第35話:俺と、娘さんとアルベールさん
娘さんを褒め称えたアルベールさんの内心はともかくとしてです。
ともあれ娘さんは笑顔で頭を下げられるのでした。
「ありがとうございます。同じ騎手の方に評価していただけるほどに、励みになることはありません」
「ははは。そう言って下さると私もありがたいですが……時間がある時でよろしいのですが、私に稽古を……いえ、一緒に鍛錬などはいかがでしょうか?」
そんな呼びかけでした。
娘さんは「え?」と目を丸くされ、一方で俺はちょっと感心なんかをしたりして。
ほぉ? こうきましたか。狙いは明らかで、そして呼びかけ方もなかなかのようで。
この若者、頭も良いのですかね。良く娘さんを理解していると思いました。
稽古をつけてなんて言ったら娘さんは恐縮するしかないもんね。でも、一緒に鍛錬ならね、これなら頷きやすいんじゃないかな?
狙いが図に当たったってことになるのかどうか。
娘さんは笑顔で頷きを見せられるのでした。
「はい。当主の判断を得なければなりませんが、私でよろしければ是非お付き合いさせて頂きたいかと」
さっきまでの貧乏神を背負っているような表情とは打って変わってでした。
アルベールさんはぱっと目を輝かせられて。屈託のない笑顔で嬉しそうに頷かれるのでした。
「は、はい! それはありがたい! 是非お願いします! 出来れば、そう明日にでも!」
「え、えーと、それは予定を確認しなければですが……」
前のめりなアルベールさんに、娘さんはやや困惑されているようですが。しかしまぁ、アルベールさんは見事に娘さんとの時間をゲットされたようでした。
うーん……ねぇ?
なんか思わずしみじみとしちゃいます。若いなぁって、そう思っちゃいます。
アルベールさんについての話ではありますが。そうですねー。俺にはついぞ無かった、ひたむきさと純粋さが彼にはあるようでして。
遊び人が純真をよそおっているなんて、疑ったりしたものですが。
どうにも、そうでは無いのかな? 初恋が娘さん。そのぐらいの初々しさがそこにあって。
なんだかねぇ。
絵になるなぁって、そう思うのでした。
青々とした芝生の上で向かい合う、十代の男女というわけで。娘さんは背でまとめた金の髪をゆらしながらに苦笑を浮かべられていて。アルベールさんは、日に焼けた精悍な顔つきに嬉しそうな笑みを浮かべられていて。
まぁねー。
お似合いのような気はしますね。お互い騎手で、性格も合っていそうで。このまま関係が深まっていっても何もおかしくないような気はしますが……まぁ、うん、そうね。
「しかし、このドラゴンは一体何なのでしょうか?」
不意にでした。
アルベールさんが見つめて来られましたが。
何って何さって感じですが。そんなことを言われるほどに妙なふるまいをしたつもりは無い……はず。だ、大丈夫だとは思いますが。
空中で首を横にふったりしましたが、アレはまぁ仕方ないでしょうし、頭痛に悩むドラゴン的な雰囲気で乗り切れるような気はしますし。
なんにせよです。
娘さん、なにとぞお頼み申します。
「……い、一体何って、どうされました? そんな変なドラゴンではないと思うのですが」
娘さん、ビクビクとされながらに答えられます。ついでに、俺のことを軽くにらみつけもして来られましたが。い、いや、そんな目立つようなことはしてないと思うのですけど……う、うーむ。
だからこそ、アルベールさんが何を言い出そうとしているのか検討がつかず、娘さん同様にビクビクするしかないのですが。
アルベールさんは何故か感心しているような目を俺に向けて来られまして。
「先の戦では、サーリャ殿の指示の下、素晴らしい単独での飛行をしていました。そしての今日ですが、あの反転です。あれは果たして調教の範囲でなしえるものなのか。もちろんサーリャ殿の、ラウ家の技術なのでしょうが。しかしこのドラゴンも並のものではないように思えまして」
心配は杞憂であったようでした。
俺が普通ではないことに気づいたわけではなくて、あくまでドラゴンの範囲ですごいと思って下さったみたいで。
よ、良かった……しかし、何かちょっとむず痒いかな。俺も一応騎竜なので。騎手の方にほめられるというのは、やはりけっこう嬉しい部分がありまして。
で、この人は俺以上にその傾向があるのでした。
「そ、それが分かりますかっ!?」
安心のフェイズをすっ飛ばして、感動のフェイズに移行していたようで。
先ほど、貴族の方々に不満を抱いていた反動もあってのことでしょうか。娘さんは喜色満々で快哉を叫ばれるのでした。
アルベールさんはちょっとばっかり戸惑っておられたようでした。そりゃまぁ、今までの娘さんはラウ家の騎手にふさわしい、落ち着いたふるまいを見せられていたので。いきなり年相応の笑顔を見せられたら、ちょっと驚いちゃいますよね。
ただ、娘さんはそんなアルベールさんに構わず笑顔で言葉を続けられるのですが。
「ですよね! そうですよね! すごいと思って下さいますよね! そうなんです! ノーラは本当に賢く、素晴らしいドラゴンで! そこを分かって下さるなんて、いやぁ嬉しいなぁ」
以上、娘さんの喜びのお言葉でした。
この人は本当ねぇ。自分が褒められるよりも、自分のドラゴンが褒められるのが嬉しい人でして。ドラゴンの俺からすれば、これ以上好ましい飼い主というのは多分いないんだろうなぁ。
しかし、ちょっと恥ずかしい気も。俺にはもちろん経験は無いのですが、親戚一同の前で父親がしきりに自らの子供を褒め称える的な?
