第5話:俺と、娘さんの行方
ギュネイ家の兵士たちは撤退の決断をしたようなのですが。
その顔は強張り引きつっていて。きっと俺という未知への恐怖がその表情を生んだのでしょう。
脱兎の勢いでした。
怪我人に肩を貸したり、あるいは抱きかかえながら、ギュネイ家の兵士たちは慌てふためいて走り去っていって。
うん。
勝利です。これは勝利と呼んで、何の差支えも無いんじゃないかな? ただ、
『ちょ、ちょっと、ノーラっ!』
ふらりときて、ラナが慌てて俺の首を頭で支えてくれるのでした。こ、これはなんとも、ありがとうございます。正直、助かります。
緊張しすぎて頭に血液がブワーって感じだったのですが、緊張が途切れて、今は逆に脳みそから血液が抜けきってしまったような感じで。
貧血っぽいのかな?
頭がフワフワの体がクラクラで。し、しんどい。身の丈に合わない大立ち回りをした報いとしては当然ですが、めっちゃ辛いですね、これは。
そんな俺にです。
ラナに続いて、人間さんのサイドからも慌てて近寄って来られる方がいらっしゃいました。
「ノーラ!」
黒髪とドレスのすそを乱しながらに、アレクシアさんが俺に近寄って来られて。
「立ちくらみでしょうか? 大事が無いと良いのですが」
心配そうに声をかけて下さいました。
まぁ、はい。多分、大丈夫です。だんだんと頭のモヤも晴れてきたような気がしますし。
しかし、アレクシアさんはどうなのでしょうか? 多分ですが、屋敷で上がった爆炎の音は、この人のものでしょうし。おそらくは戦闘に参加されたということで。見たところ、怪我はされていないようですが。
貴女は大丈夫でしょうか?
そう尋ねようと思って、咄嗟に文字をつづろうとして、ふさわしい地面を探して……『ん?』っと気づくことになりました。
そう言えば、今さらか。
俺は風の魔力を練り上げます。
「アレクシアさんは大丈夫でしょうか?」
声にして尋ねかけます。
動揺は多少はあったようで。アレクシアさんはわずかばかりに沈黙を置いて、静かにほほえまれました。
「はい。私は大丈夫です。しかし、しゃべられるようになっていたのですか。練習されていたので?」
「えー、はい。個人的に」
人と会話をするのは初めてでしたが。難しさは無いですね。さすがに人間の時のようにはいきませんが、もう少し魔力を練るのに慣れられれば、違和感はすぐに無くなることでしょう。
で、それなりに悠長に言葉を預かる俺を目の当たりにしてです。
アレクシアさんは感心したように「うーむ」と唸られました。
「それにしても、やはりドラゴンと言うことか、それともノーラのすごさなのか。上手く操られるものですが……いえ、今はそれはどうでも良いことですが」
不意に深々と頭を下げられるのでした。
「ありがとうございます。非常に助かりました。助けられました」
謝意をと、そういうことのようで。
いえいえ、お気になさらずに。って、今ままでは首を横に振っていたところでしたが。現状は会話のコストが格段に下がっておりますので。
「お気になさらずに」
声に出して、そんなことを告げさせて頂きました。アレクシアさんを助けることは、もはや俺にとって義務みたいなところがありますし。
ただです。この人は、では気にしませんとはいかないようで。苦笑を浮かべられながらに首を横に振られて。
「そうはいかないでしょうに。貴方が力を貸してくれなかったら、我々はどうなっていたか。ですが、あー、その」
アレクシアさんは不意に周囲を見渡されました。
「……貴方の行動に、私は感謝しかないのですが。どうにも、知れ渡ってしまったようですね」
えー、あー、そうですね。
俺はいまだにクラクラしながらに、周囲に目を向けまして。
俺が会話出来ることも、魔術を使うことも……まぁ、会得の努力をすること自体が無駄な風の魔術らしいので。魔術だと分かっている人は多く無いかもしれませんが、ともあれ妙なドラゴンであることは知れ渡ってしまったようです。
当然、俺に視線が集まっているようでした。
ただ……うん? 奇異の視線でも向けられるのかと思ったのですが。実際の皆さんの視線は、うーん、なんだろう? ちょっと顔を引きつらせているようで、しかし恐れているかと言えば、そうでは無くて。
畏怖とでも言ったらいいのかな?
恐れと尊敬がないまぜになっているような、そんな不思議な視線でした。マルバスさんも、そんな感じで。そして、アルベールさんも同様の目線を俺に向けておられて。
「……参ったな。サーリャ殿は、始祖竜を味方にされていたのか」
そんな驚きの言葉を、呆然と呟かれたのですが……あ。そうだ。俺はこんな、呆けて周囲を見渡している場合じゃなくて。
ブルンブルンと首を左右にふります。
アレクシアさんを驚かせてしまいましたが、どうにもこうにも。申し訳ないですが、俺は配慮が出来るような心の状態には無くて。
とにかく脳に活を入れます。
俺にとって大切なものは何か。それを思い浮かべて、俺は魔術で声を練ります。
「む、娘さんは……サーリャさんはどうなったんですかっ!!」
誰でも良かったです。誰でも良いから、これへの答えが欲しかったです。
娘さんは今、果たしてどうなっているのか。
「……私も、確たる答えはありませんが。アルベール様。お尋ねさせて頂いても?」
鋭い目をされていました。アレクシアさんは、アルベールさんに目を向けられて。
俺もまた視線を向けます。
アルベール・ギュネイさん。
将来性ある騎手にして、ギュネイ家の四男。当然、ギュネイ家の陣営にあると思われる人物。
しかし、何を思ってなのか。
結果として、同じ家の兵士たちに刃を向けた、そんな人物でもあり。
味方だと、俺は判断したのですが。
で、味方とするのならば、おそらく現状を一番把握されておられるだろう方ですが。
この方ならば、俺の欲する答えを知っておられるはずです。
固唾を呑んで見つめます。
アルベールさんは頭をガシガシとかきながらに口を開かれました。
「あー……ちょっと、俺にも落ち着く時間が欲しいところですが。そんな悠長にはしてられないか」
にわかに、こちらも鋭い目をされて。
「捕まりましたよ。カミール閣下にクライゼ殿と一緒にです。首謀者は、まぁ俺の親父殿なのですが」
それが、現状であるようでした。