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第32話:俺と、あれから一年弱

 現状に対して、娘さんは悩ましげに声を上げられるのでした。


「……本当、やれることが少ないよなぁ。急停止して、すれ違って背後を取るのも危ないしなぁ」


 えーと、クライゼさんとの一騎討ちの時のヤツですよね。俺は首を横に振ります。仮に不幸な衝突があるとですね、本当どうなってしまうのか分からないので。もちろんのことナシであります。


「じゃあ、えーと……急降下してみせて、相手を地面に激突させるようなことは?」


 多分、分かって言ってらっしゃると思うので、あえて反応はしませんでした。んなの、ダメに決まってるでしょ。


 アルベールさんのドラゴンブレスをかわしつつ、錐揉み回転をしながらにでした。娘さんの不満の声が漏れ伝わってきます。


「だったら何したらいいんだか……うーん」


 嘆き節でしたが、まぁ、気持ちは大いに分かります。


 一対一で、攻守を逆転させるのは本当大変ですからね。基本的には攻撃側有利で、追われる方はずっと追われるままですし。


 それこそ、多少の荒事をしないと攻守の逆転は難しいのですが、現状それは許されておらず。さらに言えば、相手のドラゴンさんですが、本当に素晴らしいドラゴンですからね。


 アルバと同等に速く、ラナと同等に機敏で。


 さすがはギュネイ家のドラゴンさんですよねぇ。俺なんかは比べたらゴミクズだろうと思っていましたが、それすら自身への過大評価だったような。


 とにかく素晴らしくって。普通に戦っていたら、追いつかれるのは間違いなくて。


 ただまぁ、ドラゴンブレスは予想外でしたが、取れる方策が少ないだろうことは予想の範疇だったはずなので。不満は大いにあるでしょうが、諦めて次善策を考えて頂きたいところでした。


 娘さんは「んー」とうなり続けて、そして、


「ま、その内勝てるでしょ」


 気楽な声でそうおっしゃるのでした。


 ふーむ? 勝てますか? 俺にはそうは思えませんが、娘さんがそうおっしゃるのならば。安心して、娘さんの指示に従うとしましょうか。


 

 そのまま逃走劇がしばらく続くことになったのですが。


 

 だんだんですね。俺にも、娘さんのおっしゃった意味が分かるようになってきたのでした。


 差がね、広がっているのです。


 すぐに追いつかれてしまうだろう。そう思っていた俺ですが、実際は逆のことが起こっているのでした。


 けっこう驚きですよねー。背後をちらりとうかがえば、アルベールさんは不思議な表情をされていました。


 混乱されているのですかね? 真剣な顔をして、こちらを追いかけてきているのですが、その目には戸惑いの色が強く浮かんでいるような。


 素晴らしいドラゴンをお持ちですしねー。俺みたいなドラゴンを相手にしてなんで追いつけないんだと疑問に思っておられるのでしょうけど。


 一つ目の理由としては、娘さんの実力ですかね。


 アルベールさんのクセのようなものを見抜いておられるようなのでした。その上で、すでに対策も実施されているようで。


 上下左右。どの方向に逃げた時に、アルベールさんは鋭く反応されたのか。または、その逆か。どの経路を選べば、アルベールさんが一番反応し辛いのか。


 ドラゴンブレスを放つタイミングはどうなのか。どのようにこちらを誘導したがっていて、どう動けば裏をかけるのか。


 ちょうど、アルベールさんが騎竜にドラゴンブレスを放たせてきましたが。


 どうにもアルベールさんは俺たちを右方に誘導されたいようでして。右旋回が得意ということなのでしょうか。俺たちの前方から左方向をさえぎるようにドラゴンブレスを三発放ってこられましたが。


 ただ、このタイミングで放ってくることも、前方から左方向をさえぎるように放ってくることも、娘さんにとっては想定内のことでしたので。


 余裕をもって左に旋回しまして、ドラゴンブレスを右方に見るようにして回避。右方に動かすはずが、左方に動かれたので。アルベールさんは慌てて追いすがってきますが、これでまた差が広がったわけで。


 うーむ、クライゼさんと一騎討ちをした時には、その実力差もあって魔法にかけられているようだと思ったものですが。アルベールさんも、もしかしたらそんな気分かもですねぇ。娘さん、マジですごいです、マジで。


 ともかく娘さんの実力がまずあって、この差は生まれていて。


 二つ目の理由としては、一応俺が騎竜ってこともありますかねぇ。


 自意識過剰かもですけどね。でも、娘さんが何をしようとしているのかは、大体俺には理解出来ていますので。


 娘さんが指示するのと、俺が動くのはほぼほぼ同時って感じになってるんじゃないかな? これが積み重なることで、少しはこの差が生まれている一因になっているような気がします。って言いますか、なってたら良いなぁって思ってます、はい。


