第15話:俺と再戦の日
その日もまた、空は同じく青かった。
「はっはっは! いや今日もまた好ましい好天で。これぞ天の配剤。やはり再戦の決定は正しいものだったようですな」
ハゲ頭さんが陽気に笑い声を上げる。それを見て、親父さんはうんざりとしたようにため息をつくのだった。
「はぁ、そうですな。好天のようで。そして観衆もまた変わらずと」
親父さんの言葉の通りだった。
むしろそれ以上か。草原を埋める人の波は先日を上回って濃密なものに映るのだった。
ハゲ頭さんは意味深にニヤリと唇をゆがめる。
「おっと、邪推は禁物ですぞ。私が工作をしたものでもなければ、観衆はやはりハイゼ家とラウ家の一騎討ちを楽しみにしているのでしょうな」
「まったく……まぁ、そういうことにさせて頂きましょうか」
親父さんは呆れたような目をハゲ頭さんに向けていた。本当ね、たぬきってこういう人のことを言うんだろうね。俺も一度はぎゃふんと言わせてやりたいものだけど……って、あぁ。今日はその絶好機なわけか。これはちょっと、一層気合が入りますね、えぇ。
とにかく、そういうことなのである。
再戦が決定された一騎討ち。今日がいよいよその日なのであった。
「ノーラ」
短い呼びかけ。俺の隣である。娘さんだ。呼びかけの意味はおそらく、俺が緊張しているのか心配してくれたのではないだろうか。
大丈夫ですよ、娘さん。緊張で心臓が死にそうで、手足が抜け落ちても気づけそうにないほどに頭は真っ白だけど、大丈夫です。そういうことにしておきますから。
娘さんは気軽にほほえんできた。どうやら、俺の見かけは緊張をしているようには見えないらしい。
良かった良かった。娘さんを心配させないためにも、見かけだけでもとりつくろって見せなければ。こうさりげなく深呼吸して、すぅはぁ、すぅはげほごほぐげほ。大丈夫です、娘さん。そんな心配そうな顔をしないで下さい。呼吸器が機能不全を起こしそうなだけですから。
ま、まぁ、俺のすでにして死に体な現状は置いときまして。
とにかく二度目の一騎討ちなのである。場所は変わらずいつもの草原。時間帯も変わらず、太陽は高いところで輝いている。
「では、今回も私が一騎討ちの立会人をつとめさせて頂きます」
この人も同じだった。ハルベイユ候の使者だという、インテリ風味の強いおじさんだ。使者さんは厳かな表情で、居並ぶ人々を見回す。
「前回もありましたが、今回が本命と受け取って頂きたい。今回の結果いかんで、ラウ家の騎竜の任がどうなるのか、その判断が下されることになります」
親父さんは淡々と頷きを返した。
「当然承知しております。当家はただ万全を尽くすのみです」
前回の一騎討ちと同じような親父さんの口調だった。でも、何でだろうか。前回のように諦めがにじんでいるような感じはまったく無い。期待されているのだろうか。よし、これは意気に感じてがんばらなければげほごほげべべ。
「ふーむ、ラウ殿? 今回は黒竜ではないのですな?」
ハゲ頭さんがあごをさすりながら、そんな疑問を口にした。問いかけられた親父さんは、これまた淡々と頷きを返す。
「左様。今回はこのノーラが騎竜を務めることになりました」
「よろしいのですかな? なにやら調子が良くないように見えますが」
よ、よっぽど調子が悪いように見えるのだろうか? まさか敵方であるハゲ頭さんに心配されることになるとは。
大丈夫ですからね、親父さん。肺の方がちょっとストライキに勤しんでいるみたいですけど、俺は大丈夫ですから。
思いは通じたのかどうか。親父さんは苦笑を顔に浮かべるのだった。
「まぁ、大丈夫でしょう。ノーラは不思議なやつですから」
「ふーむ? 騎手殿はよろしいので?」
問いかけられて、娘さんは困ったような笑みになった。
「は、はい。ノーラですから。大丈夫です、多分」
「騎手殿がそう言われるのでしたら良いのですが……しかし、良い顔をされてますな」
娘さんが「はい?」と目を丸くする。俺も疑問符だった。良い顔? 酸欠で死にそうな俺はありえないし、娘さんのことを言っているのだろうか?
