として、この国の中心に座っていて欲しい。そんな思いを仮託されているのが、私の親父殿だと思っています。なので……」
アルベールさんは表情を暗く陰らせるのでした。
「カミール閣下がいなくなって、それがどうなるのかですよね。後に残るのは、慇懃に見えて尊大で、鷹揚に見えて神経質な親父殿なので。果たして、あの人がこの国の中心に座って、それをまっとう出来るのか? それが俺には大いに疑問でして」
「それがアルベール様が一門を裏切った理由なのでしょうか? この国の将来を憂いてと?」
「若輩のクセに生意気に聞こえるかもしれませんが、そうです。あとはまぁ、個人的にカミール閣下の方が私の好みだということもありますが。この国に今必要なのは、一見無礼に見えようとも必要な時に豪腕を振るえる人物だと、俺は思っていますし。それに」
「それに?」
「まぁ、窮地にあるとは言え、あのリャナス家です。このまま終わるとも思えず。そうなった時に、俺が協力していればですよね? ギュネイ一門の命脈を保つ手助けになると思ったもので」
アルベールさんは笑顔でそう語られたのでした。
愛国心と打算。
それが入り混じった結果、一門を裏切るという結論になったと、そういうことのようですが。
マルバスさんは納得の頷きを見せられて。
アレクシアさんもまた、納得の言葉を発せられます。
「左様でございましたか。よくよく理解することが出来ました。そんな判断があって、この屋敷を訪れて下さったのですね。そして、私どもを助けようとして下さったと」
「えぇ、まぁ。裏切るにあたって、とにかくマルバス殿だけは救出せねばと思いまして。竜舎に向かう姿が見えましたので、それ追ったわけですが……あー、すいません。そう言えば、長剣を突きつけたりしましたね。あの時は、アレが最善かと思ったのですが」
アルベールさんは申し訳なさそうに頭をかかれるのですが。
当然、そこにはアルベールさんの配慮があったはずで。アレクシアさんは、もちろん笑顔で首を横に振られました。
「いえ、もちろん分かっております。私たちが傷つくことなく窮地を脱せられるように知恵を絞って頂いたのだと理解しております」
「はい。私が身元を引き受けることが出来れば、問題無いかと思いまして」
「ありがたいご配慮でした。そして、ついでにドラゴンも確保されようと?」
「私は騎手ですからね。手元にあれば役立てられるだろうと思いまして。ギュネイの屋敷では、親父殿の差し金でそれが成せなかったので」
「そしてまたお父上ですか?」
「えぇ。あの人はまったく、優れて神経質で疑い深く。それにまんまとしてやられましたが……サーリャ殿の相棒が、全てを挽回してくれました」
アルベールさんの視線は俺にありました。
言葉と魔術を操る、妙なドラゴンである俺へと。
その視線につられてでしょう。事情を分かっているアレクシアさんも、そうではないマルバスさんも、果ては大広間で手当を受けていた方々も、皆俺に目を向けてきていて。
気になるのは大いに理解出来ました。
ただ……申し訳ないのですが。
「現状の把握は、これで終わりでしょうか?」
先がね、気になるんですよ。
現状を把握した、この次が。
アルベールさんは「あー、申し訳ない」と苦笑を浮かべられまして。
「確かに、重要なのはそれですけど。ただ、どうしても気になることは理解して頂きたい。このアルヴィル王国でしゃべるドラゴンなんて言うのは……まぁ、とにかく今はカミール閣下たちですね」
そうしてくれるとありがたかったです。
俺が頷くと、アルベールさんは困惑されながらに頷き返されて。
「やっぱり、気になるよなぁ……でも、あー、うん。とにかく、カミール閣下を始めとする方々が、俺の親父殿に捕らえられている。これが現実となりますが」
そうですね。
で、ここからはそのカミールさんたちを……娘さんをどう助けるかって話になるんですよね。
頭の芯がカーッと熱くなるような感覚が確かにありました。
ギュネイ家の当主は、どうやらカミールさんを政敵として蹴落として、自分がその後釜に収まろうとしているようですが。
俺としては、本当にリャナス家の方々に申し訳ないのですが、娘さんが無事に帰ってくるのであれば、リャナス家の権勢などはどうでも良くって。カミールさんが蟄居させられるようなことになろうが、リャナス家が没落してしまおうが。娘さんが無事に戻ってくれれば、それで良いのですが。
ただ、きっとマルバスさんやアレクシアさんは、そうとはいかず。
どうやって娘さんたちを助けていくのか。そこには様々な紆余曲折が予想されますが……とにかくです。俺は、俺に出来る全力を尽くすのみです。娘さんを助けるために、全力を尽くすのみ。
そう思っている時に、アレクシアさんはぽつりと呟きをもらされて。
「……問題は、カミール閣下の処刑がいつになるのかでしょうか」
……はい?
冷水を浴びせられたような気分でした。
処刑。
その言葉の凄惨さが、いきなり俺の胸中に突き刺さってきて。
「そうですな。処刑にまで、どれだけの猶予があるのか気になるところですが」
マルバスさんも同意の声を上げられたのでした。
え、えーと、え?
拘束された、と。政争だ、と。権力争いだ、と。
正直、そこまで……そこまで決定的な事態だとは思っていなかったのですが。
思い返せば、すでに血も流れていて。怪我人も出ていて。間違いなく、そんな話ではあるのでしょうか。
現状は、人の生死がかかったような。
そんな事態であるに違いないのですが。
「しょ、処刑ですか?」
思わず声を上げてしまって。
この場の三者は、一様に頷きを見せられるのでした。
「それはそうかと思いますが、さすがにカミール閣下を生かす理由は無いのでは?」
アレクシアさんがそうおっしゃられて、マルバスさんも。
「ここで命を奪わないほどに、ギュネイ殿が甘い人物かどうかという話でしょうな」
そうおっしゃって、アルベールさんの顔をうかがわれて。
アルベールさんは小さく鼻で笑いながらに、首を横に振られるのでした。
いつもお読み頂きありがとうございます。
隔日ということで、明日はまたお休みとさせて頂きます。