 あとは、まぁね。


 失礼だけど、アルベールさんの実力って話にもなるんじゃないでしょうか。


 娘さんと比べたら、二段方、三段方劣る。そんな印象です。いや、騎手としては十分な実力をお持ちだとは思うのですが。クライゼさんを除けば、今まで見てきた騎手たちと遜色の無い実力だとは思うのですが。


 でもねー、やっぱ娘さんを相手にしますとね。


 工夫の無さが特に目立つ気がしました。制限の多い中で、娘さんは相手の傾向を把握することで、それを突破口にしておられるのですが。


 アルベールさんにそんな様子は無くてですね。愚直なと言ったら悪いですが、ただただドラゴンに全力を望んでいる感じでした。


 まぁ、理解は出来ますけど。


 あれだけのドラゴンをお持ちでしたら、工夫を練る必要なんて今まで無かったでしょうし。


 攻めるにしろ守るにしろ。圧倒的な速度と俊敏さで、それこそ圧倒出来てきたでしょうし。


 引き出しの多さが違うということでしょうかね。ドラゴンの実力をもって、相手をなぎ倒してきただろうアルベールさん。クライゼさんという強大な壁を相手にして、揉まれに揉まれ続けてきた娘さん。この差が出ているような気がしました。


 もしかしたら、俺が騎竜というのも原因かも?


 俺という不出来な騎竜を操らなければいけないために、娘さんはその実力を練磨出来た可能性が? 


 だとしたら、俺も自分の不出来さに誇りを持って良いような気はちょっとしませんが。娘さんが楽出来るような騎竜に是非ともなりたいところですので、これからもがんばろうと思いました、まる。


 しかし……


 俺は背後のアルベールさんの表情を再びうかがいます。必死ですよねぇ。目を鋭く光らせて、口元を一文字に引き締めて。必死の様子で、こちらを追いかけてきています。


 それほどに彼は……娘さんに良いところを見せようと思っているのでしょうか。


 いや、分かんないんですけどね。


 彼の内心が本当はどうかなんて。この頑張りは娘さんのためのものなのか、あるいはギュネイ家の誇りにかけて、地方の騎手になんて負けられないと思っているのか。


 しかし、必死であることは間違いないでしょうし。そしてその様子は、俺の目には正直……まぁ、立派なものに映っていたりします。


 熱いなぁ、と思うのでした。


 この一瞬に全力をかけている。その様子は、本当に熱くて立派なものに映るので。


 何にも執着も熱中も出来ることなく。死んだ魚のような目をして生きてきた俺だからこその感想かもですけど。


 一瞬に心を燃やすことが出来る、その生き方っていうのがね。そこにあるのが娘さんへの思いであれ、家柄への誇りであれ、健全でまた素晴らしいものに思えるのでした。


 立派な若者なのかもね。


 娘さんの指示で、ドラゴンブレスを悠々と避けながらに思います。


 皆さんもそう言っていましたしね。親父さんたちが、そう言っていましたから。


 あの方たちの人を見る目は、俺の目なんかよりもはるかに信頼が置けますし。あの方たちがそう言うのであれば、実際そうなのかもしれません。この状況におけるアルベールさんの表情も、俺にはその評価を裏付けるもののように思えますし。


 ……彼がそうなるのでしょうか。


 俺は、今度は自らの背中に目をやります。そこにいるのは、もちろん娘さんで。目つきは真剣ながらに、全体としては余裕の表情で手綱を握っておられますが。


 まぁ、大人になりましたよねぇ。


 騎手としてはもちろんですが、女性としてもです。およそ一年は経ったのかな? 再会した時のことを何となく思い出すような。


 あの時は、大人びてきた少女、そんな印象だったのですが。


 今は、あどけなさを残す女性って感じになってきたような。


 色々ありましたからね。単純に時間も流れましたが、様々な試練が、娘さんを結果として鍛え上げることになって。ラウ家のためにではなく、自分のわがままで親父さんとドラゴンを苦しめてしまった。そう泣いていた娘さんは、今ではどこにもおらず。


 立派な騎手として、立派な大人として。無事に成長された。そんな感じがあります。


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― 新着の感想 ―
[一言] どうにもアルベールさんは俺たちを(右方に誘導されたいようでして)。右旋回が得意ということなのでしょうか。俺たちの前方から左方向をさえぎるようにドラゴンブレスを三発放ってこられましたが。 誤…
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