第28話:俺と、娘さんの懸念
娘さんが、あの男に騎手としての実力の違いを見せつける。
その様子を、俺はじっくり地上から楽しませてもらおう。そう思ったのですが。
『……んー?』
思わず疑問の声を上げてしまいまして。
疲れがあってのことなのか、珍しくだらりととぐろを巻いているラナが不審の声を上げてきました。
『なにさ、やぶから棒に変な声上げて』
いやまぁ、ラナからすれば不思議に思えるのかもしれませんが。俺からすれば妙な状況のわけで、思わず妙な声を上げてしまうわけで。
現在、俺は鞍を背中に取り付けている最中でした。
今までは荷物を背負っていたのですがね。それらを下ろして、親父さんと娘さんが手際よく鞍を取り付けておられるのですが。
……んー? 正直に言いまして、何で俺? って、そうなるわけで。
『アルバの方がさ、俺より速いよね?』
すでに寝入っているアルバについて、俺はラナに尋ねます。ラナは『ん?』と不思議の声を上げながらに答えてくれました。
『まぁ、そうじゃないの?』
『ラナの方がさ、俺より機敏だよね?』
『じゃないの?』
『……うーむ。だよねー』
騎竜としての俺の適性は、残念ながらさして高くは無いわけで。アルバには速さで、ラナには俊敏さで、サーバスさんにはスタミナで。彼らと比べたらですが、俺は大きく劣っている、そう言って何も間違いは無いわけで。
まぁ、一芸が無いというだけで、そこまでベラボウに役立たずというわけでは無いのですが、ともかくです。
娘さんが本気を出そうと思えば、選ぶべきはアルバかラナのいずれかなのですが。なんでかねー? この二体はちょっとお疲れ気味ですし、それが判断に影響したのかどうか。
俺としては、あの若造をボッコボコにして欲しいところですし。娘さんにはこの二体をもってして勝負に挑んで欲しいんですけどねー、うーむ。
「よーしよし」
娘さんが満足げな声を上げられました。鞍の準備が出来たと、そういうことのようで。
「ではな、サーリャ。失礼の無いようにな」
親父さんの念のためと言った声を受けまして、娘さんはもちろんと頷きを返されます。
「大丈夫。作法は、一騎討ちの時と同じでいいっぽいし。じゃ、行ってくるから」
「うむ」
ともあれ、手合わせということになりそうですねぇ。もちろん、選ばれたからには全力を尽くす所存でございますが。でも、ラナかアルバの方が良いとは思いますけどねー。
俺は首を伸ばして、リャナスの庭園の一角に目を向けます。アレを見ますとねー。俺が不出来であることもあって、なおさらそう思えるのですが。
そこには、ギュネイさんと、その四男殿がいらっしゃるのですが。んー、なんかムカつくなぁ。いや、息子の方だけどね? 真剣な表情をして、手合わせの準備に余念が無いようで。
どうせ、遊びのつもりで娘さんに声をかけてきたくせにね。さも私は真剣ですみたいな顔をしていて。きっとアレも技術なんだろうね。女遊びをするにあたって、さも真剣なフリをする技術があればよりモテることになり得るというか……って、ちがうちがう。注目すべきは、今はあのイケメン騎手では無かったのでした。
すんげぇドラゴンがいるんだよね。
イケメン騎手のすぐ隣です。鈍色の体色をした、なんかすんげぇドラゴン。でかい。そして、雰囲気がめっちゃ鋭い。
王都一級の大貴族、ギュネイ家が誇るドラゴンでございますって、そんな感じですよねぇ。絶対、速いし動きは鋭敏。全身から強者の風格が漂っております。
ぶっちゃけ、あの方と比較したら、俺なんてゴミクズだよね?
俺があのドラゴンさんに能力で劣っているのは明らかで。これで娘さんがあの四男坊に負けることがあるとねー。そんなことになったら、俺は悔やんでも悔やみきれませんし。血の涙を流すことになりそうですし。
やっぱ、アルバかラナが良いと思いますけどね。これはちゃんと訴えるべき事柄のような気が非常にします。でも、衆目が多すぎてそのタイミングが無くて……むむむ。何とか、お伝えしたいと思うのですが。
「よし、行こっか」
娘さんが俺に笑顔で語りかけてくれまして。で、手綱を手に取りいざ決戦の舞台へと……うーむ。どうにか、どうにかしてきっかけが欲しいものですが……って、お?
「あ」
娘さんは、にわかに足を止められるのでした。そして、きょろきょろと庭園に目線を左右にされまして。えーと、どうしましたかね? 探し物でもされているのかどうかですが。
「……あそこがいっか。よし」
で、何かしらの結論を得られたようで。娘さんは俺を連れて、庭園の木陰に向かわれるのですが。
ふーむ? 意図は分かりませんが、人目につきにくい場所を選ばれているようで。これはチャンスですかね? 俺なんか選んでる場合じゃないですよって、そう告げるチャンスになりそうで。
木陰にたどり着きまして。
一面が芝生のこの庭園ではありますが、木の根本にはわずかに土の地面が顔を覗かせておりますので。文字をもって、言葉を伝えることが出来そうですよね。
では、早速このチャンスを活かさせてもらうとしましょう。そう思った俺なのですが、娘さんの表情にそれをためらうことになりました。
娘さん、めっちゃ真剣な表情をされているのでした。え、はい? 今までの流れで、娘さんがこんな顔をしなければならないことってありましたっけ?
……まさかですよね? まさか、アルベールさんってとっても素敵だと思うから。どうやったらお近づきになれるかな? とか、そんな話なのでは?
な、無いとは思いますけどねー。まさかそんな、娘さんがまさか……いや、年頃の娘さんであって、そんな話が無いとは言い難いのですが……
実際のところはどうなのか。俺が固唾を呑んで見つめる中、娘さんは静かに口を開かれるのでした。
「じゃ、ノーラ。正座で」
で、こんなお言葉でしたが。せ、正座? いや、え? しろと言われればその通りにしたいところでしたが、ドラゴンの体ではちょっとあの……
出来る限りということで背筋を伸ばした犬座りをしまして。娘さんは静かに頷きを見せられました。
「よく考えたら正座なんて無理だけど。でも、そのぐらいに真剣なつもりで聞いて欲しいってことだから、うん」
そういうことだったらしいのですが。な、なんですかね? 真剣なつもりで聞いて欲しいこと。きっと重要な話に違いないのですが。
やはり、あの四男坊のことなのでしょうか? だったら俺は……一体どう反応したらいいのか。
娘さんは真剣な瞳で俺を見つめられまして、
「……めちゃくちゃ気をつけてね」
そんなことをおっしゃられましたが……んん?
気をつけてねって、俺が何かを気をつけるって話ですよね? どうやらあの騎手の話では無さそうで一安心ですが……一体何の話でしょうか?
《何を、でしょうか?》
早速、土の地面を利用して疑問をつづりまして。娘さんは至って真剣な表情で応じられました。
「カミールさんがさ、ノーラについて何か勘付いているみたいな感じがあったでしょ?」
えーと、あー、そう言えば。俺は頷きを見せます。もはや、遠い昔の話みたいな感じがありましたが。確かにありましたね。俺が妙なドラゴンだと、カミールさんが勘付いているみたいな一幕があったような。