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第34話:俺と、失意のアルベールさん

 クライゼさんとの一騎討ちでは、観衆は大歓声で俺と娘さんを迎えてくれたものですが。


 今はこうねー。ざわざわしております。お身分のお高い、紳士淑女の皆様が観戦しておられたのですが。ひそひそ、と何事か口にされていまして。


 娘さんには分からないかもですが、耳の良い俺には仔細に分かるのでした。


 どちらが有利でどちらの勝利だったのか。素人の皆さんであっても、それなりに承知出来るはずだとは思うのですけどね。


 それでも、彼らが口にしているのはですね、えーと。アルベール殿が負けたのか? いや、そうでは無いはず。不利に見えたが? そんなはずはない。あったとしても、アルベール殿が手心を加えて上げたのでしょう。ドラゴンも違えば、せっかくの地方からの可愛らしい客人。優しいあの方のことだからうんぬんかんぬん。


 えーと、場の総意としてはですね。


 ちょっと不利っぽかったけど、田舎からの可愛らしい客人に優しいアルベールさんが華を持たせて上げたに違いない。こんな感じでした。


 娘さん、かわいいもんね。仕方ないね。って、いや、俺はこんな感慨を抱いたわけじゃなくってですね。


 良かったなーと思うのでした。


 娘さんがマジでいかなくて本当に良かったなと。ここ思った以上にアウェーだったっぽくて。


 間違って、娘さんがアルベールさんを瞬殺していたらどうなっていたのか。アルベール殿の心遣いも分からない田舎の野蛮人っ!! って、妙な批判を浴びていたかもですからねぇ。まかり間違って、怪我なんてさせていたらそれはもうねー。


 なんとか、娘さんの王都での居心地を悪くせずにすんだようですね。これは本当に一安心で。


 娘さんの騎手としての名誉を思うと、かなり物足りないものを感じないでもないのですが。でもまぁ、悪くないところに軟着陸出来たのではないですかね。


 ともあれ、俺はホッと胸をなでおろしていたのですが。


「……なんだかなー」


 俺ほどにでは無くても、お貴族様たちの会話が耳に入っていたのかな? 俺の背中で、娘さんは眉間にしわを寄せて口をとがらされるのでした。


「ホント、見る目無いなー。最後の反転とかちゃんと見てたのかな? あんな複雑な動きが、あれだけ円滑に俊敏に出来るのなんて、本当ノーラぐらいなのに。なんで話題になってないかなー?」


 小声で、不満たらたらの娘さんでした。


 まぁ、うん。おっしゃることはその通りで。あのたぐいの複雑な動きって、ドラゴンに教え込むのは非常に難しいっぽくてですね。


 俺は言葉が分かりますので。娘さんのこんな動きがしたいんだけどって話があって、その上で話し合って何度も実践して、ようやく実現した動きでありました。


 もしかしたら唯一無二かもね。あんな動きが出来るドラゴンは俺ぐらいなのかも。ただまぁ、非常に通好みな話になりますので。


 娘さんが誇りに思って下さるのは嬉しいのですが、お貴族様が話題に上げなくっても何ら不思議は無いような気はしますけどねー。


「……はぁ、まったく」


 そして、お貴族様たちの興味のメインである、ギュネイ家の貴公子様が地上に降りてこられました。


 もちろんアルベールさんです。何やら、嘆きの言葉を呟かれておられましたが、やっぱり悔しいところは大きいんでしょうね。


「あっと」


 娘さんは慌てて俺の背から飛び降りられるのでした。身分が高い人の前で騎乗しているのは失礼というもののようで。


「お手合わせ頂き、まことにありがとうございました」


 そうして、娘さんは頭を下げられました。


 手合わせを願ってきたのはアルベールさんの方なのですが、まぁ身分差にもとずく礼儀ってことでしょう。俺だって、何を言われてもご指導ご鞭撻ありがとうございますだったからね。いや、ちょっとばっかり話の次元が違うような気はしますが。


 で、アルベールさんは、もちろん手合わせは自分が願ったものだという自覚があるようで。颯爽としてドラゴンの背中から降りながら、深々と頭を下げられるのでした。


「こちらこそ、お付き合い頂きありがとうございました。サーリャ殿が一流の騎手殿であることは知っていましたが……いやはや」


 思い知ったということなのでしょうか。アルベールさんは肩を落として、うなだれているのですが……な、なんと言いますか。めちゃくちゃ気落ちされているようで。表情は暗いなんてものではなく、崖を前にしていたら、そのまま虚空に足を踏み出しかねないような雰囲気がありましたが。


 それほど、娘さんに良いところを見せられなかったことがショックだったのでしょうか? ちょっと心配になる様子でしたが、その思いは娘さんも同じだったようで。


「え、えーと、今回はただの手合わせですので。それ以上でもそれ以下でもないように私は思いますが……」


 練習と実戦は違うみたいな論法なのかな? 娘さんは慌てて、そうフォローを入れられました。


 ただ……うーん。


 手合わせから察するに、アルベールさんも一端の騎手さんなので。このフォローが救いになるかと言えばねぇ?


