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第2話:俺と、異常

 リーダーと思わしき、一際立派な鎧を身にまとった男性が、竜舎を見渡して頷きます。


「とにかく、無事確保出来たようだ。では、連れて行くぞ。早速作業にかかれ!」


 号令と共に、配下と思わしき兵士たちが動き出します。


 連れて行くぞって、あの、どういうことで?


 俺が戸惑うしかない中、兵士たちは迅速にその作業を進めていて。兵士の中の数人は、手に刃の厚い斧を持っていました。リャナス家のドラゴンの柵に近づくと、それを鍵に向けてガツン! です。


 丈夫な鉄の錠も、二度三度もそれで叩けばたまらなくなって。開きます。兵士たちはドラゴンの首に手をかけて、竜舎の外に連れていくのですが……


『よく分からんが、やれやれだな。せっかくここに馴染んできたのに。また、どっか別の場所に連れていかれるのか?』


 アルバが呆れた口調で不満を訴えて、これにラナでした。


『まったくねー。こっちの事情も考えろって話よ。ねぇ、サーバス。アンタもそう思うでしょ?』


『ね。うん』


 サーバスさんも、のほほんとして答えて。


 あ、あのー、皆さん? 人間の事情なんてどうでもよろしい貴方方らしい感想ではあるのですが。


 これ、絶対に異常事態ですよね?


 この兵士たちは、どう考えてもリャナス家の兵士さんたちとは違って。で、このドラゴンたちへの行動も、絶対にカミールさんの意思に沿うものではなくて。


 作業を進める兵士たちを見つめながらに思います。


 これは、おかしい。


 何か、異常なことが起こっている。

 

「隊長殿。どうにもコイツらはリャナス家のドラゴンでは無いようですが。連れていきますか?」


 兵士の一人でした。俺たちラウ家勢と、サーバスさんたちハイゼ家勢のドラゴンを見渡しながらに、そんな声を上げられて。


「当然だ。おそらくはラウ家とハイゼ家のドラゴンだろうからな。無事こちらに与して頂けた際に、騎竜が無ければ困られるだろう」


 どうやら、俺たちも連れていかれるようですが……く、与して頂けた際? それって、あの、え?


 異常ばかりしかなくって。


 俺の頭は、それにまったくついていけて無くて。


 俺たちは竜舎の外に出されることになりました。今日もまた晴天でしたが、もちろんそれに気分を良くするようなことはあり得なくて。


 なんなんだよ、これ。


 俺はどうなるんだ?


 娘さんは……娘さんは今、どうなってるんだ?


 異常事態に焦りしか無くて。ただただ俺は、落ち着き無く視線をさまよわせるしかなかったのですが……え?


 湖も小川もあり、わりと風流な放牧地なのですが。


 竜舎の周りも多分にその気があり、刈り込まれた緑の鮮やかな木々が並んでいたりします。


 そこから音がしたのでした。


 距離は十メートル半ばほどにあるのですが。この距離では、おそらく人間には気づくことは出来ない。そんな小さな物音です。


 なにかいる?


 いや、誰か?


 目を凝らします。ドラゴンの優れた視力は、木々の合間にいるだろう、その何者かを視認することには十分なものですが。


 あれは……アレクシアさん?


 そうです、アレクシアさんです。幹の陰から、こちらをうかがう横顔がちらりとうかがえましたが、間違いなくアレクシアさん本人でした。


 先日とは違うドレス姿のようで、そのひらりとした端が木々の合間から覗いていますか。あんな格好で、こんな場所で何をされているのか。いや、何をしようとされているのか。表情には張り詰めた緊張感がみなぎっていましたが。


 あ。


 よく見たら、人影はアレクシアさんばかりではありませんでした。


 どうやら、少なくとも十人ほどが木々の陰にいらっしゃるようで。各々、軽装ですが長剣の柄を握っている十人。その中には、マルバスさんの姿もあるようで。いつもの柔和な表情は今は無く。猛禽類のような鋭い目つきをして、こちらをうかがっておられるようですが。


 ……雰囲気からです。何か、仕掛けようとしているのでしょうか? もちろん、それはここにいるリャナス家所属では無いだろう兵士たちにでしょうか。


 そのために、アレクシアさんたちは物陰に隠れて事態をうかがっているのでは?


