第45話:俺と、自分のことは置いときましょうか
アルベールさんに妙な疑惑が上がっているのですが。
アレクシアさんはどこかほほえましげに口を開かれるのでした。
「サーリャ殿から聞いた話ですが。あの方は、本当にドラゴンの話しかされないそうで。愛を囁くなどとはほど遠く、容姿を褒めるようなことすら何も無いと」
「ははは! なるほどな。サーリャの好みを把握して外堀を埋めようとしているのかもしれんが……それにしても手が遅い。女を口説き落とすことを任せるにはまぁ足りんな」
「失礼ですが、純真な若君といった様子で」
「お前の人を見る目はなかなかのようだからな。お前がそう言うのならばそうなのだろうさ。で、ギュネイ殿もな、人を引き抜くのに男に甘言を尽くさせるのは趣味ではあるまい」
「貴族としての誇りもあれば、堂々と言葉を尽くされますか?」
「だろうな」
とにもかくにも、アルベールさんは腹に一物があって娘さんに近づいたわけでは無いってことですかね?
ですよねー。
俺も、あの本当にドラゴンの話しか出来ない若者がそんなことが出来るわけが無いとは思っていましたが。マジでドラゴンの話しかされませんからね。だからこそ、娘さんに気に入られているようで、一方で男として評価される機会は失われているようで。そんな人ですからね、ホントのホントに。
……いやしかし、本当良い若者ですよねぇ。
にわかにそんなことを思ってしまいます。恋愛ベタそうなのが良いことなのかはイマイチ判然としませんが。しかし、一人しか愛せなさそうな感じはすごいですし。
それで家柄も良くて、顔も良くて……ま、まぁね? 良かったですよね? 娘さんが、そんな方と会えたことは。ナンパな男と出会うよりははるかに良くて、娘さんも実際楽しそうで……あー、うん。なんかねー、モヤモヤしますねー、うーむ。
「しかし、お前は辛かろう?」
一瞬、俺が言われたのかと思いましたが、もちろんそんなことは無く。
当然、カミールさんはアレクシアさんに尋ねられていたのでした。アレクシアさんは不思議そうに首をかしげられます。
「辛い? 私がでしょうか?」
「そりゃそうだ。謀略が裏にあって言い寄られているのかもしれない。思わずそう心配したくなるぐらいに大事な友人なのだろう? もちろんサーリャの話だがな」
アレクシアさんは少しばかり気恥ずかしそうな笑みを浮かべられるのでした。
「えー、はい。そうなりますね。悪い男に騙されては大変だと。ついそう思ってしまうぐらいには大事に思っています」
邪推のような感じはありましたが、そこにはアレクシアさんの娘さんを思う気持ちがあったのでしょうかね。
そこには政略ばかりで、愛情は無く。そんな男に口説かれて、娘さんが心惹かれてしまったら……そんなことを心配して、アルベールさんのことを警戒されておられたのかも知れません。
本当に、娘さんのことを大事にされているんですよね。だからこその、カミールさんの辛いだろうという言葉なのでしょうけど。
カミールさんは皮肉の表情のようで、しかしどこか同情の色を瞳ににじませておられまして。
「せっかく出来た友人がな、もしかしたらポッと出の男に取られるかもしれんのだ。そうなれば、今までのような交流は望めまい? それは確かに辛いのではないか?」
一門の長として、労りを見せられているような感じでした。
確かに……そうですよね。
いずれは娘さんとは疎遠になる。そんな実感を俺は抱いていたのですが、それはアレクシアさんも同じことなのかもしれないのですよね。
今は多分、娘さんにとっての親父さん以外の一番はアレクシアさんなのですが。そうではいられなくなってしまうかもなのです。友人としては、もちろん一番なのでしょうけど、かと言って今まで通りに行くとは思えず。
……なんか、注視してしまいますね。
アレクシアさんはこれに何と返答されるのでしょうか?
これが何故か参考になるような気がするのです。
俺の悩みは、娘さんと疎遠になる寂しさとは違うような気はするのですが。それでも何か参考になるような気がして、俺は耳を傾けます。
「……そうですね」
アレクシアさんはほほえまれました。どこか苦しげにほほえまれました。
「正直、辛いですね。ただ、仕方ありません」
「ふむ。仕方ないか?」
「はい。そもそも私もポッと出に過ぎませんし。それでアルベーヌ殿に何か思うことは出来ません。それに、いずれ来ることですから。ラウ家一門の人間として、サーリャ殿が殿方を迎えられることはいずれ必ず来ることです」
共感しかありませんでした。俺とまったく同じ心の動きでしたので。
そうなんですよね。いずれ、必ずその日が来るのです。それは本当に仕方のないことでしかなくて。
カミールさんもまた同意の頷きを見せられまして、しかし、
「だが、理性と感情は別ではないか? 表情も実際痛々しいぞ?」
そうですよね。
アレクシアさんは実際苦しげで。そして、俺も分かってはいるものの、寂しさはぬぐいがたくあって。
ともあれ、アレクシアさんはこれにどう答えるのか?
