第43話:俺と、アレクシアさんの忠告
はーて? 誇りにしすぎている。注目すべきはしすぎているというフレーズでしょうが、その意味はなんぞで?
「……やはり、そのような方なのですね」
アレクシアさんは納得の頷きを見せられまして。カミールさんがそれに応えるように皮肉な笑みを浮かべられました。
「おうさ。貴族とは、農民から諸々の重税を絞りとって暮らしているわけだからな。ギュネイ殿は誰よりもそれを理解して、貴族に高い理想を求めている。アルヴィル王国の万民の長たる陛下への忠誠はもちろんのことだがな。勇敢で命を惜しまず、教養に満ちて、社交的で、気品に溢れ……まぁ、そんな貴族像を追い求めておられるわけだ」
へぇ。なんか感心してしまいました。
上に立つ者には、それだけの重責が伴い、それをこなすだけの能力が求められる。そういうことでしょうかね?
めっちゃ良いじゃないですか。自分がそんな存在であることを自認して、それにふさわしくあれるように努力されているようで。
ほんと、理想の上司じゃないの? 前世の上司とは、もはや比べようとも思えないと言いますか。しすぎているって欠点のように語られていましたが、こんなこだわりだったら誰もが長所と褒め称えるべきじゃないですかね?
ただでした。
「問題は、それを周囲に望みすぎる。そういうことでしょうか?」
アレクシアさんは、こう述べられまして。ふむ?
ギュネイさん、そんな人なんですかね? まずそんな疑問が浮かんできましたが。自分の理想を押し付けがちな人っていうのは、俺の職場にもままいたものですが。正論っぽい持論を押し付けて、それに準じない人を毛嫌いしたり、逆に無茶な理想を押し付ける人として嫌われたりする人が。ギュネイさん、まさかそんな人なのでしょうか?
そうとはにわかに納得は出来ませんが、しかしアレですね。
仮にギュネイさんがそういう方だとするとです。アレクシアさんとカミールさんに同じような視線を向けておられた意味が、少しばかり察せられるような気はするのですが。
「まぁ、そういうことだ」
カミールさんは皮肉な笑みにやや苦笑の色をにじませるのでした。
「どうにも、そういう方のようでな。同じ貴族には非常に多くを求める方だと。ギュネイ殿の次男殿などはな、今は一門の少領主の名跡を無理に継がされているそうだ」
「貴族としてふさわしくなかったからでしょうか?」
「多少放蕩の噂はあったがな。非常に優秀な次男殿だったが、それで一発だ。大家を継いで十分にこなし得る器だとは思っていたが。まったく惜しいものだ」
ふーむ、って感じですかねぇ。
ギュネイさんは、けっこう貴族っぽくない貴族には厳しい方なのですかね? 能力はあれど、貴族らしさが無ければ身内でも許さないと。
で、そんなギュネイさんの審美眼がアレクシアさんとカミールさんに向けられれば……うーむ、ちょっとからい部分が出てきますかね?
「私の場合は社交性の欠如でしょうね。それがギュネイ閣下の不興を買ったようで。笑顔を浮かべておられましたが、そこには両親が私を見るような不快感があったかと」
敵意にさらされてきたアレクシアさんの、少しばかり悲しくも説得力のあるお言葉でした。カミールさんは「はっはっは!」と楽しげな笑い声を上げられまして。
「なるほど、そうか。で、俺は気品だろうな。それがギュネイ殿にとって気に入らないだろうことは分かっていたが……ふーむ」
カミールさんはにわかに大きく腕を組まれまして。
「しかし、王家には忠誠を尽くしてきたつもりだったがな。その一点をもって、あるいは気のせいかとも思っていたが……人間嫌い殿がそう言うのであればな。やはり、嫌われているということかもしれん。程度の方はどう思った?」
「正直、私以上かと思いましたが」
「そうか。これは少し考えなければならんかもしれんな。やれやれ。あのアルフォンソ・ギュネイを敵として考えねばならんとは」
敵。なかなか物騒なお言葉が出てきましたが。
カミールさんが、この件についてアレクシアさんを尋ねてこられた理由がこれなのでしょうか。
別に軍勢をもってなんて、そこまでの話ではないのでしょうけどね?
