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第16話:鬼神の舞う空

「では、始められませ」

 

 淡々とした使者さんの始まりを告げる口上。 


 そして俺たちは敵と相対(そうたい)する。


「では、良き試合をいたそうぞ」


 ハイゼ家の騎手の精鋭、クライゼ。


 クライゼさんの様子は以前と変わらなかった。騎竜サーバスを引き連れて、自然体だが歴戦の空気をまとってそこに立っている。


「はい、良き試合を」


 対して、娘さんは大きくふるまいを変えていた。気負いなく、静かな笑みを浮かべて立っている。


 そしてである。


 引き連れているドラゴンはなんと俺なんだよなぁ。ラナとアルバは小屋にいて、俺が騎竜の重責を担っている。あかん、背中に怖気が。胃には吐き気が。今さらの場違い感。俺なんかが本当にここにいてもいいのかどうか。


「ノーラ」


 俺の緊張感が伝わったのか、娘さんが俺にほほえみかけてくれた。い、いかんいかん。娘さんに気を使わせていてどうする。俺は首に力を入れて、立ち姿をしっかりとしたものに正す。俺は今、娘さんの騎竜としてここに立っているのだ。


 すぐに騎乗の時が来た。


 クライゼさんがサーバスにまたがり、合わせて娘さんも俺の背にひらりとまたがる。


 俺も今日は当然、鞍と手綱(たずな)を身に着けている。手綱が軽く引かれる感触。俺は娘さんの手綱に従って、ゆっくりと歩き始める。


 これも前回と同じだった。お互いの背を追うように、輪を描いて歩みを続ける。


 いよいよだ。いよいよ一騎討ちが始まる。


 風に揺れる草原。そこには静けさは無い。観衆の声が静かなうねりとなって響き続ける。


 見応(みごた)えのある一騎討ちを期待する……そんな声ではないはずだ。前回のことがあるのだ。はたして今回はどうなのか。ちゃんと空に飛べるのかどうか。そのことへの好奇心が声になり視線へとなっているのだろう。


 その中で俺は歩き続ける。脇腹には妙な違和感、そして音。おそらくは娘さんが手にした釣り槍で俺の脇をコツコツと軽く叩いているのだろう。


 タイミングを計っているということだろうか。


 クライゼさんは注意深くこちらをうかがいつつ、サーバスを歩かせている。飛び立つタイミングもまた一騎討ちにおいて重要な要素。そういうことなのかもしれない。


 息詰まるタイミングの計り合いが続く。その中で「ふっ」と思わずもれたような笑い声が俺の耳に届いた。


「……ふふ、素人なのにね。一人前のようなつもりで時期をうかがっても仕方ないか」


 晴れ晴れとした娘さんの呟き。そして、


「行くよっ! ノーラっ!」


 合点承知。俺は娘さんの手綱さばきに従って、草原を蹴って加速する。


「ほぉ」


 ドラゴンの聴力が感心したような呟きを捉える。それはおそらくクライゼさんのものだった。


 あるいはコレが正解なのかもしれなかった。翼で風を捉える。娘さんの指示は急上昇。う、うおおっ! 気合じゃ、気合! 俺は渾身(こんしん)の力を翼こめて、その指示をまっとうする。


「受け手はいやだからっ! 攻めるよっ!」


 なるほど、これは正解かもしれない。攻者の有利とそういうことなのか。未だ上昇途中のクライゼさんとサーバスを鷹の目の視点で見下ろす。


 急降下。狩人として、俺と娘さんは眼下の竜騎士に迫る。


 これは勝てるのではないか。


 そう思った。ただ、相手は『早』かった。


「……っ!」


 娘さんの舌打ちが風の音に混じって届く。追いつけない。『速』いわけではないのだ。速さというだけならラナやアルバの方が上だろう。おそらくは俺と同程度。ただ、クライゼさんの判断がとにかく早かった。