俺が注目する中、アレクシアさんはさみしげな笑みで頷かれました。
「その通りかと思います。実際は少しばかり、忸怩たる思いはあります。ただ……」
「ただ?」
「サーリャ殿の幸せを祈れない、祝えないような自分ではありたくない。そう思っていますので」
「……ふむ」
カミールさんは皮肉げに、楽しげに笑みを浮かべられるのでした。
「なかなか良い強がりだな。ふむ、悪く無い」
「ありがとうございます。せいぜい強がってやろうかと思っております」
「うむ。せいぜいそうして見せるがいい」
そうして、お二方は笑みを交わされたのですが……ふーむ。
俺の胸に響くところは確かにありました。
って言いますか、けっこう衝撃があったような。
今思い返すとです。俺、全然娘さんの幸せを祈ることも、祝うことも出来てませんよね。
それがなんかもう、けっこう深めにショックでした。
アルベールさんを見ていると、なんか苦しいよぅ、辛いよぅ。そんな、気持ち悪くメソメソしているばっかりで。
アレクシアさんが忌み嫌った、娘さんの幸せを祈ることも、祝うことも出来ない自分。そんなものに、ズバリ俺が成り下がっているみたいで。
そう言えば、娘さんは今日何してるんだっけ?
どこかに出かけていることは間違いなく、行き先も聞いていたはずなのですが……うわ、くっそショックだな、これ。
「しかしまぁ、良い意見を聞かせてもらったな。どうする? 査問官などは辞めてしまうか? 今のお前ならば、手元において使いたくもなるものだが」
話のシメって感じですかね? カミールさんは純粋な皮肉の表情になられて、そんなアレクシアさんが喜ばれそうなことを口にされて。
「ご冗談を。サーリャ殿ではありませんが、そんなことを戯れに口にされるからこそ敵を作られるのでは?」
嬉しげにされながらも、苦笑で応じられるアレクシアさんでした。カミールさんは「ほぉ?」と目を見張られまして。
「一門の女子が、その長に向かってなかなか言うではないか? ふむ、面白い。では、俺はここで失礼するがな。俺の発言が冗談だったかどうか。それを楽しみにしておくといい」
「はい。では、楽しみにさせて頂きます」
「そうしておけ。ではな」
カミールさんは颯爽と、マルバスさんは一礼を残して粛々と。
リャナス家の主従はそうして去って行かれました。
爽やかな放牧地には、俺とアレクシアさんばかりが残されることになりまして。
はぁ、と。
アレクシアさんは何故か大きくため息をつかれました。
「……緊張しました。伝えたかったことを伝えられたことは良かったですが……はぁ。やはり疲れますね」
まぁ、憧れの人ですからねぇ。
いつものアレクシアさんに近いような気はしましたが、それは表面上の話だったらしく。非常に気疲れされていたようですね、えぇ。
残念ながら、文字を書けるような地面がありませんので。労りの心を示すことは出来ないのですが、本当にお疲れ様でした。
「……あ、そう言えば」
何かを思い出したかのようなアレクシアさんでした。
はてさて、何を思い出されたのでしょうね。俺にはまったくさっぱりでしたが、アレクシアさんは俺の目を覗き込んで来られまして。
「カミール閣下がいらっしゃる前は、相談があればという話をしていましたよね。どうですか? 良ければ、話をうかがいますが?」
うーむ、何とも誠実な方で。
俺がさっぱり忘れていたことも、アレクシアさんはしっかりと覚えられていたのですね。やっぱり、この方すばらしい人柄をされてますよね。まぁ、完全に忘れていた俺がただのアホなのかもしれませんが。
しかし、そうですねー。
アルベールさんを見ていると、何故かモヤモヤする。それを相談させて頂こうかと思っていたのですが。
俺は首を横に振ります。
アレクシアさんは「ふむ」と小首を傾げられました。
「悩んでいるように見えましたが、気のせいでしたでしょうか?」
いや、そうでは無いのですが。首をさらに横に振りつつ、頭を下げます。とにかく心配して下さってありがとうございますということで。
「……そうですか。それならば良いのですが」
謝意はちゃんと伝わったようで。
もちろん意思疎通がロクに出来ていないので、アレクシアさんは不思議そうな顔をされていましたが。少しばかり心配そうな顔もされておられまして、悩みがあるなら話してくれれば良いのにと思って下さっているのかもしれませんが。
でも、大丈夫ですので。
アレクシアさんのおかげでした。
気づくことが出来たのです。娘さんのドラゴンであるのに、娘さんの幸せを祈ることも、祝うことも出来ていない自分に。
まずはそれですよね。
それが何よりも大事なはずで。
アルベールさんを見ているとモヤモヤしているのは事実ですが……そのことの執着して、娘さんのことを考えられていない自分がいることはかなり許せませんし。それに、そんな自分がなんかめちゃくちゃ気持ち悪いですし。
とにかく、これが結論です。
娘さんの幸せを祈るし祝う。このことに集中するとしましょう。
アレクシアさんはいまだ、どこかいぶかしげな表情をされていましたが。
本当にもはや相談するようなことなんて無いんですけどね。
俺は再び謝意を示すべく、アレクシアさんに頭を下げて見せるのでした。