第6話:俺と、状況把握
アルベールさんは苦笑しながらに口を開かれました。
「さて、どうしたものですかね。話したいことも多ければ、聞きたいこともたくさんあって」
リャナス家の屋敷の大広間でした。
普段は会食にでも使われていたのでしょうか。二十人でも並ぶことが出来そうな豪奢な長机があるのですが、それは今は壁際に立てかけられていまして。
まるで前線基地でした。
武具類やら食料品やらが、壁際にまとめて並べて積まれていて。先ほどの争いで出た負傷者の方々も、ここで手当を受けていたりして。
その場に俺の姿があるのでした。
アレクシアさん、マルバスさん、それにアルベールさん。
彼らと一緒に、大広間にいて。
これまでの話。そして、これからの話を聞こうとしているのです。
で、アルベールさんは俺に視線を向けて来られているようでした。まぁ、気になるのは分かります。喋り、魔術を扱うドラゴン。それが気にならないわけがありませんし。
ただ、俺としてはそんなことに時間を使って欲しくなくて。
「お察ししますが、ノーラについては後ほどでお願いします。本題をどうか」
アレクシアさんも同意見のようで。
端正な顔をつきを剣呑に引きしめて、そんなことをおっしゃってくれました。
「左様ですな。このドラゴン殿については私も大変気になるところですが……重大事は別にあるかと」
これはマルバスさんでした。
こちらも真剣そのものといった表情で、アルベールさんに顔を向けておられます。
アルベールさんは「なるほど」と頷きを見せられるのでした。
「確かにその通りで。では、端的に現状の把握から。アルフォンソ・ギュネイがカミール閣下を拘束しました。敵対し、実力行使に出たということです」
すでに耳にしていたことでした。
あのギュネイさんが、現実のものとしてカミールさんに実力行使に出て。そして、その結果の一つとして、
「その中で、サーリャさんとクライゼ殿も拘束されたと?」
アレクシアさんの問いかけに、アルベールさんは再び頷かれ。
「そういうことです。今日のお茶会の主催者が親父殿の協力者だったようで。出席していたカミール閣下の味方と思わしき人物は、まとめて拘束されたわけです」
拘束……娘さんが拘束されたわけですか。
一体娘さんはお茶会でどんな目に会ったのか。そして今、どんな目に会っているのか。
それを思うと何かフツフツとしたものが胸にこみ上げてきますが。
アレクシアさんはちらりと俺の表情をうかがってこられました。俺がどんな思いでいるか、その上でどんな行動に出てくるのかと不安になられたようですが。
大丈夫です。
いきなり声を上げて、娘さんをどうやって助けるのかだとか、血相を変えて訴えたりはしません。
そのぐらいの分別はあるつもりなので。まずは現状把握。そういうことですよね。その辺りは、事情に通じておられるだろう人間の皆様に任せるつもりなので。
「そして、同時にリャナス家の屋敷を制圧にかかったと、そういうことでしょうか?」
アレクシアさんがアルベールさんに問いかけられまして。返ってきたのはやはりの同意でした。
「そうなります。まぁ、リャナス家の屋敷に限った話では無いようでしたが。しかし、良く撃退出来ましたね。マルバス殿を確保するためにも、それなりの戦力が注がれたと思うのですが」
その言葉には、感心の響きが多分にありましたが。
そう言えばそうですね。屋敷でも、何かしらの攻防があったようなのですが。専門の兵士たちが押し寄せてきたはずですが、本当に良く無事で、さらには余力すらあったおようで。
これに口を開かれたのはマルバスさんでした。
「門は抜かれましたが、戦力は整えておりましたので」
「戦力ですか?」
「えぇ。アレクシア様のご助言がありまして。小勢ではありますが、一門の諸領主から腕自慢の者たちを。魔術師もそれなりに揃えておりまして」
アレクシアさんの助言が生きたということでしょうか?
