第41話:俺と、誰かさんの横やり
「……良かったら、私が相談に乗りましょうか?」
アレクシアさんは、そんなことを尋ねてこられました。
……ちょ、ちょっとビックリしました。本当に不意にでしたが、そんなことをおっしゃって。しかもタイミングが、まさにズバリって感じで。
ちょうど、ラナたちに相談させてもらったところだったしね。しかしまぁ、俺が分かりやすいのか、アレクシアさんがすごいのか。とにかく俺が悩んでいることは伝わっていたらしくて。
アレクシアさんは変わらず青空に目を向けながらに口を開かれます。
「何か悩んでいるように見えるので。まぁ、私の勘違いかもしれませんし、ドラゴンの悩みに私が口を出せる部分があるのかは疑問ですが。それでも貴方のためにはなりたいので。悩んでいるのなら、どうぞ聞かせて下さい」
何とも深い優しさを見せてくれまして。
せっかくですからね。
アレクシアさんに甘えさせてもらって、相談をさせて頂く。それが良いような気がしました。
ドラゴンの皆さんは、俺が何でアルベールさんを見て複雑な思いを抱いているのかは分かりませんでしたが。いや、ラナが何か言いたそうでしたけど、それは結局聞けずじまいで。とにかく、ドラゴンの感性だと、俺の悩みはさっぱり理解出来ないもののようでしたが。
でも、アレクシアさんならね?
人間として、人間の感性を持つアレクシアさんならば、俺のこの悩みにも何か思いついて下さるかもしれませんし。それが俺の憂鬱な日々を打破するきっかけになってくれるかもしれませんし。
では、頷かさせて頂くとしましょうか。
そう思って、動きに出ようとして、しかしそれを遂行することは出来なくて。
「ふーむ。まるで気の置けない友人同士のような雰囲気だな、貴様ら」
一人と一体をして、ビシリと凍りついたのは言うまでもありません。
アレクシアさんはギギギと音を立てそうなぎこちなさで、その声の方向へと首を回します。俺もまた、錆びついたような首筋に力を入れて、声の方へ目を向けるのですが。
声音から誰かは分かっていました。
ボーっと話し込んでいたために接近に気づけなかったのか。そこには、やはりカミールさん……それに脇に控えるマルバスさんがいらっしゃるのでした。
「えー、申し訳ありません。当主が、気づかないように近づいてみるかなどと口にしまして。タチの悪い茶目っ気でありまして、何とも失礼なことを」
申し訳なさそうに頭を下げられるマルバスさんでした。それに対し、アレクシアさんは今までと違う意味でボーっと、と言いますか呆然とされまして。そして、でした。
「か、閣下っ!? これは失礼をって、んぐっ!?」
寝転がっていたのが失礼だと、慌てて立ち上がろうとされたのですが。案の状、背中がガッチガチになられていたようで。背中を押さえて、痛みに呻かれるのでした。これは、うーむ。めちゃくちゃ痛そう。
そんなアレクシアさんをです。
カミールさんはいつものごとく鼻で笑いやがるのでした。
「はん。アホだな。日頃ろくに動かんのに、慌てて動けばそうなる。せいぜい教訓にするといい」
いやいや、誰のせいでアレクシアさんが急に動くハメになったと思っているのですか。
「この原因を作ったのは、一体どなたなのでしょうなぁ……」
マルバスさんもまた、やんわりと苦言を呈してくれまして。ただ、痛みに呻く当人はカミールさんのこの態度に思うところは無いようでした。
「……は、はい。教訓にしたいと存じます」
何の不平不満の言葉も無く、背中を押さえながらに俺の上から降りられまして。カミールさんを尊敬されているアレクシアさんですからねぇ……って、わけでも無いのかな?
