第27話:俺と、娘さんのポジション
うーむ、気にはなりますがねぇ。
カミールさんとギュネイさんとの仲は実際どうなのか。アレクシアさんは何を思って、先ほど返事をためらわれていたのか。何か、伝えたいことがあったのかどうか。
ただ、カミールさんのこの決定は、俺にはありがたかったですが。やっぱり今の俺の頭にあるのは、くだんの四男のボンボンのことですし。
「で、どう思った? アルベールのことだ。ギュネイ家などという罰当たりに豊かな大領主の四男だぞ? そして、容姿も見ての通りで、性格もまぁ悪くなさそうだが。お前はどんな感想を抱いたのだ? ん?」
再び、喜悦にふけっている感じのカミールさんでした。本筋に戻りまして、早速娘さんをからかってやろうとされているようで。ちょっとセクハラ風味に娘さんに問いかけるのでした。
これはねー、正直俺もちょっと気になりますが。
まさかですけどね。娘さんがまさか多少イケメンで、多少金持ちだからって、いやだ、ステキっ! 是非、婿に来て欲しいですっ! とはならないとは思いますけどねー。
……いや、まさかね? 本当まさかね? そんなことはあり得ないと俺は心底信じているわけですが……ど、どうなの? どうなんですかね、実際? なんか、心不全一歩手前みたいな息苦しさですが、いやね? 信じているんですけどね? いや本当、めまいで視界が白黒するぐらいには信じているのですが……
じ、実際のところはどうなのでしょうか? 俺は目を皿のようにして、娘さんの反応をうかがいます。
「アルベールさんですか? えー……」
娘さんの顔には、特段の感情の色は見えませんでした。動作としては、考え込むように、わずかに視線を上げられまして。
「……そうですね。利き腕らしき腕も太ければ、太ももが発達している感じがありましたし。相当、釣り槍を握って、相当ドラゴンの上で踏ん張ってって感じですよね。鍛錬はかなり積んでおられそうです。きっとすばらしい騎手のお方なのでしょうね」
で、そんなコメントでありました。
うーん、専門家の見地からのコメントでありましたが。娘さんや、そうじゃないんです。今求められているのは、きっとそんなコメントじゃなくて。
「……お前、実は分かってはぐらかしてないか?」
不審の表情のカミールさんでした。気持ちは非常に分かるような。ここまで見事に質問者の意図に沿わないコメントをされてしまいますと、意図的ではないかと思わず疑ってしまうものでして。
で、このカミールさんの不審の声にですが、娘さんもまた不審の表情で応じられるのでした。
「いえ、手合わせということですし、普通の感想だと思いますが。おかしいでしょうか? と言いますか、はぐらかしてるって何でしょうか? 本当によく分かりませんが」
口調はいたって真剣そのものでした。うーむ、なんか分かってきたような気が。
自分は何者かって話である。カミールさんだったら、自らをリャナス一門の当主として。親父さんだったら、ラウ一門当主として。それぞれ自認した上で、その立場にそって思考、行動をされていると思いますが。
娘さんは、本当ラウ家の騎手として行動されてるんでしょうねぇ。自分を年頃の娘とは欠片も自認していない感じで。あの四男坊も、騎手としての立場からしか見ていないのでしょうね。年頃の娘という視点からは、まったく感想を抱いていないっぽいですし。
うーん、あの男は同じ騎手だからこそ勝ち得る好感があるはずとか思ってるかもだけどねぇ。あるいは、騎手以外の人の方が、娘さんの女性としての好感は得られるかもですね。騎手としての娘さんは、騎手であるあの男を騎手としてしか評価出来ないかもですし。
そのことを考えますとね? 別に俺は、あの男が娘さんにふさわしいとは欠片も思っていませんが、それでも気の毒に思えてくるような。
「……ラウ殿。初対面でこんなことを言うのもアレですがな。少し育て方を間違えられたのでは?」
カミールさんが思わずと言った様子で親父さんにそう告げられて。婿に当主をなんて考えておられないでしょうけどね。それでも、娘さんには結婚はしてもらって、ラウ家直系の血を絶やさないようにしてもらいたい。現当主として、おそらくはそう願っておられるだろう親父さんですからねぇ。眉をひそめて、深刻にうなられるのでした。
「ふーむ……そうですな。男所帯で、男手一つで育ててしまい、さらには騎手としての職分を担わせて……うーむ」
少しばかり後悔の念がにじんでいるようでした。もうちょっと、一族の女性としての価値観を培わせるべきだったとか、そんなことを考えておられるのですかね?
「……分からん。今日は、皆さんのおっしゃってることが、さっぱり分からん」
で、娘さんはそんなことを呟いておられるのでした。まぁ、先の戦で、自分の婿取りの話は雲散霧消させたと思っていらっしゃるでしょうしね。そのこともあってか、皆さんが自分の婿と言うか結婚相手の話をしているだなんて、毛ほどにも気づいておられないようでした。
「……うむ。まぁ、せっかくの良い機会だからな。良い男が向こうから来てくれたのだ。せいぜい触れ合ってくるがいい」
呆れた表情でカミールさんがそうおっしゃって。娘さんは、相変わらず察しておられないようで。
「いえ、王都の騎手殿と手合わせ出来ることは嬉しいのですが……触れ合ってこいってなんですか。本当に、よく分からないことをおっしゃられてますが」
カミールさんは返事をされませんでした。変わりに表情にある呆れの色を深められまして。
同時にでした。親父さんは悩ましげに眉間にシワを寄せられまして。ハイゼさんとクライゼさんは苦笑を深められ、アレクシアさんはいまだ何ごとか思案を続けておられるようですが、それはともかく。
とにかく手合わせということで。
娘さんは、あの四男殿を恋愛相手として見ることは出来ていないようですが……くくくく。これは決定打にもなりかねませんねぇ。
あの男も、自分が恋愛対象として見られていないことに、その内に気づくでしょうし。その上で、騎手として良いところを見せられなかったとなればね。
こりゃ、もうダメだ、と。
あの男が自らの野望を捨て去ることには十分になり得る。そう俺は思っているわけで。
では、俺は娘さんの勇姿を楽しく見守らせて頂きましょうかね、くくくくく。