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第47話:俺と、アルベールさん(2)

 視線をそらしたままで、俺は冷や汗を流し続けるしか無いのでした。


 願いは叶ったのかどうか。


 視界の端で、アルベールさんはどうやら苦笑を浮かべられたようでした。


「はは。ま、そんなわけないか。まさかドラゴンがな」


 そんな結論を得てくれたようで。


 冷や汗から、どっと安堵の汗でした。マジで喉がカラカラです。身から出たサビなのですが、あー、しんどかった。本当にもう、ねー?


 とにかく一安心ではありました。ただ、アルベールさんはまだいらっしゃるので心からの安心とは無縁でしたが。


 アルベールさんは興味深げに俺の目を覗き込んできているのでした。


「……しかし、サーリャ殿の言う通りだな。目つきに不思議な暖かみがあるような気がする。思わず相談までしたくなると聞いて、まさかそこまではと思ったけど……分かるような気はするな」


 さ、左様ですか、えぇ。


 ビクビクしながら、俺はアルベールさんの言葉に耳を傾けるのでした。えー、はい。確かに、俺が言葉を理解すると分かっていない時分から、娘さんは俺に相談などされていましたねー。


 目つきなどとおっしゃっていましたが、まぁ、中身が中身ですし。人間寄りですし。そういう意味で、親近感を覚えやすかったのかもですが。


 しかし、アルベールさんもって、ことなのですかね? この貴族の貴公子は、じっと俺を見つめながらに、不意に屈託ない笑みを浮かべられて。


「ノーラだったよな? いいかな? 俺も、相談なんかさせてもらっても?」


 なんか、不思議な心地になりました。


 俺は今まで娘さんやカミールさんの前で、かしこまっていたこの人しか見たことが無かったのですが。


 これが、この人の素なのですかね? 普段でもにじみ出るような愛嬌があるのですが、今はなおさらって感じで。ざっくばらんな口調と笑顔も相まって、とても親しみやすくって。


 ……魅力的な人ですよね。俺なんかとは、比べものにならないぐらい……って、いやいや、こういうことは考えないって決めたはずで。

 

 娘さん、良い人を友人に出来たんですね。良かったですよね。しかし、どうされましたかね? 相談? 俺に? 


 別に返答は求められていないでしょうから、それはおよそ愚痴ということになるのでしょうが。なんでしょうかね? やっぱり大貴族の子弟さん。色々と悩みごともあるのでしょうねー。


 まぁ、聞くだけですので、どうぞご自由に。素知らぬフリをしながらになりますが、それはどうかご容赦を。


「……サーリャ殿だけどさ、あの人、どんな人が好きなんだろうね?」


 思わず、見てしまいました。


 アルベールさんの表情をです。斜陽に照らされながら、彼は分かりやすく苦笑を浮かべておられまして。


 正直です。かなりビックリしました。


 と言いますか、わりと鮮烈な衝撃が走ったと言いますか。


 そうだろうと思ってはいました。まず間違いなくそうであろうと思いました。


 しかし、実際にそれが本人の口から示唆されると、妙に衝撃的に俺には感じられたのでした。


 この人はやっぱり……娘さんのことが好きなのですね。


「やっぱりさ、ノーラ。人の言葉が分かるんじゃないか?」


 楽しそうに笑いながらの指摘でした。うわ、しまった。ついやってしまった。


 にわかに内心で慌てる俺でしたが、アルベールさんは冗談の範囲で口にされたそうで。


「言葉が分かるなら、本当教えて欲しいよな。あの人の男の趣味とかさ」


 優先すべきは本題ということでした。


 しかし、男の趣味。なんかちょっと生々しかったです。俺には縁の無かった、現実の恋愛の話が目の前にはあるようで。


 なんか、遠いなぁ。遠くて……どこか寂しくて、少しイライラとするような。


 いや、だから。


 んなこと気にする必要ないですから。ドラゴンとして、まったくそんなことはね。


 それよりもです。


 娘さんの男の趣味かぁ。いや、知らんですけど。


 娘さんの恋バナなんて、俺は一度として耳にしたことは無くて。まぁ、ドラゴンにするような話では無いでしょうし。あるとしたら、アレクシアさんの方がご存知である可能性は高いことでしょう。


 だから、俺はまったくアルベールさんと同じぐらいの理解しか無いのですが。本当、何だろうねぇ? 女の人は、父親と同じような人を好きになるなんて耳学問はあるのですが。


 あるいは親父さんのような方が好きなのかもですねー。だとしたら、俺としても万々歳なのですが。親父さんみたいな優しく懐の広い人が相手だったら、娘さんもおそらく幸せになれることでしょうし。


 まぁ、とにもかくにも娘さんなので。


 自らを不幸にするような、そんな趣味嗜好はされていないのでしょう。まかり間違っても俺みたいな……って。


 ……なんか疲れてきました。無駄な思考は止めましょう。本当、意味が分かんないですし。


 アルベールさんねー。


 娘さんを好きだったら、それはもちろん気になるでしょうねー。ただ、俺は返答することは出来ないし、返せるような知識もないですし。


 黙って見守るしかないですねー。娘さんの友達に対して、何とも申し訳ないですが。


 アルベールさんは、不意に切なげな苦笑を見せられました。


「……多分、俺は趣味じゃないんだろうなぁ」


 で、そんなさみしげな吐露がありました。


 え、えーと? いや、どうなんでしょう? なんかちょっと慌てたくなってしまいます。アルベールさんの口ぶりには、趣味じゃない以上に嫌われていだろうぐらいのニュアンスみたいなものが感じられまして。非常に落ち込んでおられるだろうことが、手にとるように察することが出来まして。


 い、いやまぁ、ね? アルベールさんが娘さんの趣味に適う人かどうかは分かりませんが。少なくとも、好意を抱いてもらっていることは間違いないわけで。なんか、ちょっと勘違いされているような気がしてならないのですが。


 ただ、アルベールさんの心境はどうなのか。ため息まじりに頭をかかれたりされるのでした。


「はぁ……正直、ちょっとは自信があったんだけどさ。今思うと、本当に気持ち悪いけど。一応、ギュネイ家の人間だし、顔もまぁ悪い方じゃないと思うし、騎手としてもそれないに褒められてきたし。性格も悪くは……ははは。多少気持ち悪かったかもな、うん」


 自嘲気味な苦笑がアルベールさんの顔には浮かんでいました。


 い、いやぁ? そんな自嘲されるようなことでは無いような。自意識過剰だったなんて悔やんでおられるみたいですが、いや非常に妥当に思えますが。


 アルベールさんぐらいの人が自己評価が低かったら、むしろその方が気持ち悪いですし。あえてへりくだってんのかって感じですし。気持ち悪いだなんて、そんな卑下されるようなことは無いと思いますけどねぇ。


「……本当、キレイだったんだよなぁ」


 不意に遠い目をされてでした。


 アルベールさんは、どこか懐かしむような口調でそんなことを口にされて。


「ハーゲンビルでだけどさ。俺は地上からあの人を見たんだよな。ウダウダとバカみたいな話し合いばかりして。誰も動けずにカミール閣下をあえて見捨てようとしているような、そんなアホみたいな状況で。あの人は一人、空に飛び立ってさ」


 しみじみとして、アルベールさんは頷きを見せられました。


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