尊敬があって、カミールさんの暴言を受け入れている。そんな雰囲気とはちょっと違うような気が。別に気になることがあるって、そんな気配が。アレクシアさんは痛みによるものかどうなのか、冷や汗を浮かべながらに俺をちらりとうかがってこられまして……って、あ。
ちょっと気づきました。で、俺もまた冷や汗でした。娘さんからの忠告を俺は俺は思い出していましてですね。
めちゃくちゃ気をつけてね。
そう言われていたのですが。これって、どうなの? 俺は今まで、言葉が分かるドラゴンとしての時間を、アレクシアさんと過ごしておりまして。
問題はカミールさんですよね。
あ、あのー、一体いつからそこにおられたので?
「……え、えー、閣下。そのー……一体いつからそこにおられたのですか?」
ほとんど俺の内心そのままに、アレクシアさんはカミールさんに尋ねかけてくれました。で、その問いに対する返答ですが。
「ん? いつからだと? お前の横顔をボケっと見続けるほどには、俺はお前に恋い焦がれてはいないがな」
えー、分かりにくい物言いですが、俺とアレクシアさんのやりとりを至近で観察されるようなことは無かったようで。
ふぅ、ですね。これはちょっと一安心でした。アレクシアさんも同様でと言いますか、俺以上に安心されているようでした。
はた目から分かるぐらいに胸をなでおろしていらっしゃいまして。この方、娘さんを非常に大切にされていますからねぇ。だからこそ、娘さんの信頼を裏切りたくないと思い、俺の正体がバレたかどうかについて気兼ねされていたのでしょう。
しかしまぁ、結果はこうでしたので。いやぁ、良かった、良かった。お互いにです。俺とアレクシアさんは、娘さんの期待を裏切らずにはすんだようで。
「ただな、お前がノーラに何事か話しかけていた様子は、遠目にだがうかがっていたがな」
……裏切っちゃったかもしれません。
なんかもう、一人と一体、それぞれに冷や汗に溺れるようになっているのでした。
いや、アレクシアさんはそれ以上でしたが。もともと対人経験値が薄い方ですので。隠し事が得意のように見えて、娘さん以上にその手のことは不得手な方のようで。
「……ふ、ふふふ。な、何をおっしゃられるのやらですが」
ひきつった真顔で声は震えていて。
もはや私嘘ついてますって感じがすごいような。さらには、その言い分もまた……う、うーむ。
そこは隠そうとしなくてもいいような気がしますけどね。落ち着くから、ペット感覚で話していました。そのぐらいで良いような気がしますのに。
話しかけていたっていう、そんなはた目からも分かった事実すら取りつくろおうとされますと……後ろめたいことがあると言外に示されているように見えるわけで。
「……サーリャも大概分かりやすかったがな。やっぱりお前ら、何か隠しているな?」
案の定、カミールさんの疑念を呼び起こしてしまいまして。と言いますか、カミールさんの疑念に確信を与えてしまったようでして。
これは……ど、どうしますかね?
アレクシアさんは自分の失策を悟った上で、これ以上馬脚を露わにしないようにと思っておられるらしく。
冷や汗ダラダラで、口を真一文字にひきしめられているのでした。
そ、そうですね。もはや、それが一番だと思います、はい。ただ、カミールさんはどう出てこられるのか。
目を細めた疑いの目つきをされていますが。娘さんは上手くかわしきられましたが、アレクシアさんは果たして……
「ご当主」
マルバスさんが苦笑いで一言でした。それで、空気がきれいに変わりました。カミールさんは「ふむ」といつもの皮肉な表情に戻られるのでした。
「そうだったな。気にはなるところだが、それは本題では無かったな」
アレクシアさんが安堵の息を吐かれたのもむべなるかな。いや、嘘をついていることを言外に示しているようなので、出来れば止めて頂きたかったのですが。
でもまぁ、仕方ないよね。娘さんの信頼を裏切らずにすんだと、アレクシアさんは安堵されているそうなので。俺もまた、非常にそんな気分なので、文句なんて言える立場ではないのでした。本当、共感しか無いですし。マジで良かったですし、マジで。
しかし、本題ですか?
そう言えば、カミールさんは何でわざわざ放牧地にまで足を運んで来られたのやらですよね。何となくなんてこともなければ、そこには確かに本題があるのでしょうが。