第40話:俺と、お疲れ気味の令嬢閣下
相談会の最中でした。
ラナが不意に首を高く伸ばしまして。
『ん? ……誰か来てるっぽい?』
俺よりはるかに鋭敏なラナですので。きっとそのお言葉通り、誰かがこちらに向かってきているのでしょう。
相談会はこれでおしまいとなるでしょうか。しかし、誰なのかな?
タイミング的にはお医者さんだと嬉しいのですが、まさかそんなことは無いでしょうし。
娘さんは今日は、どこぞに出かけてらっしゃるようなので。娘さんというのはまず選択肢には入ってこないでしょう。
となると本当に誰? って話になりますが。
選択肢はそれなりにありますが、さてはて。足音から察するに、これは……女性のもの。となると、大分選択肢は絞れると言うか、もはや俺の脳裏にはお一人の姿しか無いのでしたが。
「……」
で、その来客は無言で竜舎にいらっしゃいました。
やはりアレクシアさんでした。なんか久しぶりのような。カミールさんの庭園で手合わせをした日以来のような気も。
そして、今日のアレクシアさんはその時とはかなり様子が違うのでした。
まず服装が違いまして。
ベージュ色っぽい、すっきりとしたドレスをまとっておられます。貴族の普段遣いのドレスって感じですかね? このような格好のアレクシアさんを見るのは初めてですが、元から容姿端麗な方ですからねぇ。
相まって、なんとも華やかに見えるのでした。ドレスの色合い自体は地味なのですが、艷やかな黒髪がよく映えまして、拝見するに楽しい感じでして。
やっぱり、この人はリャナス一門のお嬢様なんですねー。なんか、今さらながらに実感するのでした。
しかし、お綺麗ですねー。モンモンとしたものを抱えていた俺ですが。それもにわかに晴れたような心地でしたが……当人がね、うーむ。
アレクシアさんです。
めっちゃ真顔でした。本当に、真顔中の真顔でしたが、あ、あのー? どうされましたかね? 表情豊かとは言えないこの人ですが、ここまでの真顔は初めて見たような。
『なんか、雰囲気違くない?』
アレクシアさんを気に入っているラナですので。不機嫌さを忘れた上で、珍しく人間の様子になんて言及してきたのでした。ほ、本当にねー。何でしょう? アンドロイドとかゾンビとか。感情が存在しない何かと接しているようで怖いのですが。
アレクシアさんは淡々としていました。淡々として、俺の柵に手を伸ばしてきまして。
で、ガチャコン、と。
ドラゴンのそれぞれの柵には鍵がついているのですが、それが外されたということですね。多分、リャナス家のカミールさんなりマルバスさんから鍵を預かってこられたのでしょうが……え、えーと? あの、なんですかね、ほんと。
「さ、行きますよ」
どこへ? そんな疑問にまみれた俺を気にされるでもなく、アレクシアさんは淡々と俺に背を向けて歩き始めていて。アルバたちに見守られながら、俺は仕方なくその背中を追うのですが。
竜舎を出まして放牧地へ。
緑が青々と光る草原を歩くのですが、はてさて、ここからどこへ? そう疑問に思っていますと、アレクシアさんはその草原の地面を、不意に指で示されるのでした。
「では、丸まって下さい」
えーと、何故に?
不思議で一杯でございましたが、アレクシアさんは真顔で俺が動くの待ち続けられていて。
じゃあ、あの、丸くはなりますが……
とにかくその場でとぐろを巻きます。すると、アレクシアさんは、
「では、失礼」
なんておっしゃって。俺の上にですが、上品に腰を降ろされて。
「はぁ……」
とぐろを巻いた俺の上に収まった上ででした。アレクシアさんは満足げに息をつかれたのですが、えーと、あのー?
