第4話:俺と、危急の決断
騎上の兵士は、アルベールさんに不審の目線を向けています。
「……アルベール殿は騎手なれば、竜舎を訪れるかもしれず。その時には、決してドラゴンを預けぬように……背信の疑いが、あることゆえに」
背信。
その意味するところは、えーと……裏切り?
「若様?」
リーダー格が、眉をひそめて疑惑の声を上げて。
アルベールさんは「ははは」とため息まじりに苦笑をもらされます。
「本当に親父殿は……まったく、素晴らしい人だな。実の息子をよくもまぁ……おいっ!! 暴れるぞっ!!」
アルベールさんが手練の早業で長剣を引き抜き。
そして、その声に呼応して、アレクシアさんたちに得物を突きつけていた兵士たちが一斉に飛び出してきて。
疑惑の声を発したリーダー格の兵士、その一団に襲いかかっていて。
もはや、俺の思考はパンク寸前でした。
敵だったはずのアルベールさんの一団。それが同じく敵であるだろう兵士たちの一団に、得物をふるって敵対していて。
途端に乱戦が出来上がりました。
居並ぶドラゴンの合間を縫いながら、火花散る剣戟が繰り広げられます。
『う、うっわ、怖っ! ちょっとノーラっ! 何なのよ、これっ!?』
白刃に身をすくませながらのラナの問いかけでしたが。そんなの、俺が知りたいわけで。
現状はさっぱり理解出来ません。
で、俺がどうすべきかも。
アルベールさんに敵対する決意を固めていた俺ですが……な、なんだよ。これ、俺どうすればいいんだよ。
俺が戸惑っている間にも、状況は進み。
数としては、アルベールさんの方が小勢でした。徐々にですが、数の利を活かされて追い詰められているようで。
アルベールさんは長剣をふるって、獅子奮迅の活躍を見せられています。ですが、その表情には苦渋の色が見えるようになってきました。
小勢であり、怪我人も出てきていて。
アルベールさんが相手にしなければならない頭数も、自然と増えてきていて。
あ、でした。
アルベールさんの背後にです。兵士の姿が一つあって。それにアルベールさんは気づいておられないようで。その兵士は、すでに得物をふりかざしていて。
血煙の舞う光景が幻視出来るようでした。
俺、どうすればいいの?
何をすれば良いのか。それはまったく分かりませんでしたが……あぁ、ったくもうっ!! わけ分かんないけどさっ!!
動くさ、もうっ!!
アルベールさんを助ける。娘さんの気に入ったアルベールさんをとにかく助ける。
ドラゴンブレスは無し。アルベールさんもまとめて焼き払うのは、なにがなんでもあり得ない。
俺が肉体言語に訴えるのも無し。距離があって、アルベールさんにも、その背後の兵士にも届かないし。
となると、残されたのは魔術。風の魔術。ただ、この障害物過多な状況で、風のイメージを走らせるのはなかなか難しくて。
となると……となると、これは……
「危ないっ!! 後ろっ!!」
めちゃくちゃ気を使って欲しい。そうおっしゃった、娘さんの戒めの表情が頭に浮かびましたが。ですが、これが今俺に出来る最善であって。
風の魔術をもって、大声を発したのでした。これならば、俺の胸元の風のやりとりだけでことが足りるのでして。
そして、これであれば、アルベールさんを救うのが出来るのではと思ったのですが。それは意外なほどの効果を生んだのでした。
戦場が止まっていました。
かなりの大音量であったのですが、それ以上にこの場に大きな疑問を降らせることになったようでした。
誰もが、俺を見つめていました。
人のものとは思えない大声が生じて。それは、おそらく間違いなく一体のドラゴンから生じたもので。
「……ノーラ」
事態の急転に、俺と同様に唖然としていたアレクシアさんでしたが。小さく、俺の名を口にしていました。多分、この異変を理解しているのは、この方だけでしょうね。他の方は、何が起こったのか、検討もついていないはずで。
