第49話:俺と、気持ち悪い
娘さんとアルベールさんがどんな関係になっても、俺は祝福出来る。
そう俺はラナに告げたのですが。
『……本当に、そう思ってる?』
ラナはそんな疑問の声を投げかけてきて。
えーと? よく分からない疑問でしたが。本当にそう思ってる? って。そりゃまぁね。
『思ってなかったら、口にしてないってば』
そのはずでした。
しかし、ラナは変わらず疑念の目つきをしていて。
『私は……アンタはその……』
非常に言いづらそうにして、目線を伏せながらに、慎重に。
『あのウザいヤツのことがさ……好きなんじゃないかって、そう思ってたんだけど』
そんな、意味の分からないことを口走ってきたのでした。
きっと俺は何故か凍りついたようになっていたでしょうが……い、いやいや。戸惑う必要なんてまるで無くて。そりゃあ、俺はねぇ?
『ははは。まぁね。俺はもちろん、ドラゴンとして娘さんのことが好……』
『だぁもうっ!! アンタ、分かって言ってるでしょ! 違うから! そういう意味じゃなくて……一緒になりたいって意味でよ! そんなの分かるでしょうが!』
分かるでしょうがって、そんなの、え? いや、だって、怒られたって困るんだけど。そんなあり得ないことの話だなんて、俺にはさっぱり分からなくて、本当にその分からないはずで……
ラナは俺の目を、妙に真剣な目つきをして見つめてきています。
『さっきは言わなかったけどさ、私はアンタがあのウザいのが好きで、だから調子崩してると思ってんの。あの新しいヤツがあのウザいのと仲良いみたいだからさ。それで、えーとその……嫉妬? そう嫉妬。それしてんのかって、私は思ってんの』
そして、何かよく分かんないことをほざいてきましたが。
えーと、一体何言ってんの?
笑い飛ばしてやろうと思って、しかし何故か上手く声が出なくって。
嫉妬? 俺が?
俺が娘さんをドラゴンとして以外の意味で好きで、それでアルベールさんに嫉妬したって?
だから、俺は調子を崩していたって? 鬱々として、イライラとしていたって?
声には出せずとも、バカバカしいと鼻で笑ってやりたいぐらいでした。
アルベールさんを不当に貶めていたことも嫉妬だなんて言いたいわけ? アルベールさんをライバルだと考えて、大した相手じゃないって思い込もうとしたって。
自分と比較していたのも嫉妬になるわけ? ライバルと比較して、自分は負けていない、勝機があるなんて思い込もうとしていたなんて言うわけ?
バカらしい。
そんなことがあるはずが無い。そんなわけが決して……って、あれ、なんかおかしい。俺、おかしいことを思ってるかもしんない。
ラナはそこまでは言ってはいなかった。ラナは嫉妬で調子を崩しているって、そこまでしか言ってなかった。だから、先ほどの考えは俺の先走りで……え、えーと? 何? ちょっとよく分かんないんだけど? 俺は今、本当に一体何を考えているんだ?
一つ大きく息を吸います。
……とにかくです。とにもかくにもです。
そもそもがおかしいんであって。俺が娘さんを騎竜として以外の感情で好いている。これがラナの大いなる勘違いであって。
『……いやさ、ラナ』
やっと言葉が出てきました。
俺は笑いかけるぐらいの感覚で、ラナに語りかけます。
『無いから。俺が娘さんにそういうのって、本当マジで無いから』
『無いの? 本当』
『そりゃそうだよ。だって俺が? いやいや、無いって。そんなのあり得ないから』
ドラゴンである俺がまさかそんなね。
そんなのあり得ない。そんなの、俺が人間だったとしてもあり得ない。
だって、そんなの気持ち悪いし。
俺だよ? 俺みたいな陰気で孤独で、なーんにも無かった人間が誰かを好きになるとか? 無いよ、そんなの。マジで気持ち悪いから。人を好きになっている場合じゃなくて自分のことをどうにかしろって、そんなことしか思えなくて。本当、マジであり得なくて。
それがましてや、相手が娘さん?
はん。いやいやいや。もはや気持ち悪いとか、そういうレベルじゃないから。前世から考えての年の差もあれば、本当に気持ち悪い以上におぞましくて。
しかも、分不相応と言って、もはやもうね。んなこと考えてたら、俺は自分で自分を殺したくなるよ。娘さんにふさわしいなんて、お前は自分を欠片でも思えましたか? って話で。もし、そんなことを少しでも考えていたのなら。もうね、ヤバいね。マジでヤバいよね。救いが無いってこれ以上のことは無くて。
『……好きじゃないって、そういうことよね?』
俺の表情をうかがいながらに、念を押すようなラナでしたが。もちろんね。そんなの当たり前過ぎる話であって。
『そりゃそうだよ。俺はね、娘さんをそういう意味じゃ決して……』
不意に喉にタンが絡むような感覚。何だよ、これ。言い淀んでいるみたいに誤解されるじゃないか。俺はとにかくツバを飲み込んで。
『……無いよ。好きなんかじゃ決して無い』
ちゃんと言い切れました。
胸中に不思議なわだかまりを残しながらにですが、ちゃんと言い切れました。
ラナは何故かにらみつけるようにして俺の表情を観察していました。そこにある感情は一体何なのか。分かりませんが、ラナはにわかに雰囲気を和らげるのでした。
『……ふーん。そうだったんだ』
納得の気配でした。俺はもちろん頷きを見せます。
『そりゃそうだよ。んなわけないから』
『そうなのね。なーんだ。全部私の誤解だったわけか』
その口調は何故だか少し嬉しそうに聞こえて。正直意味が分かりませんが、まぁいっかですね、別に。
とにかく、ご納得頂けたようで。
俺はあくまで娘さんのことをドラゴンとして好いているのであって。だから、仮にアルベールさんと一緒になられることがあっても、それは……まぁ、喜ぶさ。喜ぶに決まっているさ。俺は……娘さんのドラゴンなのだから。ドラゴンにすぎないのだから。
『……って、ちょ、ラナ?』
柵越しにでした。
思案にふけっていた俺の首に、ラナが急に頭を預けてきまして。その、あの……な、なに?
急に俺の首を味わいたくなったとか、そういうことでしょうか? いやあの、俺の首はスルメのように味わい深くないはずなのですが。
『ど、どったの? ねぇ?』
『……別にいいじゃん』
そう言いながら、ラナは引き続き俺の首に頭をもたれさせ続けるのでしたが……わ、分からん。機嫌は悪くなさそうですが、その本意が分からん。一体何を思って、ラナがこんなことをしているのか。
噛みついてくる気配は無いのですが、うーむ。これいつまで続くんでしょ? 不意に噛みつかれるかもと思って、何だか妙な恐ろしさを感じるのですが。
『……へぇ』
思わせぶりな呟きはアルバでした。
今まで、俺とラナのやりとりを何やらよく分からなそうに見つめていたのですが。急に『ほぅ、そうきたか?』とでも言いたげな呟きを発してきまして。
気が付けば、サーバスさんもまた、興味津々に俺とラナの様子をうかがっておられるのですが。
うーむ、分からん。
分からんが時間はただ過ぎていきまして。
ラナへの恐怖と、不思議なモヤモヤとした感情と。
それらに悩まされている内に、竜舎に夜の帳が下りていきました。