第39話:俺と、気が滅入る原因
アルベールさんのことが嫌いなのか?
サーバスさんはそう尋ねて来られたのですが。
『いや、嫌いってわけじゃ無いんですけど』
少なくとも今のところは、あの人に嫌いになれるような要素は皆無でして。むしろ娘さんの友達ですので。その点だけでも好きになれるような方であるのですが。
『あれ? 前は嫌いって言ってたじゃん?』
ラナが不思議そうに疑問をぶつけてきました。えーと、どうだっけ? 無言の肯定をしてしまったような気はしますが。
『いや、嫌いとは言ってないはずだけど。まぁ、好きとも言い難いけどさ』
『ふーん。普通って感じなわけ?』
『そう……なのかも』
『だったら、なおさら謎よね。なんで普通のヤツを目にして嫌な気持ちになってるわけ?』
まったくねー。で、そこが分かれば俺の悩みは大きく前進するのでしょうが。
みんなして『んー?』でした。優しくも、皆さん真剣に俺の悩みについて考えてくれているみたいで。だからこそ、答えが出せないのが何とももどかしいのですが。
『しっかし分かんないわねぇ。あんな良いやつなのにさ。なんでアイツを見て、気分が悪くなる必要があるんだか』
心底不思議そうな目をしてのラナでした。
そう言えば、ラナはアルベールさんを気に入っていましたよね。
『娘さんを引き離してくれるからだよね?』
確かそんな理由のはずで。ラナの返答は当然肯定でした。
『前にも話したと思うけど、そりゃそれ以外無いでしょ』
でしょうねー。ラナはもちろんそうでしょう。ただ……うーん。そうなんですよね。ラナはそれが嬉しいんだろうけどね。でもこう、俺は何と言うか……
『そういう時がなぁ……』
思わず呟きまして。皆さん、一様に首をかしげるのでした。
『そういう時が、なんなんだ?』
アルバが場を代表するような疑問を投げかけてきまして。思わせぶりな呟きをしてしまった俺は、もちろん詳細を答えるのですが。
『いや、そういう時に限ってというか……アルベールさんが娘さんと一緒にいる時に限って、鬱々としてくるというか……』
この俺の説明を受けてです。ただでさえ首をかしげておられたサーバスさんでしたが。もはやもう、頭が上下逆さまになりそうな勢いでした。
『人間が人間と一緒にいて……それでどうして?』
何で鬱々としてくるのかって、そういう疑問の声なのでしょうが。
『あぁ、アレじゃないか? お前、ここに来る前に言ってたよな? あの小さいヤツと疎遠になるのがさみしいみたいなことを? それ関係じゃないのか?』
これはアルバでした。出発前のやりとりを覚えてくれていて、それを元に推測してくれたみたいだけど。
『えーと、それとは違うみたいでさ』
最初は、俺もそうなんじゃないかと思ったんだけどね。
娘さんが俺と疎遠になっていく。アレクシアさんに続いて、アルベールさんがその象徴になったんじゃないかって。だから、俺は娘さんとアルベールさんが一緒にいる所を見ていると、どうにも鬱々としたものを感じているんじゃないのかって。
でもねー。
そもそも、娘さんとアレクシアさんを眺めていても、そんな鬱々と感じるようなことは無かったですし。
それに今俺の胸中にあるのは、疎遠になることへの寂しさとはちょっと違うような気がして……
本当、何でしょうね? 何で俺は、アルベールさんに対してこんな妙な感情を抱いているのか?
アルバ、サーバスさんと同じように、首をかしげざるを得ませんでした。しかしです。ラナはどうにも、俺たちとは違う感慨を抱いていたようでしたが。
『……あのウザいヤツと、あの新しいヤツが一緒にいると鬱々となるわけ?』
真剣な目つきをしてでした。
そして確認するような口ぶりで、ラナはそんなことを俺に尋ねてきたのですが……むむむ?
もしかしたら原因について何か思いついてくれたのでしょうか?
でしたら、まったくありがたい話で。俺は期待感をもって、ラナの問いかけに頷きを見せます。
『そう。あの二人が一緒にいると、何かこう、変な気分になるんだけど』
『……胸の辺りが、ズシリと重たくなるような?』
『へ? あぁ、うん。そうだけど』
『で、ちょっとイライラするような? で。いてもたってもいられなくなるような? 妙に焦るみたいな感じで、それでいて腹がムカムカしてくるみたいな?』
……なんか、めちゃくちゃ驚きました。
目を丸くして、俺はラナの真剣な顔を見つめてしまいます。だってねぇ? そっくりそのままでした。俺が味わっているものを、そのものズバリ言い当てられたわけで。
『ら、ラナ? なに? まさか俺の心読めたりするの?』
そんな突飛な疑問すら口にしてしまいました。本当、ただただ驚きでして、引き続きポカンと目を丸くするしかなくて。
そんな俺を見つめてです。いや、若干にらみつけているような気も。ラナは静かに口を開いてきたのでした。
『……そうかもしれないとは思ってたけどさ、やっぱりアンタ、あいつのことを……』
そして、思わせぶりなことを口にしてきまして。
な、なんでしょうか? でも、かなり期待してしまうような。ここまで俺の胸中を言い当てて来たラナです。何故、俺はアルベールさんに鬱々としたものを感じてしまっているのか? それをズバリ言い当ててくれるのではないでしょうか?
