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第33話:俺と、手合わせの終わり

 娘さんは順調に成長されてきまして。


 そろそろってことなのでしょうね。


 で、その相手は彼……アルベールになるのでしょうか。


 まぁ、まだ分かりませんけどねぇ。彼が本当に優れた人物かどうかも。彼の思いが本物かどうかも。


 でも、可能性はありますし。で、現状の俺の感想はと言えば、彼は非常に優れた人物に思えていて……


 祝福……すべきなんでしょうね。


 もしそうなったら、俺は祝福すべきなのでしょう。大喜びで、祝ってみせるべきなのでしょう。


 ドラゴンとして、そうすべきなのでしょう。


 ですが……うん。


 不思議とドロドロとしたものがあるのでした。俺にアルベールさんを貶めさせて、ドラゴンである自分と比較させたような何かが。


 本当、なんなんだろうね。


 分かりません。まったく分かりませんが……今はそれを考えている場面じゃないですね。


「……そろそろかな」


 娘さんの呟きです。十分な距離が稼げて、いよいよ動く。そういうことのようで。


 よし、です。いや、よしっ! ですか。


 気合を入れます。ラウ家と自らの名誉のために、負ける気なんてさらさら無い娘さんです。その意思に応えるのが、何をさしおいても重要な俺の役目のはずで。


 いっちょやってやりましょうか。


 娘さんが何を狙っているのかは、何となく察しがついています。後は、その時が来たら、十全にその指示をやりきるだけです。


 そして、ほどなくしてです。


 娘さんからその指示が飛んできました。


「今っ!!」


 地面に並行して、逃走している最中でした。ドラゴンブレスがやってくるタイミングでは無いということでの指示のようで。よし。では、やるとしますか。


 急停止です。


 翼を大きく広げて、空気抵抗をもって制動をかけます。ここまではね、急停止からのすれ違いとやっていることは変わらないのだけど。もちろん、狙っているのはそれじゃありません。危ないですし、ここまで距離が開いていると相手も余裕で対処してきますから。


 狙っているのは急反転でした。


 イメージとしては、フリップターンだっけ? 水泳競技者がやる壁を蹴って、くるりと反転するやつ。アレが近いんじゃないかな?


 空気抵抗を壁にして、ナナメ軸にくるりと回転。なかなかの衝撃でしたが、ドラゴンの丈夫な体は余裕で耐えきることが出来まして。娘さんも同様でした。予期していた衝撃ですので、眉をひそめながらにですが耐えきって頂きまして。


 あーらよっと、でした。


 キレイに反転することが出来ました。前方では、アルベールさんが驚きによるものか目を丸くされていましたが。まぁ、こんなの一度として見たことが無いでしょうからね。


 普通の騎手はまずやらないだろうと言うか、やる必要が無いだろうと言うか。クライゼさんとかいう、ホンマものの化け物を相手にするために、娘さんはこの技術を取得する必要があったわけで。