 やはりと言いますか、アルベールさんの顔には力の無い苦笑が浮かぶのでした。


「お心遣いありがとうございます。ですが……まったく、情けない限りです。サーリャ殿はこの状況と私に気遣って、手心を加えて下さっていたのに。私はそれに気づきもしないで無様にはしゃいで……はぁ、情けない」


 そして、こんな悔恨をされたのですが……ふーむ? なんだ、気づいていらっしゃったのですね。気づかれたのがいつかは分かりませんが、娘さんが本気で手合わせに挑んでおられなかったことは承知されていたようで。


 で、そんな告白をされた娘さんですが、うーむ、ちょっとお気の毒ですね。額に冷や汗を浮かべられています。


 まぁねー。いやいや、まさかそんなそんな、って。否定するのも白々しいですからねー。そうです、手加減していましたなんて伝えるのもね。ちょっと失礼に聞こえるかもしれませんし。身分の高いアルベールさん相手に、対応に苦慮されているようでした。


 で、娘さんは助けを求めるように俺をちらりとうかがってこられたのですが……い、いやぁ? この衆目の中で、俺の意思を伝えることはちょっと難しいですし。それに、正直この状況でどうすればいいのかなんて思いつかなくて。


 ここはすみません。娘さん、がんばって下さいませ。なんて思ったのですが。アルベールさん、思っていた以上に立派な人かもしれません。


「あー、すみません。こんなことを言われても困りますよね。申し訳ありませんでした」


 下々の者が対応に苦慮していることをしっかり把握して頂けたようでして。娘さんはホッと胸を撫で下ろされるのでした。


 そんな娘さんを見つめながらに、アルベールさんは気落ちしたように頭をかかれまして。


「しかし、ここまでとは思いませんでした。先の戦で拝見して、一流の騎手殿だと分かってはいたのですが……ははは。情けない姿を見せてしまったようで」


 心底、落胆されているようでした。


 やっぱ、そうなのかねぇ。娘さんに騎手として良い姿を見せたかったということなのでしょうか。しかし、現状は手心を加えられた上で完封されることになってしまって。


 そりゃまぁ、落胆されるのは仕方がないような気はします。ただ、このふるまいはまたも娘さんを困らせることになってしまいますが……


 そんなことないですよって伝えるには、ちょっと実力差がありすぎて、それこそ白白しくて。


 そうですね、情けない姿ですねって。もちろん娘さんはそんな感想を抱かれるような方ではなく。


「え、えー、その……」


 ただただ困惑される娘さんでした。ただ、今回もまた、アルベールさんはすぐに気づいて下さいまして。


「す、すみません! その、また困らせてしまいまして!」


「い、いえ。どうぞお気遣いなく」


 応じられつつ、ちょっと申し訳無さそうな娘さんでした。


 多分ですけど、これだったら負けて上げた方が良かったかなぁとか思ってらっしゃるのかな? そこまで踏み込んだ内容で無くても、少なくとも勝ってしまったことに居心地の悪さは感じておられるようではありますが。


 アルベールさんの落ち込みようを拝見しますとねぇ。娘さんが何かしらの後ろめたさを覚えられるのは納得の話でした。若干、幽鬼のような妙な雰囲気をかもしされていますし。


 ただ、アルベールさん、思ったよりもタフなようでして。にわかに力強い目つきを取り戻されるのでした。


「やはりサーリャ殿は素晴らしい騎手のようで。このアルベール、感服させて頂きました」


 娘さんはちょっとホッとされたようでした。単純な称賛ならば娘さんも反応しやすいですしね。しかし、どうなんだろ? アルベールさんの目つきから察するに、ただ称賛したいってだけじゃないんだろうけど。


 ともあれ、娘さんは笑顔で頭を下げられるのでしたが、はてさてですね。



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