第30話:俺と、気づき
《あちらのドラゴンは強大です。勝ちを狙うのならば、アルバやラナの方がふさわしいと思いますが》
これで、俺が伝えたいのは勝利を求めるための方策であると伝わったことでしょう。
ドラゴンには個性があれば、アルバやラナは勝利を求めるために素晴らしいドラゴンである。そんなこと、百も承知であろう娘さんなので。俺はこれでお役御免となることでしょうね、はい。
そんなことを俺は思ったのですが。
「……ん? なんか不思議なこと言うね。どうしたの、ノーラ?」
心底不思議そうな娘さんでしたが。えーと、俺こそ不思議の思いなのですが。
優しい娘さんですので。一度選んだのに、お役御免はかわいそう。そう俺に気兼ねされるのではとはちょっと思ったのですが。しかし、そういう気遣いをされているって感じとは、かなり違う雰囲気でして。
んー、勝利を狙うのならば、アルバやラナが選択肢としては適当。そんなことは当然分かってらっしゃるはずの娘さんでしょうが。釈迦に説法になるでしょうが、ここは繰り返させて頂きますかね。
《私は非力なドラゴンです。ギュネイ家のドラゴンに対抗しようと思えば、それ相応の力あるドラゴンを求めるべきです》
とにかく、俺はふさわしくないでしょってことで。これで十分に俺の意思は伝わったと思うのですが。
実際のところ、どうなんでしょうね。
娘さんからはいぶかしげな表情は消えていました。ただ、代わりに納得の表情が浮かんでいるわけでは無く、不思議な苦笑を浮かべておられましたが。
「……そっか。ノーラってさ、けっこう自己評価が低めっていうか、いっつも控えめだもんねぇ」
そして、こんなことをおっしゃられるのでした。え、えーと? いやいや、自己評価が低いなんてことは無いとは思いますが。ただの事実ですし。アルバとラナに俺が劣っているのは、歴然たる事実でありまして……
《私にアルバほどの速さ、力強さも無ければ、ラナほどの俊敏さもありません。三番手が私の位置です。選ぶべきは私では無いかと》
是非とも勝利して欲しいので。この事実をもって、騎竜を選び直して欲しいところでしたが。しかし娘さんは相変わらずの苦笑いで、俺の意見に頷かれる気配は無く。
「確かに、アルバやラナはすごいドラゴンだけど……でも、ノーラが劣っているかって言ったら全くそんなことは無いんだけどなぁ」
そして、そんなことをおっしゃって下さったのですが。
真面目に考えてしまいました。えーと、劣ってない? いや、そうですかね?
まぁ、アルバやラナに出来ないことは色々と出来ますが。言葉を理解して、文字を操って。ついには魔術も扱えるようになってきましたが、それらは騎竜としての評価とは別枠ですし。
とにかく首をかしげるしかありませんでしたが。そんな俺の様子を目の当たりにされて、娘さんは苦笑の色を深くされるのでした。
「あはは。まぁ、ノーラはアルバやラナほどには速くも俊敏でも無いけどね。でも……一番信頼出来るのはね?」
娘さんは優しい笑顔で、俺の鼻面にぽんと手を置かれるのでした。
「一体で飛んでもらう必要がある時は別だけどさ。でも、それ以外の大舞台はノーラって私は決めてるから。私が一番力を発揮出来るのは貴方なの。だから、自信をもって飛んで。ラウ家の一番手として、私に力を貸して欲しいの。ノーラ、いいかな?」
正直、頷きかねる部分はいくつもありました。騎竜が俺では無くても、娘さんにとっては何の支障も無いはずですし。ですが、それでもね。
頷きを見せます。
娘さんは笑みを深められまして。
「よし。じゃあ、よろしくね」
この手合わせの騎竜は俺だと。そういうことになったようでした。
……うーむ。これで良かったのかどうか。それはイマイチ判然としませんが……でも、嬉しいなぁ。
お世辞かもしれませんけどね。でも、ここまでのことを言ってもらえたらね? 前世、現世を通して、ここまでのことを言ってもらえたことは無かったわけで。
多少はね、信頼もして頂けているみたいで。これは本当に嬉しいですよね。もちろん親父さんや、アレクシアさん。クライゼさんやハイゼさんにカミールさん。そんな方々に向けられるような信頼では無いのでしょうが。
でもね、それでも信頼は得られているようでして。そうですね。少なくとも、あの貴族のボンボンよりは……って。
……え?
「……ノーラ?」
娘さんが不思議そうに呼びかけてこられましたが、俺はちょっとそれどころではなくて。
なんか愕然としてしまいました。
俺はなんで……なんで、俺とあの男を比べたりしていたんですかね?
「おい、サーリャ! 遅いぞ! あまり観衆を待たせてくれるな!」
声の主はカミールさんのようですが、娘さんを急かす言葉が届きました。
「は、はい! すぐに!」
娘さんは慌てて俺の手綱を掴まれまして。引かれるままに、俺は歩みを始めるのですが……
正直心ここにあらずでした。
動かしているはずの足の感覚も、踏みしめているはずの芝生の感覚も。
全てが妙に遠いものに感じて。
俺は本当に……なんで比較なんてしていたのか。
ただただ、娘さんに引かれるままに俺は歩くのでした。