 攻勢を受けるとみるや、すかさず逃げに入られた。そして瞬く間に風に乗られた。あとコンマ一秒でも判断が遅れてくれれば、あるいは追いつけたのかもしれないのだが……やはり相手は手練(てだれ)ということか。


「追うよっ!」


 ただである。相手の背中をとっているのはコチラだ。攻者の有利はこちらにある。


 クライゼさんは相当の達人ということなのだ。あるいは、これが最初で最後のチャンスかもしれない。


 だから攻めだ。全力で娘さんの指示に従う。空を滑空するようにして、サーバスに乗るクライゼさんの背中に追いすがる。


 そして、


「え?」


 娘さんの疑問の声。視界から、クライゼさんの姿がこつぜんと消えていた。


 はたしてどこにいったのか。まさか墜落したのではないだろうか。


 そんなことを考えて、その思考の間抜けさをすぐに知ることになる。


「う、後ろっ!?」


 娘さんの驚きの声で俺はようやく気づいた。言葉通り、後ろだった。背後をとられている。


 なんとなく理解した。勢い込んでスピードを上げて、そのスキを突かれたのではないか。相手はおそらく急激にスピードを落としたのだ。そして、俺の腹の下をかすめるようにして、背後に回ってきたのではないか。


 そして、相手は功者だった。


 驚いていたスキを突かれた。音で分かった。猛然と追いすがられている。クライゼさんが釣り槍を静かに構える……そんな幻視が俺の脳裏に浮かぶ。


「ノーラっ!」


 すかさず指示が来た。スピードを落とせ。俺もすぐさま反応する。


 やり返したとそういうことになるのだろうか。クライゼさんのように華麗にはいかなかったが、効果はあった。ニアミス。ぶつかる一歩手前のレベルですれ違う。


 背後を取り返した。クライゼさんの釣り槍の先にはまだ釣り針が残っている。まだ負けていない。


「よしっ!」


 娘さんが快哉(かいさい)を叫んだが、それもまたスキだったのか。


 またクライゼさんの姿が消えた。あっという間にまた背後を取られる。


 なんだろう。ゲームでチートでも使われているような感覚だった。あるいは手品か魔法か。


 驚いている間もなかった。敵は次の手をくりだしてくる。


 うわっ、熱っ!? オレンジ色の熱の塊が俺のすぐ脇を通り抜けていく。ドラゴンブレス。そうだ、ドラゴンにはこれがあった。

 

 娘さんも熱さにうめき声を上げていた。たまらずといった様子で、俺にドラゴンブレスから離れるよう指示が出る。


 それが罠だったのか。


 完全に読まれていた。熱源から慌てて離れた先。おそらく逃げていく場所を予測して、最短距離で迫ってきたのだろう。真後ろにドラゴンの気配が出現した。


 娘さんにとっても非常な驚きだったのか。手綱からの指示が来ない。何かしら避けなければマズイ。でも、これどうすればって、え、ええぃ!


 重力の助けを得て、落ちるように避ける。


 間一髪か。勝手に行動してしまったが、クライゼさんを引き離すことに成功する。


「ノ、ノーラっ!?」


 驚きの声は上がったが、同時に手綱の指示も戻ってきた。娘さんの指示の下、クライゼさんから距離を取るためにはばたき続ける。


「び、びっくりした。でも、すごい。まるで私の考えを読んだみたいに……」


 よ、良かった。勝手に動いたことはおとがめなしらしい。しかもなんか褒めてもらっているみたいだけど……それ、ただの気のせいです。素人の考えることなんて、誰もみんな同じようなものだということだろう。


 しかしまぁ、ね? とんでもないね、あの人。


 俺は全力で飛びつつ、背後に思いをよせる。


 ハルベイユ候領において最高の騎手クライゼ。冷静で的確な判断力。そして、攻め口の圧倒的な引き出しの多さ。


 強敵だとは思っていた。だが、それも甘い認識だったのだろうか。


 騎手クライゼ。


 あるいは強敵とするのが侮辱に当たるほどの化物なのかもしれない。


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