「貴方が、私の奇行について疑問に思っていることは重々承知していますので」
とのことでしたが、今すぐに説明されるつもりは無いそうで。青空の下で、ただただ静かな時間が流れまして。
「……しかし、意外と居心地が悪いですね」
俺の体を見下ろしながらの、そんな感想でした。そりゃあねぇ。ウロコばかりのドラゴンの体でして。座布団でも敷いてくれないと、なかなか居心地の良いソファとはなり難いと思いますが。
しかし、アレクシアさんにはここを動くつもりは無いらしく。ぼけーっと青空を眺めておられます。
もうそろそろ、何故こんなことをされているのかお聞きしたいところなんですがねぇ。俺がアレクシアさんの端正な横顔を眺めておりますと、その唇がぽつりと開かれるのでした。
「実家と、査問官としての上役たちに挨拶に行きまして」
なんかもう、大体の流れが読めたのでした。
なるほどですね。あのアレクシアさんの実家と、あの査問官としての上役に挨拶されに行ったので。それはそれは。
今までは真顔って感じだったのですけどね。
アレクシアさんの表情には、徐々に疲れの色のようなものが見えてきまして。
「……ふふ……ふふふふふ。なかなか大変でしたよ。ハイゼ殿とカミール閣下の助言もあって、せめて敵を作らないようにと思って足を運んだわけですが。ふふふ」
なんか、だんだん虚ろな目をされてきたアレクシアさんでした。
「目的が目的ですので。笑みを作って、出来るだけにこやかに接しようと思って……ですが、今までが今までですので。警戒されたり、気味悪がられたり。でも私はそれでも初志は貫こうと、私なりに努力はしまして」
はぁ、とため息がもれまして。
「本当に疲れました……」
死んだ目で、そうしめくくったアレクシアさんでした。
まぁ、うん。
本当、予想の範囲内でございました。アレクシアさんは実家や査問官の人たちとは、あまり仲がよろしくなかったらしいので。挨拶に行くとすれば、それはまぁ、心労は不可避だろうと思ってはいましたが。
アレクシアさんが前向きな努力を試みたこともあって、心労はさらに増加したみたいですねぇ。しかし、すごいですね。今までの自分を変えるって、とんでもないエネルギーが必要なはずで。
俺なんかは、もう無理と諦めた上での孤独死でしたが。やはりすごい人って、こういうことも試みて、成し遂げていくもんなんですね、うーむ。
俺の感心は、表情にもいくらか出ていたのでしょうか。
「……えらいと思いますか?」
小声で尋ねられてきました。明敏なアレクシアさんらしいと言いますか、俺の内心を察せられたようで。
これへの反応はもちろんですよね。
内心そのままに、俺は頷きを見せます。アレクシアさんは、どこかくすぐったそうな笑みを浮かべられました。
「そうですか……ありがとうございます。私も、今回の私はなかなかえらかったと思います。ちゃんとがんばりましたから。しかし……」
再びの「はぁ」でした。アレクシアさんは苦笑を浮かべられまして。
「疲れました。気疲れしました。しばらくは、こうしてボーっとしていたいですね」
それはもう、ボーっとして頂ければと思いますが。しかし、アレですね。ボーっとするために、俺を放牧地に連れ出してきたってことでしょうかね?
いや、もっとリラックス出来る場所はいくらでもあると思いますがねぇ。でもまぁ、何故か俺を選んで頂き、実際リラックスして頂いているようなので。
俺はもちろん喜んで生体ソファとしてのふるまいを続けるのでした。ただ、やっぱりドラゴンの背中は硬いですし。次回があるとすれば、毛布なりの緩衝材の持ち込みを推奨させて頂きたいところでありましたが。
しかし、リラックス出来ているのは俺の方かもねぇ。
何故、アルベールさんを見ていると、妙に気分がかき乱されるのか? 鬱々としてくるのか? そんなことを考えて、さらに憂鬱になっていた俺ですが。良い気分転換になっているような気がしました。アレクシアさんと二人で過ごす時間は、言葉が無くてもなんとも心地よいものですしね。
一人と一体をして、ただただ青空を眺めます。
いくつもの白雲がたなびいて、空を流れていって。いやしかし、そろそろアレクシアさんの背中がガチガチになったりしてませんかね? 俺がそう心配し始めたところででした。
「……良かったら、私が相談に乗りましょうか?」
アレクシアさんは、そんなことを不意に口にされました。