第46話:俺と、アルベールさん(1)
娘さんの幸せを祈り、祝うことこそが何よりも大事。
俺がそのことに気づけたその後です。アレクシアさんが立ち去った後の話でもありますが、竜舎には再びの客人があったのでした。
『……ん? また人間だ』
夕暮れなずむ竜舎においてでした。ラナがすくっと首を伸ばしていまして。
俺もまた首を伸ばして、耳に意識を集中させます。言われてみれば、足音がするような。竜舎までの石畳を、どなたかの足音が辿ってきている。そんな音の気配はありました。
今日の色々なやりとりやら気付きやらに疲れて、少し早めにウトウトとしていた俺ですが。人間様の到来ということで、眠気はすぐに引いていきまして。
えー、はてさて、誰ですかね?
用事をすませた娘さんが、竜舎にいらっしゃった。その可能性が一番高いのですが、娘さんの足音はここまで重いものでは無く。
アレクシアさんの重さでも無ければ、これは男性のものかな? 親父さんやカミールさんよりは重くなくて、足取りもどこか軽快で。若々しい感じがかなり伝わってはきますが、うーむ。
本当、誰でしょうね? リャナス家の若党のどなたかでしょうか? 不思議の思いで、俺は足音を待ち受けることになりまして。
足音はすぐに間近まで迫ってきました。で、俺は足音の主を目にして、少しばかり驚くことになるのでした。
『……へぇ、新しいアイツじゃん』
ラナの呟きそのままの現実がありました。
訪れてきたのはアルベールさんでした。斜陽の下で、一人の共も連れずに立っておられるのですが。
ふーむ? ですよね。
何故ここに? って、そんな感想がまず浮かんでくるのでした。娘さんが今日いらっしゃらないことは、先日に確認されていたでしょうし、リャナス家の屋敷でも知ることが出来たでしょうし。
何の用事があって、ここを訪れられたのか? それは全く察しがつきませんでしたが……しかし、アルベールさんですか。
彼の精悍でしかし愛嬌のある顔つきを目にしますと、ついこう……モヤモヤするものを感じないでもありませんでしたが。
でも、それは考えないことにします。
アルベールさんは今のところは娘さんのご友人です。娘さんの幸せの一環として、アレクシアさん同様に喜んで歓迎すべき方でありまして。
娘さんの幸せを祈り、祝える自分でいる。そこが大事なのですよ、ホント。
モヤモヤはありますが、それはとにかく無視でいきます。事情は分かりませんが、彼の来訪はもちろん……そう、もちろん大歓迎でした。まぁ、娘さんから言葉が分かるような素振りを見せていいとは言われていないので。他のドラゴン並にしか歓迎は出来ないのでありますが。
しかし、本当にご用事は何なのですかね?
アルベールさんはざっと竜舎を見渡されたようでした。ここには、リャナス家のドラゴンも当然たくさんおられるわけで。その中から、意中のドラゴンを探しているという感じっぽいですが。
一体、探しておられるのはどなたですかねー……って、ん?
目が合いました。で、アルベールさんはにわかに微笑を浮かべられまして。うわ、イケメンにほほえまれた。一目惚れって、空想の産物のような気はしていましたが、実際にイケメンにほほえまれるとね、実際ありそうな気はしてきますよねー。なんか、衝撃がありますよね、衝撃が。
って、違う。そんな感想はどうでもよろしい。探しドラゴンは俺だったのですかね? アルベールさんはスタスタと俺の前に向かって来られていますが。
なんざんしょ? アルベールさんにとって、俺は娘さんのおまけ程度の存在だとは思いますが。いや、ドラゴンがお好きなようなので、音の鳴るおもちゃ程度の価値はあるのかな? ともあれ、本当に何でしょう? 俺に何かご用事ということでしょうか?
「……ふーむ」
俺の前に立たれたアルベールさんでした。興味深げに俺の目をじっと見つめてこられるのでした。やだ、ドキドキする。ただ単純にです。少女マンガ的なドキドキではなくて。前世陰キャな俺としては、こう目をじっと見つめられますとドキドキするしかないのですが。
ほ、本当に何ですかね? 許されていたのなら、実際にお聞きしたい心地なのですが。アルベールさんは不意に首を傾げられるのでした。
「サーリャ殿から不思議なドラゴンとはお聞きしていたけど……確かになぁ。なんか変な気はするな」
へ、変でございますか? それはもちろん、ドラゴンとしては変な方ですが……って、ん?
娘さんからお聞きしたとおっしゃいましたか。これはアレですね? アレクシアさんと似たようなパターンかな? 実際にはどないなもんやろと思って、俺の元を訪れてくれたってことでは?
なーんだ、ですね。そんな用事でしたか。
ただの見学と、そういうことらしいので。だったら、いくらでも見学して下さいませ。まぁ、娘さんからはめちゃくちゃ気をつけてと言われていますので。多少、気を張らなければいけないでしょうが、そんなもんならねぇ?
ちょっと緊張はしますが、どうぞどうぞ。
黙って、動物園の檻の動物のような気分を味わいます。しかし、本当イケメンですよねー。顔の作りはギュネイさんゆずりで上品で端正で。しかし、そこには騎手としてのワイルドさも確かにあって。ギャップ萌え? まぁ、とにかく魅力的な顔立ちですよねー、はい。
……やっぱり、俺とは比べものになりませんよねぇ。不意にそんなことを思いましたが、とにかく忘れてしまうことにします。
娘さんにハンサムな友人が出来た。なんだかんだ言って、やっぱり容姿というのは非常に大きな価値を持つもので。そんな付加価値たっぷりの友人が娘さんに出来た。そのことを喜んでおけばいいんですよね、ドラゴンに過ぎない俺はね。
しかし、何を考えておられるのでしょうか?
アルベールさんはマジマジと俺の目を覗き込んでこられていますが。
「……やっぱり見返してきてるよなぁ」
で、そんな呟きがもれるのでした。あ。うわ。これは……や、やらかしましたかね、俺?
ドラゴンは人間にそんな興味を持たない生き物なので。ついつい顔を見返してしまいましたが、それはドラゴンとしてはレアな行動でして。
あ、あかん。あかんですよ、これは。
俺は慌てて目をそらしまして。で、またまた『あ』って思ったわけですが。
「今、目をそらしたよな? まさか言葉が分かるのか?」
アルベールさんは不思議そうに首をかしげられるのでしたが。で、ですよねー。そう思いますよねー。で、俺は何でそう思われる可能性に思い至らなかったんだろうねー?
あかん。俺がバカ過ぎて本当にあかん。
なんで怪しまれるようなことを無神経にしてしまうのか。これは本当にあかんですよ。娘さんの幸せを祈る立場でありたい俺ことドラゴン、ノーラなのですが。
約束を破るのはマジでダメ。娘さんから気をつけてって言われていますので。ここでアルベールさんに気づかれるようだったらね? 「ノーラ、また約束破ったんだぁ……」って心底悲しい顔をされるに決まっています。
二度目はね、ナシなのですよ、はい。
娘さんを悲しませるのが俺にとっては一番辛いことなので。ここは……な、なんとかせねばなるまい!
ただ、うーむ。方策なんて欠片も思い浮かばないのでしたが。
視線をそらすのも、見つめ返すのもダメ。となると、俺に出来ることってね? 何? って話にしかならなくて。
どうか、これ以上の詮索はお止め下され。
そう祈るしかなくて。視線をそらしたままで、俺は冷や汗を流し続けるしか無いのでした。