そんなシチュエーション的なものを感じまして。子供ポジションである俺としては、お父さんやめてよぉならぬ、娘さんもういいです、もういいですからって気持ちにちょっとなっているわけで。
ただです。俺へのお褒めの言葉はもうちょっと続きそうなのでした。
「……ふーむ、なるほど。体躯はそれほどで無くとも、ただならぬドラゴンだとは思っていましたが」
アルベールさん、興味津々なのでした。
娘さんの話題に付き合って上げようだとか、ちょっと嫌な言い方になるけど、媚びようだとかへつらおうだとそんな雰囲気では無くて。
多分だけど、この人、娘さんと同じ筋の人っぽい? 妙に目を輝かせて俺を見つめておられますが。
ドラゴンが好きで好きでたまらなくて。
そんな娘さんライクな目つきをされているのでした。
で、同族の匂いをかぎつけたらしい娘さんでした。なんかもう、心底嬉しそうに笑みの花を開かせられまして。
「ふっふっふ。そうなんです。ノーラは本当にすごいドラゴンで……しかし、そちらのドラゴンも素晴らしいドラゴンですよね」
今度は、娘さんが興味津々になられるのでした。アルベールさんの巨躯のドラゴンをしげしげと眺められまして。
アルベールさんはニヤリと嬉しそうに笑みを作られます。
「そうなのです。当家のドラゴンも、そちらのドラゴンに引けを取らない素晴らしいドラゴンでして」
「でしょうねー。後ろ足の筋肉の張り方が特にすごくて……さして助走距離も必要なさそうですね。必ずしも助走路が確保出来ない戦場だからこそ活躍しそうな、そんな雰囲気が……」
「お、おぉ! 分かりますか! そこを分かって頂けますかっ! そうなのですっ! 当家のドラゴンは見てくればかりが立派なドラゴンでは無く、戦場でこそ輝くドラゴンなのですっ!」
もう断定してもいいかな? この人、絶対に娘さんと同じ人種だ。若干、娘さんが男の皮をかぶってそこにおられるような雰囲気がありますし。
ともあれ、こんなの意気投合しなかったら嘘だよね。二人して、楽しそうにドラゴン談義に花を咲かせ始められまして。
すぐにです。親父さんたちがそこに合流されましたが、雰囲気はめちゃくちゃ良かったです。
皆、ほほえましそうにされていて。まぁ、アレクシアさんは不思議な思案顔でしたけどね。
しかし、本当他の方々は笑顔で。親父さんもそう、ハイゼさんにクライゼさんもそう、ギュネイさんも上品にほほえんでらして。カミールさんはうん、皮肉な笑みでからかってなんかされていましたけどね。
それに対して、娘さんは相変わらず何も察しておられないようで。首をかしげて不思議そうな顔をされて。一方で、アルベールさんは気まずそうにほほを掻くことしか出来なくて。そんな二人の様子を見て、周囲は一層ほほえまれることになって。
まぁ、うん。
素敵な光景じゃないですかね? 人間としての幸せっていうのが、可視化されてここにあるようで。
状況が読めずとも娘さんは幸せそうですし。で、アルベールさんのことを気に入っておられるようなので。この光景が今後も続いていく。いや、一層幸せの色を深めて続いていく。そんなこともあるんじゃないかな?
いやー、良かった、良かった。
娘さんが幸せになれそうで本当良かった。娘さんが、人間として幸せになれそうで、ドラゴンの俺としても大満足ですよ、はい。
なーんてね。
そう素直に思えないのは、俺の性格の悪さによるものなのかどうか。
娘さんたちの様子を眺めながらにね、俺は思うのでした。
本当にねー。何でかねー?
俺は変な感想しか抱けないのでした。
認めがたい。
何故かですけどね?
娘さんの幸せを祝福したい一方で俺は……この光景が認めがたいものに思えて仕方がないのでした。