俺は期待してラナの次の言葉を待ち受けます。しかし、ところがでした。ラナは不意にぷいと視線をそらしてきまして。
『……何でも無い。そんなわけがあるはず無いし』
え、えぇ? 正直、肩透かしをくらったような感じが。ここまで俺の胸中を言い当てたラナさんなので。きっと、有益なお言葉を頂けると思っていたのですが。
どうしましょう? 強いて尋ねかけるとしましょうか? でも、ラナは何故かいらだっているようで。あらぬ方向を剣呑な目つきでじっとにらみつけていたりしまして。
これは、ちょっと……虎穴入らずんばとは言いますが。ラナを怒らせてまで問いかけるのはねぇ? ただでさえ、アゴの調子を悪くさせられたところですし。残念ですが、ここは退くとしましょうか。
『……しかしまぁ、アレだな。本当理由が分からんと、そういうことになりそうだな』
まとめるようにアルバでした。うーん。やはりこうなってしまいましたか。結局、見ないようにするしかないとそんな結論になりそうで。
なんとも申し訳ないですね。ただただ、アルバたちに無駄な時間を過ごさせてしまったようで。ラナを不機嫌にさせてしまいましたし、やっぱり口にしない方が良かったよなぁ。
『ごめんね、変な相談しちゃって』
頭を下げて謝ります。アルバは『いやいや』と苦笑を返してくれました。
『聞き出したのは俺たちなんだ。お前が謝る必要なんてあるか? なぁ、サーバス。お前もそう……ん? どうした?』
にわかに不思議の声を上げるアルバでした。理由はもちろんサーバスさんにあるのでした。
俺もまたサーバスさんを見つめて『ん?』でした。くだんのサーバスさんなのですが、変わらず首をひねっておられました。で、ドラゴンながらに眉間にシワ寄せて、何事か考え込まれておられるようで。
もしかして、まだ俺について考えて下さってるのかな? そして、何か結論を得られたようで。首がドラゴンの定位置に戻り、俺のことをいつもの涼しげな目つきで見つめられてきました。
『ノーラ、もしかしてだけど……』
やはり何か思いつかれたみたいでした。な、なんでしょうかね? すまして賢く見えるサーバスさんなので、ちょっと期待してしまいます。実際のところは、けっこうボーっとされた方なのですが、それでもやっぱり期待はもちろん。
『も、もしかして……なんでしょう?』
問いかけに、サーバスさんは真剣な目をされて答えてくれました。
『お腹……じゃないかな?』
『お、お腹?』
『うん』
お腹。えーと、どういうこと? 俺が戸惑っていると、アルバが『なるほど』と声を上げたのでした。
『そう言えばそうだな。腹な。ちょっと調子悪いしな』
そ、そうなので?
サーバスさんは同意の目線をアルバに送るのでした。
『そう。ここに来てから、ちょっと調子が悪いから。腹って言うか、胸の下辺りが』
『だよな。ちょっとモタれる感じがあるよな。食事が違うからか?』
『多分』
との、お二体の会話でしたが。
えーと、確かにですね。納得出来るところはありました。食事がラウ家のものとは大分違っているのでして。
お肉モリモリなのはもちろんとしてです。普段は、けっこう大麦などの穀物類も与えられているのですがね。その辺りも、かなり上等なものになっていまして。
ちょっと栄養過多というか、ハイカロリーというか。慣れない生活を送っている俺たちなのであります。比較的裕福であるハイゼ家暮らしのサーバスさんですら、胃を少し痛めているみたいで。と言うことは、ラウ家の俺たちは言うに及ばずということになるわけで。
俺には実感は無かったのですが、アルバが胃を痛めているということはね? 俺もおそらくはそのはずで。そうなると、うーむ。
あり得るかもですねー。アルベールさんを見て鬱々としているのは、胃の不調が原因かもしれなくて。
いやまぁ、だったら娘さんとアルベールさんが一緒にいる時に、特に気が沈むのかが分かりませんが。でも、もしかしたらってことがあるしなー。
前世でも、胃を痛めて終日気分が滅入っていたことがありますし。そうですねー。試しに、摂生でもしみましょうかねー、うーむ。
そんなことを思っているとでした。
今まで不快そうに黙り込んでいたラナが、にわかにぬっと首を伸ばしまして。
『ん? ……誰か来てるっぽい?』
やや不機嫌そうに、そう口にしたのでした。