え、えーと、目的は果たしましたが、あー……って、視線に戸惑っている場合じゃないか。
きっとこれはチャンスで。
アルベールさんをとにかく助ける。そのために、俺は動くべきはずで。
やります。やってやります。娘さんを裏切ってしまいましたが、これはきっと娘さんのためにもなるはず。そう信じて、やってやります。
『あぁもうっ!! いくぞっ!!』
気合を叫んで。
手近な敵と思わしき兵士に頭から突っ込みます。
「な、何だとっ!?」
ドラゴンが、自らの意思で襲いかかってくる。俺が狙った兵士は、そのことに驚愕と戸惑いを覚えていたようですが。かまいやしません。俺は鼻先からぶつかって、その兵士を横薙ぎに吹き飛ばします。
「ドラゴンが狂ったぞっ!?」
恐怖の叫びがどこからともなく上がって。
そうですよ。狂ったドラゴンです。だから、さっさと撤退しろって言うんですよ。
暴れてやるのでした。
頭と尻尾に物を言わせて。
敵っぽい兵士たちをとにかく頭突きと薙ぎ払いで無力化を目指して。アルベールさんの手勢の方々だとしたら、それはもうごめんねってことで。とにもかくにも暴れ回って。
ただ、俺はドラゴンであって戦士では無いということでした。
「ぐわっ!」
悲鳴が上がりました。
俺のすぐ背後です。そこでは、ラナが尻尾を振り回しきった姿勢で、地上で伸びている兵士をにらみつけていて。
『おい、コラっ!! ノーラに何しようとしてんのよっ!!』
ふーむ? ラナの言動から察するに、兵士の一人が俺を背後から斬りつけようとしていたようで。それをラナが助けてくれたようでしたが。
思わず顔をしかめます。ラナには感謝ですが、何とも悩ましい問題でした。
俺は戦闘の訓練なんて受けてはいないのです。背後を気にしながらに戦うとか、そんな真似は出来ないわけで。しかし、
『あー、ノーラ? よく分からんし、あまり気乗りはしないがな。背中ぐらいは守ってやっていいぞ』
アルバが俺の背を見てくれるようでした。それはラナ、さらにサーバスさんもやってくれるみたいで。
『ありがとう。助かる』
人間相手ということで、あまり気乗りはしないみたいですけどね。本当にありがたかったです。これで俺は死角を潰すことが出来るわけで。
ただ、これで俺が完全優位かと言えば、相手は人間さん。決して、そんなことは無く。
「ど、ドラゴンが群れをなして……不用意に近づくなっ!! 距離をとって応戦しろっ!!」
知恵ある生き物らしく、臨機応変に対処してくるようでした。
で、直近の課題として、俺の視界には斧をかまえる兵士がいまして。竜舎の鍵を壊すために使った斧でしょうが、それを投擲に使ってくるらしく。
当たればまぁ痛いでしょう。
ただ、接収しようとしたリャナス家のドラゴンへの配慮なのか。誤射の危険を考えてか、俺と彼の間には何の障害物も無く。
これはいけますね。
短く鋭く息を吐きます。
簡単なルーティンであり、メンタルセットです。
この呼吸を自身への合図として、風の魔力を体内で造成します。ドラゴンであることもあってか、寸刻で十分な魔力の造成に成功し。
後は、イメージし、行使するのみ。
障害物もなければ、まっさらなキャンパスのような彼我の空間。そこに、ただただ単純に強風のイメージを描き切り。
行使する。
斧を振り上げた兵士は、暴風を浴びて斧を握り続けることすら出来ずに吹っ飛んで。
「な、なんだ? ドラゴンブレスでは無く……魔術、なのか?」
リーダー格の兵士でした。乱戦の最中だったのですが。誰もが俺に注視して動きを止めていて。その中で、唖然とした声を上げて、そして、
「これは……う、うむ。仕方あるまい。撤退だっ!! 撤退するぞっ!!」
そんな結論を得てくれたようでした。