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第36話:俺と、リャナス家の居心地

 まったくもって、素晴らしい居心地でございました。


 リャナス家でのドラゴンでの扱いのことなんですけどね。空の英雄をもてなしてやる。カミールさんの手紙にあったその文句を、思わず思い出してしまうそんな待遇でございまして。


 ラウ家の屋敷よりも二百%ぐらい造りの良い竜舎に招かれて。寝床はふっかふかのわら敷きで。ご飯は、娘さんが「ウチのご飯よりずっと良い……」なんて嘆かれるほどのもので。お肉マシマシなのでございましたよ、えぇ。


 ともあれ、間違いなく俺が経験してきた中で、最高の環境でございました。


 ただ、それを満喫出来るかと言えば……うん。


 リャナス家はドラゴンの放牧地も素晴らしいものでした。


 ほとんど王都の中心地らしいのですが、アホみたいな広さを誇る放牧地がそこにはありまして。


 本当、広いんですよね。なにせ、森もあれば川も湖もあるぐらいで。まぁ、空から見ると以外と手狭と言いますか、ラウ家のものと同等ぐらいなのではありますが。


 しかし、こんな空間が王都の中に存在するというのがアホみたいな話でして。都心にリゾート地を私有しているような感じかな? とにかくリャナス家の凄さが垣間見えるものですが。


 そんな放牧地で、俺は犬座りをしていました。春の陽気の下、そよ風がドラゴンの肌にも気持ちよく。ただ、まぁね。その心地よさを、心地よいものとして俺は全然味わえていないのですが。


 俺の視界の先です。


 そこには、楽しげに笑顔で会話をしている娘さんとアルベールさんの姿がありました。


 先日の約束通り、鍛錬に来られているのですよね。


 手合わせから、三日経ったわけですが。その間、娘さんの都合がつく時間にはほぼ欠かさず姿を見せられていまして。


 で、今日もこうしてというわけで。今は休憩時間のようなものでした。鍛錬の合間に、彼らはああして会話を楽しまれているのです。


 青春っぽい光景ですよねー。


 で、とにもかくにも娘さんが楽しそうで。同じドラゴン愛好者ということもあって、会話がはずんでいるようで。その様子は俺にとっても、非常に好ましいものに映る。そのはずなのですが。


「……なんだかなぁ」


 思わず呟いてしまいまして。


 すぐ側で、うずうずとして羽虫などを見つめていたラナが、すくっと首を伸ばしてきました。


『なにさ、まーたアイツらの言葉なんて使っちゃって』


 そうですね。使っちゃってましたね。アイツらの言葉、人間の言葉なんですが。


『まぁね』


 正直、あまり会話をする元気は無いのですが、とにかく肯定の返事だけはさせてもらいました。ラナは『ふーん』として、視線を俺から外しまして。


『新しいアイツが原因?』


 ラナの視線の先には、新しいアイツ……アルベールさんがおられますが。


 ……まぁ、そうなのですかねぇ。


『まぁね』


 多分、そうでしょうから、返事はそうなりました。いや、間違いないかな。タイミングからすれば、それ以外の理由は見当たらないわけで。


 本当なんなのでしょうねー。


 俺はベタリと芝生に伏せながらに考えます。うーむ。彼が現れてから、俺は間違いなくおかしくなってしまっているのですが。


 ドラゴンのクセに、人間と自分を比べようなんてしてしまったりして。


 初めて気づいた時には愕然として、そんなバカなことはと思って自分を戒めたりしたのですが。


 でも、ぶっちゃけそれはまだまだ尾を引いていまして。


 アルベールさんと自分をやはり比べてしまっていて。本当ねー、わけわかんないよねー。でもね、本当にやっちゃってるんですよねー。


 前回は、自分の方が信用されているだとか、訳の分からないことを思ったりしたのですが。今度は、自分が人間だったらどうだとか、そんなことを思ってしまったりしまして。


 もちろんコールドゲームなんですけどね。いや、試合が成立すらしていないような。高貴な家柄に生まれて、人柄も良ければ、一人前の騎手として将来を嘱望されるアルベールさんが相手であって。


 俺なんかは、都会の砂漠みたいな家に生まれて、味の無い干物のような人生を歩んで、誰にも心配されずに息耐えるようなそんな人間でありましたので。


 とにかく、無駄にそんなことを考えてしまったりして。人間の言葉を使っているのも、その延長だったりするのですが。


 俺にだって、このぐらいは出来るって。


 言葉ぐらいは使えるって、妙に低レベルな張り合いを見せてしまって。その声音が、俺が大嫌いだった前世のちょっと高めの声音そのままで、かなり閉口したりしたのですが。それでも、十分に操れるように練習してしまったりしていて。


 本当、何なのですかね?