アルベールさんは表情にある感心の色を深められまして。
「ほお、なるほど。あらかじめ予見されていたと? アレクシア様がですか。今日、こちらのお屋敷にいらっしゃったのも、もしや?」
襲撃を予見していたのではないか。
そんなアルベールさんの推測でしたが。
「いえ、それは流石に。今日は実家の方での集まりがありまして。英気を養うために、サーリャさんはおらずともノーラに会いに来ただけです」
「へぇ、ノーラ殿に。本当に人間のようなドラゴン殿で。それはそれで気になりますが……まぁ、話すべきは他にありますね」
その言葉に応えるように、アレクシアさんはアルベールさんをじっと見つめられて。
「次は、貴方についてうかがいたいと思います。そもそも論ですが、私たちは貴方を味方と思ってもよろしいのでしょうか?」
それは確かに気になるところではあったでしょう。
この人は、ギュネイ家の四男殿なわけで。その人が何故、今こうしてカミールさんの陣営に与するようなことをしているのか? それは大いに疑問視されるところでしたが。
アルベールさんは「そりゃ疑われるか」と苦笑で呟かれまして。
「あー、まず知っておいて頂きたいのが、俺と親父殿はそこまで仲が良くないということです。四男であって、普段は一門の傅役の下で、別々に暮らしていますし。むしろ私はそちらの傅役を育ての親父殿として慕っているぐらいで」
「一般的な大貴族の家庭の有り様ですね。だからこそ、アルフォンソ・ギュネイ殿を裏切る気になられたと?」
この問いかけに、アルベールさんは苦笑を深められます。
「あはは。裏切りか。それは確かにそうなのでしょうが、あまり裏切っているって気分では無いですね。この計画について耳にしたのも今日の今日ですし。そもそも親父殿の計画に与していたって感覚が無くて」
これを聞くと、確かにあまり仲が良さそうな感じはありませんが。実の息子だというのに計画を聞いたのは今日。あまり信頼されていなかったという事実がうかがえるようで。
アレクシアさんは「なるほど」とされながらも、瞳には警戒の色が確かにありました。
「しかし、裏切りは裏切りです。貴方は今や、当主の子息でありながらに、ギュネイ一門の裏切り者です」
「あー、そうですね。その点はまったく、アレクシア殿のおっしゃる通りかと」
「その判断に至るものは何だったのでしょうか? まさか、サーリャさんに惚れているからとか、そんな甘ったるい理由では無いかと思いますが」
緊急時ということもあってでしょうか。周囲に人がいるのですが、それに構わずアレクシアさんはアルベールさんの恋心を暴露されながらに手厳しく追求されて。
アルベールさんは、恋心を暴露されたことを気にも留めていないようでした。
ふん、と軽く鼻を鳴らされるのでした。
「まさか。さすがに貴族の一員として、そのような私事を判断材料にすることはありません。私がリャナス家側に与しようと思ったのは、サーリャ殿が理由ではありません」
「左様でしたか。では、ギュネイ家の一員として、何かしら公の理由があって裏切ったと?」
私事では無いとすれば、公的な理由と確かになりますが。
ギュネイ家の四男として、ギュネイ家を裏切る公的な理由。
俺としても、何故アルベールさんが味方側にいてくれるのか気になるところではありましたが。
アルベールさんは苦笑のままで答えられました。
「ギュネイ家の人間として、親父殿……アルフォンソ・ギュネイの判断に危ういものを感じた。それが理由になるでしょうか」
「こうしてカミール閣下を拘束した理由についての話でしょうか?」
「もちろん。その理由となりますが」
ギュネイ家の当主が、カミールさんに実力行為に出た理由ですか。
そうですね、それも気になりますね。
お読み頂いている方々には、もう感謝しかなく。
本当にありがとうございます。
そしてお知らせです。
しばらく隔日投稿にしたいと思います。
なので明日は投稿しませんので、ご了承下さい。