 マズイかも。俺は慌てて、彼らから目線を逸らすのでした。


 状況はさっぱり分かりません。


 ですが、目の前にいる兵士たちと、あちらで隠れておられるアレクシアさんたち。どちらが信頼出来るかと言えば、それは明白なわけで。


 そのアレクシアさんたちが、隠れながらに何かをなそうとしている。だとしたら、もちろん俺がそれを邪魔するわけにはいかなくて。俺の視線で、彼らの存在がバレるきっかけを作るわけにはいかなくて。


『あ、あんなところに良いヤツがいるじゃん。何してるわけ?』


 ただ、ラナが気づいて、興味深そうにその方向を見つめます。俺は慌てて声をかけるのでした。


『ら、ラナ! そっち見ちゃダメ! ダメだから!』


『は? 何でよ?』


『何でも! アルバにサーバスさんも絶対ダメだから!』


 不承不承で、ラナはアレクシアさんたちから目線を外してくれて。サーバスさんもアルバも不思議そうに、俺に従ってくれたのですが、


『なぁ、ノーラ。何か変なことが起きっているんだよな? どうなってるんだ?』


 ドラゴンの中でも、一際察しの良いアルバが疑問を俺にぶつけてきました。ただ、返す言葉はありませんでしたが。そんなの俺が知りたいわけで。


 現状、一体何が起きているのか?


 そして、俺は何をすれば良いのか?


 いよいよアレクシアさんたちは動き出そうとしているようでした。


 俺が横目にうかがう中で、アレクシアさんは特徴的な呼吸を続けておられて。


 見覚えがありました。


 俺はアレクシアさんの魔術の講座を受けていたのですが。アレクシアさんが、魔術に集中するための呼吸方があんな感じでして。


 マルバスさんをはじめとする武装した方々も、じりっと身を低くされていて。


 動く。


 その予感に俺は身を固くするのですが……え?


 意外な光景に、俺はアレクシアさんたちの方向をマジマジと見つめてしまいました。


 アレクシアさんたちの背後です。


 もはやこちら側、身元不明の兵士たちにしか意識がいっていないようなあの方たちでしたが。


 その背後には、兵を引き連れた一人の若者の姿がありまして。


 ……アルベールさん?


 彼は何やら悩ましげな顔をして、腰の長剣の柄に手をやり……へ?


 一瞬の早業でした。


 抜き打ちされた長剣は、瞬時にアレクシアさんの首元へ。あの人の驚きは、俺の比では無かったでしょう。


「え?」


 呟きと共に、大きく目は見開かれ。


「動くなっ!! まとめて切り殺されたいかっ!!」


 それが、あの穏やかな若者の口から出た叫びだとは、にわかには理解出来なくて。


 ただ、現実として、そんな不穏な叫びがアレクシアさんたちに投げられていて。マルバスさんたちに、アルベールさんの配下と思わしき兵士たちの槍の穂先が突きつけられていて。

 

 アルベールさんは、凄絶な目つきをしてアレクシアさんに笑いかけられます。


「冗談だとは思われませんように。魔術師はなかなかに無力化が面倒ですからな。迂闊な動きを見せれば、即座に切り殺させて頂く」


 アレクシアさんが顔面を蒼白にされるのも無理は無い話で。


 え、えーと……へ? なんだこれ? これはあの、何がどうなって、何故今こう……え?


 何も分かりませんでした。


 何も分からず、俺は何も考えることも出来ず、当然動くことも出来ず。

 

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