 なんで俺はこんなことをしてしまっているのか。理由はですね、さっぱり分からなくて。こうしてモヤモヤとしながら、時間を過ごすしかないのでした。あー、まったく。なんかしんどいね、本当ねー。


 そんな俺を見つめながらにでした。


 ラナは再び、『ふーん』と呟きまして、


『アンタ、新しいヤツが嫌いだったりするの?』


 人物評を好き嫌いで語りがちな、ラナらしい問いかけでした。別に嫌いじゃないんだけどねー。むしろ好き……ってわけじゃないけど、評価は高くて。


 間違いなくて性格は良くて、騎手としての能力もあって。前回の手合わせでは、娘さんと比べると二段方、三段方劣るなんて、そんな評価をしてしまったのですが。


 あれは、娘さんに良いところを見せたいという功名心と、それにまつわる緊張が原因だったようでしてね。


 娘さんやクライゼさんと比べれば、劣るとしか言えませんが、しかし凡百の騎手であるとは間違いなく言えない実力を備えられているようで。


 騎竜としては、なかなか評価せざるを得ない方でした。で、前述の通りに性格は良くて。こんな人をね、俺はさすがに悪しざまに評価は出来ないってわけで。


 ただ……素直に嫌いじゃないって言えないのは何でだろうね?


『そっか。私はけっこう好きだけどねぇ』


 俺の沈黙を、ラナは嫌いだからこそと理解したようで。いや、違うんだけどね。嫌いというのは間違いなく違うのですが……まぁ、いっか。


 あえて否定するのもね。じゃあ好きなのって聞かれても、また言葉に困るだけだし。


 それよりも、ラナのアルベールさんへの評価が気になるような。


 あまり人間に興味は無いラナなんですけどね。親父さんやクライゼさんには完全に無関心で。娘さんは毛嫌いしていて、その関係でアレクシアさんには好意を抱いているようですが……って、あ、そっか。そういうことか。


『……娘さんを遠ざけてくれてるから……とか?』


『へぇ、良く分かってんじゃん。そうよ、もちろんその通りよ』


 案の定でありました。まぁねぇ。どうにもラナの人間への評価は、娘さんを中心に回っているようで。娘さんへの嫌悪があって、アルベールさんへの高評価につながったようでした。


『しかし、アイツらも遠ざけてやればいいのに』


 ここで妙なお言葉。アイツら? 俺は伏せながらに、頭を傾げてラナに問いかけます。


『アイツらって何?』


『ほら、向こうのドラゴンよ。いっつも人間がべったりでさ。気の毒ったらありゃしない』


 あー、なるほど。俺は向こうのドラゴン……先日の手合わせで戦った、アルベールさんのドラゴンに目を向けます。


 ステファニアさんだっけ? 女性っぽい鈍色のドラゴンさんなのですが。手合わせから三日経ってるんだけどね、しゃべりかける機会すら俺は得られていなかったりしました。


 その理由はと言えば、ラナの言葉通りで。常に、人間がべったりなんですよね。


 ギュネイ家のドラゴンさんということで、あのドラゴンさんも高貴な存在だったりするのでしょうか? とにかく、常に人間の方々がついていて。


 うかつなふるまいをして、俺が変なドラゴンだとバレるのが嫌で話しかけるのには躊躇しているわけですが。ともあれ、人間がベッタリという点を考えて、ラナは同情を示していたりするようでした。


 まぁ、とにもかくにも。


 不意に思ってしまいます。ラナはアルベールさんに好意を抱いているようだけどさ。娘さんはどうなのかねぇ? 多分、好意を抱かれているのは間違いないのだけど。まさかラナと同じ理由なわけが無いでしょうし。


 同じ騎手としての好意なのか。同じドラゴン好きとしての好意なのか。それとも……


 よし。


 ズバッと。俺は勢いよく立ち上がってみました。ラナは少しばかり気圧されたようで、首だけで俺から距離を遠ざかろうとしてきます。


『お、おう? どったの? いきなり元気見せちゃってさ』


 別に元気はないんですけどね。ただ、元気になろうとは思ってみたのですよ、えぇ。


『ラナ、今ヒマ?』


 見ての通りかとは思ったのですが、一応礼儀として尋ねかけておきます。ラナは何故か少しばかりオロオロしながらに頷いてきました。



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