第51話:俺と、娘さんのお出かけ(2)
娘さんは一瞬首をかしげられましたが、すぐに「あぁ」と頷かれました。
「そっか。アルベールさんもいらっしゃるって、カミール閣下がおっしゃってたっけ」
《頼られたらいかがですか? アルベールさんでしたら、その方面も達者でしょうし》
ギュネイ家の四男さんですからね。当然、社交方面にも熟達されておられることでしょう。
娘さんは納得の頷きを見せられまして、しかしまたもや首をかしげられました。
「でも……頼っていいのかな? なんか申し訳ないような気がするんだけど」
まぁ、ご友人と言えど、ここ数日の仲ということで。
頼ることにためらいを覚えておられるような娘さんでした。
うーむ。これがアルベールさんが好かれていないと嘆いておられた理由かもねー。
礼儀正しくひかえめな娘さんなので。初対面に毛が生えたようなアルベールさんに対して、まだまだ甘える気にはなれないようでした。
でもまぁね? さすがに昨日のことを、アルベールさんの無防備な独白を暴露するわけにはいきませんが。でも、甘えてもらった方が、アルベールさんは絶対に嬉しいはずで。
《大丈夫かと。あの方は、それぐらいで不快になられる人ではありません。器の大きな方でしょうから》
言い方としてはこうなりましたが。
まだ、ためらいはありそうな娘さんでしたが、わずかに笑みを浮かべながらに頷かれました。
「ノーラがそう言うんだったら、そうかな? じゃあ、ちょっと甘えさせてもらおうかな」
これでもまぁ、娘さんの負担も多少軽減することでしょう。俺にしては良い仕事が出来ましたかねー? ふふふん。
……アルベールさんとねー、はい。良いんじゃないかと、俺はもちろん思っておりますからね。俺は。
「でも、アルベールさん良い人だよねー」
娘さんは笑顔でそんな声を上げられました。
ですよねー、まったくそうですよねー。
なんて、思ったはずでした。
ただ、実際は……
「ノーラ?」
はいはい、えぇ、大丈夫です。
何かビックリしてしまいましたが。娘さんがアルベールさんを褒められて、何かビックリしてしまいましたが。
ただ、ビックリするようなことは何も無いわけで。とにかく、俺は頷きを見せます。
娘さんもまた、笑みで頷かれまして。
「だよねー。騎手としてスゴイ人なんだけどさ、それにすっごく優しくて。王都の紳士って感じだよねー。同じ年代で、あんな素敵な人がいるんだってビックリしたよ」
まったくねー。
娘さんのおっしゃることはまったくその通りで。
俺もまったく同意しかなかったのですが。
なんでかなー?
妙に反応し辛いものがありまして。
自ら褒めさせてもらった時は、それほどのことは無かったのですが。でも、娘さんが褒められて、それに同意することには妙な抵抗があって。
ははは。
いやいやいや?
なんかラナの視線が気になるのでした。やはり娘さんのことを好きなんじゃないか? アルベールさんに嫉妬しているんじゃないか? そう言外に迫ってきているようで。
バカバカしい。
俺はカギ爪を地面に走らせます。
《その通りです。あの方は素晴らしい人で》
まだ続きを書かなければならない。そんな気がしました。
俺は娘さんをドラゴン以外の意味として好きでは無いし、アルベールさんに嫉妬なんてしていたりしない。
それを証明しなければならない気がして。
《あの方と仲良くされるのは、貴女にとって素晴らしく意味があることだと私は思います》
少し踏み込み過ぎのような気はしました。
ですが、とにかく俺は書ききることが出来ました。
娘さんは無邪気にほほ笑まれまして。
「だよねー。騎手として、色々と見習わせて頂きたいこともあるし。仲良くさせて頂きたいよね、うん」
俺の意図は半分も伝わっていないようでしたが。
娘さんはとにかく楽しそうでした。
「そろそろ行くね。今日中に一度は会いに来るから。じゃ」
はい。それじゃあです。
娘さんは手を振られながら、竜舎を去って行かれました。
それを見送ってです。
『……ふぅ』
何故か、俺は大きく息をつくのでした。
一仕事を終えたような、そんな心地にありまして。
不思議な空虚さと達成感がないまぜになったような、そんなよく分からない胸中でありまして。
『アイツとさ、何話してたの?』
興味があるだろうとは思ってたけどさ。
ラナが首を伸ばして尋ねかけてきたのでした。なんか観察されているような気分を味わっていた俺ではありますが、実際何を思ってコイツは俺を見つめていたのでしょうね。
そこはサッパリですが、とにかくです。聞かれたことに、とりあえず素直に答えておきますかね。
『娘さんが色々大変みたいだからさ。あの新しい人……アルベールさんを頼ったらどう? って伝えてさせてもらっただけだよ』
『……ふーん。そっか』
どこか満足げなラナでした。
何がラナの喜びのツボにはまったのかは分かりませんが。でもまぁ、機嫌が良いならそれに越したことはありませんし。文句なんて、あろうはずはありませんでした。
『どうする? 外に時間が出来たらさ、一緒に遊んであげよっか?』
ただ、こんなことを嬉しそうに言われるのは、ちょっと『ん?』ってならざるを得ませんでしたが。
まーた、なんかこう自分の趣味を押し付けてきやがってますかね? いや、俺にも罪はあるか。先日、俺は進んでラナと遊び回りましたので。しかも、おかわりまで要求して。
これはまぁ、勘違いされても仕方が無かったのかもしれません。
うーん。ぶっちゃけ遊びたいような気分では無いのですが。そんなドラゴンとしての幸せを強いて求めたい気分では無いと言うか。
不思議と悩みが一段落したような気分でして。
昨日のアルベールさんとのやりとり。ラナとのやりとり。そして、今日の娘さんとのやりとり。
モヤモヤとしたものは、正直残っていますが。
それでも、これ以上暗鬱になることは無いとそんな気がするのです。
ただまぁ、これは俺の事情ですし。ラナからすればなぁ。ご機嫌なことは俺も嬉しいし、ここはそうね。
『じゃ、次の時に遊ぼっか』
『よし。分かった。私が遊んで上げようじゃないの』
ラナは尻尾を揺らめかせながらに、そう答えてきて。ドラゴンながらに、表情には笑顔が浮かんでいるように見えるような。本当に、ご機嫌って感じですねー。
とにかく、俺は遊ぶことになったらしく。
娘さんとのやりとりで、何故かちょっとばっかり気疲れしていまいましたからねー。では、遊びの前に、少しばかり英気を養うとしますか。
『ちょっと寝直すね。じゃ』
『おう』
陽気な返答を受けながら、俺はその場で丸くなります。うーん、ふかふかのワラが何とも気持ちよくて。
さて、では寝直してしましょうかね。
では、おやすみー。