ハゲ頭さんは「いやはや」と笑って、
「困惑させてしまって申し訳ない。しかし、騎手殿が良い顔をされていると思いましてな。何の気負いもてらいも無い。実に良い騎手の顔をされている」
おお? ハゲ頭さん、なかなか良いことをおっしゃりますな。俺もそれは思っていた。実に自然体と言うか、今の娘さんの顔に緊張の色はまるでない。
これまた自然体と言うか、娘さんは照れくさそうな笑みを浮かべる。
「えーと、ありがとうございます。でも、私がそういられるとしたら、それはこのノーラのおかげです」
「ほお、このドラゴンが? ふむ、見かけによらず素晴らしいドラゴンなのですかな。よく信頼されているようで」
ハゲ頭さんは俺を興味深げにうかがうのだが、いえ別に。そんなことは特に無いです。俺が優れているわけではもちろん無い。まぁ、多少は信頼されているかもしれないけど。
ただただ娘さんが変わったのだろう。
親父さんに本音をぶちまけてから娘さんは変わった。学んできたことにこだわりを無くし、自然体で柔軟にドラゴンと付き合うようになった。
結局、娘さんがそういう人だったということだろう。
変化し、成長し続けられるそんな人間だったというわけだ。
「……しかし、あれから5日しか経ってはいない」
陰鬱な声が響く。
声の主はクライゼさんだった。娘さんの一騎討ちの相手役。ハゲ頭さんが自慢する、竜騎士の精鋭。
「乗ると乗りこなすとはワケが違う。ラウ家の騎手殿はこのドラゴンには慣れてはおられるのかな?」
クライゼさんの疑問の声に、娘さんは苦笑して首を横にふった。
「いえ、そこまで乗り慣れているわけではないです」
「ふむ? それなのにドラゴンを乗り換えることにされたのか?」
どこか呆れているようなクライゼさんの言葉の響きだった。
前回の娘さんだったら、あるいはムッとしていたかもしれない。ただ、今回はといえば、もちろんのこと違った。
「はい。それが一番良いと思いましたから」
そつなく返す。何となくクライゼさんの目つきが変わったような気がした。今までのクライゼさんは娘さんを未熟者を見るような、どこか侮蔑的な目をしていた。だがそれが、一目置いたと言うべきか、少なくとも侮蔑的な感じはなくなった。
「ドラゴンの選択はどうかと思うが……余裕があるのは確かなようですな。良い試合を期待しております」
「私もラウ家の騎手としてふさわしい試合をしたいと思っています」
一見すると紳士的に見える二人のやりとりだった。
ただ、実際のところその限りではないだろう。
娘さんは余裕はあるが、もちろんその内側には間違いなく闘志があるわけで。
クライゼさんにしたところで、一流の騎手として一騎討ちを任されている。一騎討ちに際して、思うところが無いはずがない。
「あー、前哨戦よりははるかに良いですが……そろそろよろしいですかな?」
使者さんの呼びかけに、親父さんは静かに頷く。
「もちろん。では、そろそろということで」
「はっはっは。当家ももちろん同じですぞ。いやぁ、楽しみですなぁ」
ハゲ頭さんも応じたところで、いよいよ一騎討ちということらしい。
「ノーラ」
親父さんだった。俺たち騎手とドラゴンを残して、残りの人々が距離をとるために離れていく。その中で親父さんが俺に声をかけてきたのだ。
「お前が当家に来てくれて本当に良かったと思っている。娘のことは任せたぞ」
親父さんは笑顔で俺の頭をなでながら、そんなことを俺に言ってくれた。いや、おやっさん。俺はそんな大したドラゴンじゃないんですけどね。でも、期待してくれているのは本当に嬉しい。なんとしてもこの期待に応えなければばげほ、おぇぇ……
「おいおい。本当に大丈夫か、コイツは」
親父さんが呆れたような苦笑を浮かべる。娘さんはこちらも苦笑を浮かべて応じる。
「どうだろう? 大丈夫だと思うけど」
「まぁ、鍛錬の時からして緊張していたからな。いつも通りだ。飛び立てばなんとかなるか」
「ははは、そうだね。私もそう思うよ」
もちろんですとも。飛び立てばなんとかなります。飛び立てばなんとかなります。飛び立てばなんとかなります。よし、自己暗示はバッチリだ。これで大丈夫。なんの問題も無い……と良いけどなぁ。
「とにかく初めての空戦だ。私がいくら望んでも届かなかった空だな。サーリャ。思い切り楽しんでくるといい」
親父さんが笑顔で告げて、娘さんも笑顔で頷く。
「うん。そのぐらいの気持ちでがんばる」
「うむ、けっこう。ではな」
親父さんは軽い足取りで去っていった。それを見送る娘さんの表情はどこか心細げに見えたが、それも一瞬のこと。
「よし」
意気込むように呟き、ぽんと俺の背中に手を乗せてきた。
「ノーラは緊張してる? 私はしてるよ。でも、楽しむぐらいでいかないとね。そっちの方がきっと上手くいくから」
そう言って、娘さんは不意に視線を上げた。娘さんの青い瞳に、空を流れる雲の白がはっきりと映る。
「……これが私たちの最初で最後の空か」
ともすれば悲しげな娘さんの呟き。だが、娘さんの表情に悲壮感は一切なかった。
「でも、勝つ気でいくからね! よしノーラ、行くよ!」
娘さんの顔には笑顔があった。これは負けてられませんな。娘さんが緊張に打ち勝って全力を尽くそうというのなら、娘さんの騎竜としてその心意気に全力で応えなければ。
おそらくこれが、俺と娘さんの最初で最後の大舞台だ。
さて、では行くとしようか。