 ともあれ、追われる立場からはこれで抜けだせたわけです。ただ、巧者にはまだ成れてはいませんので。


 ここから、もう一仕事ですね。


 正面からのすれ違いが不可避と見て、アルベールさんは慌てて釣り槍を構えられますが、当然娘さんはそんなことしません。


 この相対速度で槍をかけにいこうとすれば、ほぼ間違いなく事故が起きますからねぇ。向かうのは、アルベールさんの利き手とは逆の方向です。


 余裕を持ってでした。十分に距離を離しておいた意味がここに出るわけで。やや大回り気味にですが、釣り槍の範囲外にて、アルベールさんの側面を安全に通り過ぎます。


 さて、ではもう一度ですね。


 再反転をかけます。さきほどと同様の動作で、くるりと回転をかけまして。はい、出来ました。で、現在の状況はと言えば……うん。


 アルベールさんも慌てて反転されようとはしているのですけどね。なかなかがんばっておられるようですが、もちろん普段から練習している娘さんのようにはいかず。


 そのスキを突いて、娘さんはスルリとして、俺をアルベールさんの騎竜の背後につけさせるのでした。


 これで逆転ということで。


 制限がなければ、あっという間に攻守は逆転出来ていたのでしょうけどねー。いやー、長かったなぁ。


 もはや、アルベールさんの表情をうかがい知ることは出来ませんが、相当焦っていらっしゃるみたいですね。慌てて、騎竜に全力を出させて逃げに入られましたが。


 普通の相手だったら、これで振り切れちゃうんだろうなぁ。それだけの速さがあの騎竜にはあるし。


 ただ、相手は娘さんなので。


 最初は速さを活かされて、距離を広げられましたが。すぐにアルベールさんの、守勢時のクセも掴まれたようで。


 逃げる経路を先読みしながら、じわりじわりと距離をつめることになりまして。


 空戦としては、もはや終わった感じかな?


 あとはどう終わらせるか。もちろん肩口を釣り槍でぶちぬいてなんて出来ないわけで。


「……んー」


 迷いの声をあげられる娘さんでした。どう終わらせるのか迷っておられるようでしたが、しかしすぐに結論は得られたようで。


「ま、これしかないか」


 とのことでしたが。


 さて、どんな手段を取られるのやら。まぁ、娘さんがおっしゃる通りに手段なんて大して無いのですが。


 じわじわと距離を詰め続けまして。


 さぁて、いよいよですか。距離は詰めに詰めて、もはや五メートルぐらいかな? バッティングが生じかねない、危険な距離でもありますが、娘さんはさらに距離を詰めていくのでした。


 普通だったら、釣り槍をかけにいくタイミングはいくらでもあったのですが、もちろんその手に訴えかけることは無く。


 現状、四メートルぐらいかな? さらに詰まって、三メートル。そして二メートルになって……隣にへと並びにいきます。


 ピタリとして側面につくのでした。


 アルベールさんが驚きに目を見開かれ、即座に釣り槍を構えられるのですが、もちろん娘さんは釣り槍で応じられることはなく。


 ちょっと背中をうかがうとでした。


 娘さんはニコリとほほえまれて。そして、釣り槍で地上を指されて。


 じゃ、そういうことでです。


 娘さんの指示通りにです。俺は速度をゆるめながら、ゆるやかに地上に向かうのでした。


 そりゃまぁね。これしかないでしょうね。


 釣り槍の攻防になんてなったら、どんな事故が起こるか分かりませんから。


 しかし、さてはて。


 この娘さんの判断をアルベールさんはどう思うのか。それが非常に気になりました。


 騎手であるのならば、自分に勝ち目が無かったことも、事実上負けたことも理解出来るはずだと俺は思いますが。


 彼はどう思いますかねぇ。素直に敗北を認められるのか、それとも娘さんがギブアップしたなんて曲解されるのか。彼の人柄というものが、この一幕からある程度察することが出来るような気がしますが。


 彼は……どうやら敗北を認められたようでした。


 騎竜に降下を指示されたようで。俺たちの背を追うようにして、地面を目指され始めたのですが。


 ため息が見てとれたのでした。


 眉をひそめて、ため息をつかれていて。情けないと言わんばかりに首を横にふったりもされて。


 ……まぁ、人並には立派な人柄をされてそうですよね。


 いや、あるいはそれ以上か? 彼は人並の人物では無く、大貴族らしいギュネイ家の四男殿ですので。この手合わせも、どうしようもくギュネイ家の看板を背負ってのものになるでしょうし。


 一族としての誇りもあれば、責任もあるでしょうしね。田舎領主の娘にこうも良いようにやられたなんて、なかなか認めがたいと思うのですが。


 それでも認めておられるみたいなので。高潔とまで言っていいかは分かりませんが、立派と言っても差し支えないような気はしました。


 まぁ、とにもかくにも地上に降りまして。


 しっかし、妙な雰囲気ですねー。


 芝生に四足で降り立ちながらにです。俺はちょっとクライゼさんとの一騎討ちの時のことを思い出していました。あの時は、盛大な歓声が娘さんを出迎えてくれたものですが、うーん、これは。


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