第3話:俺と、ギュネイ家のアルベールさん
「おぉ、若様っ!」
俺たちを竜舎から出していた兵士たちのリーダーでした。歓声をアルベールさんに向けられます。
アルベールさんはにこりと笑顔で応えられました。
「それだけドラゴンには戦術的な価値があるってことさ。リャナス家の連中だって、黙って見過ごせるわけも無いって話で。ちょっと油断してたかい?」
「はは。えぇ、まったく。しかし、私の責任とばかりは言えますまい。あれだけの戦力があって、マルバスを始めとする使用人共の無力化すら出来ないとは」
「あー、確かにね。でも、そっちは俺が片付けてきたから。これで抵抗は最後。ドラゴンを用いた反撃は無事失敗に終わったわけだ」
「ご助力感謝いたします。さすがは武人としてギュネイ一門随一とうたわれる若様で」
アルベールさんは楽しげに笑い声を上げられました。
「ははは。それは褒めすぎだ。俺は前線で暴れるのが好きなだけだよ。さて、令嬢閣下をよろしく頼む」
それは配下の兵への呼びかけだったようで。
一人の兵が、槍の穂先をアレクシアさんに突きつけて。アルベールさんは、鞘に剣を収め、こちらに歩み寄ってきたのですが……
一つ分かったことがあります。
それは、現状ギュネイ家とリャナス家がなんらかの抗争状態にあるようだということです。
屋敷での爆音も、きっとその一環として発生したもので。
で、アレクシアさんが竜舎にマルバスさんたちと共に向かってきたのも、その中の流れのようで。
そして、アルベールさんがアレクシアさんたちを急襲したのも、間違いなくギュネイ家としての武力行動に他ならず……
アレクシアさんが懸念されていましたが。
カミールさんは、式典を前にまず無いだろうと楽観されていましたが。
その現実がどうやら目の前にあるらしくて。
どこぞの貴族のお茶会に出ていたらしいカミールさん。あの人は今、どうなっているのだろうか? 娘さんは果たして今どうなっているのだろうか?
「ふーむ。やはりギュネイ家のドラゴンは違うな。どのドラゴンも立派なもんだ」
どこかのほほんとして、アルベールさんが感心の声を上げられまして。
兵士のリーダー格もまた、陽気な笑顔で応えます。
「ですなぁ。まぁ、腐っても王都を代表する貴族のドラゴンらしく。しかし若様。何故にこのような場所に、ドラゴンの接収は我らの役目のはずでありましたが」
疑問の声が上がります。
アルベールさんは、これにまたのほほんとして。
「知ってる知ってる。でもまぁ、俺は一応騎手だからさ。几帳面な親父殿は、ドラゴンを任せるなら騎手だって思いついたら、どうしてもそうしたくなったみたいで」
「なるほど。それで若様にお鉢が回ってきたと?」
「接収するのに騎手である必要がどれだけあるかって話だけどさ。本当、あの人らしいよ」
「ははは、まさに。ですが、それこそが我らが当主の持ち味ですゆえ」
「仕える方としては、なかなか面倒だけどね。まぁ、とにかくドラゴンの方は任せなよ。あの哀れなリャナスの家臣共も一緒に連れていくからさ」
ここでも一つ分かることがありました。
アルベールさんはリャナス家に敵対している。それは間違いないようでした。
カミールさんにも、娘さんにも好意を見せていたこの若者が、こうも簡単に敵に回ってくるのか? そのことへのショックはありましたが、ただギュネイ家の子息でもあれば、それは仕方の無いことかもしれず。
しかし、やはり気になることはありました。
俺は娘さんにアルベールさんを頼るようにと強く薦めたのですが。
その娘さんはどうなったのか? どうにも嫌な予感と共に、それを不安に思わざるを得ないのですが。
「ありがとうございます。では、よろしくお頼みします。ですが、若様としては不満でしょうなぁ。お気に入りの方の説得に従事されたいでしょうし」
兵士のリーダー格が、どこか同情をにじませる笑みでそんなことを口にしました。
お気に入りの方? アルベールさんのお気に入りの方……それはつまり。
アルベールさんは苦笑を顔に浮かべられました。
「まぁね。でも、親父殿の命令とあれば仕方ないさ」
判然とはしませんでした。
ですが、アルベールさんのお気に入りと言えば、俺に思い当たる方は一人しかなく。
捕まってしまっているのだろうか?
ギュネイさんによって。娘さんは捕まってしまっているのだろうか?
え、えーと、へ?
正直、混乱しかありませんでした。
急に色々なことが起こりすぎて、何が何やら分からなくて。
なんなの? もう何度思ったのか分かりませんが。一体、何が起こっているの? で、俺はどうしたらいいわけ?
「さて、じゃあ運ぶとしますかね」
アルベールさんは気楽にそうおっしゃられていましたが。
俺はその横顔をマジマジと見つめます。
とにかくです。とにかく、この若者は今の俺にとっては多分敵です。
どうやら娘さんは捕まっていて、それに関与しているのは間違いなく。それにアレクシアさんの急襲を阻止して、またどこかに連れていこうとしていて。
敵対すべきでしょう。
こんなことをしなければならないなんて、思ったこともありませんが。人間に敵意以上のものをぶつける、そんな時なのではないでしょうか。
「我々の次の任務について、若様は何かうかがわれてはおられませんでしょうか?」
リーダー格の声に、アルベールさんは引き続きの苦笑を浮かべられて。
「いーや。親父殿が直接話されたいんじゃないかな? あの人は本当、全部自分でやりたい人だからさ」
「なるほど。では、この場はお任せいたします」
「あぁ。任せてくれ」
最初、俺たちドラゴンを外に連れ出した兵士たちは、ここを離れていくようでした。
これは……チャンスか?
敵の数が減る。これは間違いないようで、これを機会になんとか行動を起こすべき気がして。
アルベールさんにキバを向けるそうすべき気がして。
正直、気が引けるところはありました。
俺はこの若者を決して嫌ってはいません。出来るならば、争いなんて全く起こしたくはありませんが、でも、今はそんなことを言っていられないような状況であって。
しかし、何でしょうか?
アルベールさんの表情です。
去りゆく兵士たちを見つめる目です。そこには不思議な安堵に似た色が浮かんでいるような気がするのですが……
「おいっ!! お前たち、ちょっと待てっ!!」
不意にでした。
アルベールさんを観察する俺の耳に、そんな怒声が飛び込んできまして。
それには蹄の音が伴っていましたが。馬です。騎乗した兵士が、猛烈な勢いで竜舎の方向へと駆け込んできていて。
舌打ちが聞こえました。
それはアルベールさんの口からもれたもののようでした。
その意味するところは何なのか。それは分かりませんが、これは俺にとってはあまり良い事態に思えず。
せっかく去ろうとしていた兵士たちが足を止めることになり。訪れてきた騎乗の兵士を、リーダー格の男が不思議そうに見上げるのでした。
「どうしたのだ? 止まれなどと、ご当主からの伝令か?」
騎上の兵士は、いかめしい表情のままに頷きを見せられました。
「そうだ。ご当主からの伝令だが……」
言いかけて、目線を外すのでした。
眼下の兵士から、アルベールさんへ。その目には、どこか警戒感のようなものがにじんでいるようで。