それでも貴族社会のことですから。俺の元いた世界でも、企業紛争だとか政争だとか、色々ニュースに上がることはありましたが。同じようなものが、貴族社会にもおそらくはあるってことなのでしょう。
もし確度が高い情報として、アルフォンソ・ギュネイが自分を嫌っているというのなら。その時には、相応の心づもりと対策をしなければならない。
そんな思いがあって、アレクシアさんの意見を参考にしに来られたのかもしれません。
「ま、本人の口から聞いたわけではなければ、あくまで推測だがな。しかし、参考になった。助かったぞ、アレクシア。礼を言っておこう」
ただ、あくまで参考のようではありましたが。そりゃそっか。具体的な敵対行為でも取られない限りはね。おまえ敵だろってするのは、なかなか難しいでしょうし。
俺からしてもねぇ。あのギュネイさんですから。
話を聞いていると、ギュネイさんがカミールさんを嫌っていることは十分にあり得ると思ったのですが。だからといって、あの上品な人がねぇ。カミールさんのことが嫌いだからといって、何かしらの実力行使に出てくるとはね? 俺にはまったく思えませんから。
で、アレクシアさんですが。
何はともあれ、憧れの人から感謝の言葉を頂けて。これは喜ばれるのではないでしょうか? なんて、俺は思ったのですが……
変わらずでした。
変わらず鋭い眼差しをされておられまして。
「参考にして頂くのはありがたいのですが……出来れば、その先についても考えて頂ければと思っております」
その先……とな?
瞬時に察しはつきませんでした。マルバスさんもにわかに首を傾げたりされていて。
しかし、軍神殿は違ったようでした。不思議の表情はまったく無く、平然と応じられました。
「茶会の場でな。俺がギュネイ殿に関する話をさえぎった時に、お前はまだ何か伝えたそうにしていたが。これがその話か?」
えー、そんな場面がありましたような。
実は仲が良くないんじゃ? とアレクシアさんが疑問を呈されて。しかし、この話は長くなるから後で聞かせろとカミールさんがさえぎられて。
それでもアレクシアさんは何か伝えたそうに逡巡されていましたが。その伝えたかったことをアレクシアさんは今口にされているということで?
アレクシアさんは静かに頷かれました。
「はい。そういうことです」
「ふむ。参考のその先か。ギュネイ殿の敵意が本物だとして、何かしらの実力行使があるものとして、実際の対策をしろとそういうことか?」
「はい。その通りです」
……えーと?
これはその、んんん?
詰まるところアレです。いや、カミールさんのおっしゃる通りなのですが、アレクシアさんは、ギュネイさんが敵意以上のものを胸中に抱いていると疑われているのでしょうか?
「……ふーむ。何なんだ? お前はそんなにギュネイ殿が嫌いなのか? それとも、ギュネイ殿が何か仕掛けてくる確証でもあるのか?」
カミールさんの疑問は、俺の疑問でもありました。
確証はあるんでしょうかね? そうじゃなければ、正直ちょっとばっかり失礼な気がしますし。あるはずも無い悪意以上のものを、無理に作り出しているような気も。
アレクシアさんのことなので、敵意を拡大解釈してなんてことはきっと無いと思うのですが。しかしアレクシアさんは、少しばかり困ったように眉尻を下げるのでした。
「それを言われますと少し言葉に詰まってしまいますが。確証と言えるほどのものは無く、印象という面が大きいですので」
「だったら、この話はここで終わりになるが?」
「確証はありません。ただ、流れがあるような気がするのです」
流れ?
正直さっぱり分かりませんでしたし、これはカミールさんも同じだったようで。大きく首をかしげられるのでした。
「流れ? 何の話だ?」
「ハーゲンビルの戦からの流れです。閣下は裏切りにあったと、そう私は聞いておりますが」
ハーゲンビルでの件は、俺も当事者の一体ではありましたが。確かに、カミールさんはそうおっしゃっていましたね。
そのカミールさんですが「ふふん」と皮肉げな笑い声を上げられるのでした。
「人間嫌いが意外と噂に敏感ではないか。いや、サーリャから聞いたのか?」
「はい。もちろん、ハーゲンビルにて閣下が窮地に陥っていたことは、人間嫌いながらに耳にはしていましたが。裏切られたらしいことについてはサーリャ殿から」
仲のよろしいお二人ですので。ハーゲンビルについて、裏切られただろう件についての話をされていてもおかしくはありませんが。
しかし、流れですか。
裏切られたハーゲンビルからの流れ。ふーむ。俺にもちょっと察することが出来るような。
「……ふーむ」
カミールさんはもちろん察せられたようで。そして、納得もされているような? 皮肉な笑みを消しながらにあごをさすられるのでした。