第26話:俺と、意味深なアレクシアさん
あの男がラウ家に婿入りなんてね、そこにはたっかいハードルがあるに違いなく。
で、あのボンボンがね? まさか、そこまでのことを考えているとは思えず……やっぱ、遊びだよな。軽い気持ちで娘さんに声をかけてきたのでしょう。
なんて俺は思うのですが。
「いやいや、良い目をしておられましたからな。そのぐらいの覚悟はあるかもしれませんぞ?」
愉快そうな声音でハイゼさんが声を上げれば。
「私も同感かと。覚悟の方はあるかもしれませんな」
クライゼさんも、どこかほほえましげに意見を述べてこられまして。
……なーんか、高評価なんですよねぇ。
覚悟ある若者として、皆さん評価されているらしく。なんでかねぇ。俺は絶対にそんな覚悟はあの四男さんには無いと思いますがねぇ。
まぁ、なんにせよ確証がある話ではないので。
親父さんは「さぁて?」と困り顔を続けられまして。一方で、カミールさんなどは人生の喜びここに極まれりみたいな心底楽しげな笑みを浮かべられていて。
「ふーむ、良い。実に良いな。式典のためにわざわざ領地から出張ってきたわけだが、良いひまつぶしが出来たな。今後が非常に楽しみだが、アレクシア。お前はどう思う? 顔だけならお前の方が上だろうにな。先を越されそうだが、どう思った? ん?」
ついでにアレクシアさんもからかってやろう。そんなカミールさんの呼びかけでした。
い、いやぁ、ね? あの四男坊だったら、いくらでもからかってもらって良いのですが、アレクシアさんはちょっと。尊敬するカミールさんにからかわれたら、反論も無視も出来ずに、タジタジになるしかないでしょうし。
それはちょっと気の毒なので。娘さんが止めてくれるかな? あるいは俺が少しばかり変な動きでもして見せて、気を引く必要があるだろうか。
そんなことを思ったのですが、しかしアレクシアさんは動揺を見せられるわけでも無く。
「……はい? どうされました?」
今までの会話が耳に入っていなかったようでした。腕組みをして、じっとうつむいておられたのですが。呼びかけを受けて、首をかしげられながらに顔を上げられて。
カミールさんは「ふーむ」と興味深そうにアレクシアさんを見つめられます。
「そう言えば、お前はずっと静かだったな。どうかしたのか?」
この発言に乗っかってでした。なにがなにやらと、眉間にシワを寄せながらに男衆の会話を耳にしていた娘さんでしたが。心配そうにアレクシアさんに声をかけられるのでした。
「私も少し不思議に思っていましたが。かなり妙な表情をされていましたよね? アルベールさんへの態度も妙な感じがありましたし。どうかされましたか?」
そう言えばですよね。ギュネイ家の四男に対して、アレクシアさんは持ち前の無愛想とばかりは言えないような、妙な態度を見せておられまして。
お二方の心配の声にでした。アレクシアさんは苦笑で応えられます。
「いえ、すいません。少し考え事をしていまして……その、閣下?」
そして、カミールさんに何事か尋ねたいことがあるらしく。
カミールさんはまたもの「ふーむ」で頷かれました。
「真面目な話する気分ではないが……まぁ、いい。とにかく話してみろ」
確かに、アレクシアさんの今までの様子から察するに、場の雰囲気にそぐわない話題になりそうですが。しかし、想像も出来ませんね。アレクシアさんは何を口にされようとしているのか。
皆さんの注目を集める中、アレクシアさんは少し言いづらそうに口を開かれるのでした。
「失礼な問いになりますが……ギュネイ閣下とは、本当に懇意にされているのでしょうか?」
……えーと? その質問の意味するところは、つまるところ。
「……カミール閣下とギュネイ閣下が本当は仲が良くないんじゃないか。そういうことなのですか?」
娘さんが、分かりやすく言い直して下さいましたが。つまりそういうことですよね。アレクシアさんはどうにも、お二方の仲を疑っておられるようですが。
うーむ。どうなんですかね? 俺には、お二方の間にある空気は穏やかなものに思えましたし。肝胆相照らすような仲かと言えば、そこまででも無いかもしれませんが、ある程度、友好的な関係には思えましたが。
しかし、失礼な問いとおっしゃいましたが、確かにそんな感じはしますね。他人の友情を疑うというのはなんとかもかんとも。君さ、あの子と本当に仲良いの? 本当は仲悪いんじゃないの? みたいな問いかけは、大体のところ余計なお世話も良いところでしょうし。
カミールさんはどう反応されますかねぇ? まぁ、この人は世間一般の人では無いので、ムッとされるような光景は思い浮かばないのですが。
カミールさんは意味深にニヤリと笑みを浮かべられるのでした。
「ほぉ? 確かに失礼な物言いだが、なるほど。人間嫌いの良いところが出たな」
案の定と言えば案の定。カミールさんはムッとされることはありませんでしたが、その反応に理解を示すことは難しいものでした。
ニヤリとして、人間嫌いの良いところが出たな、なんて。
ぶっちゃけ、さっぱり理解が出来ません。何の意図があって、そんなことをおっしゃったのか。ただ、アレクシアさんには、その意図はばっちり伝わっていたようでしたが。
アレクシアさんは苦笑で頷きを見せられるのでした。
「はい。人の好意には鈍感なくせに、人の悪意には敏感に反応する。そんな情けない人間ですので」
非常に自虐っぽい発言で、そんなことは無いでしょと口をはさみたくなりますが……悪意。引っかかる言葉ですが、これがキーワードだったりするんでしょうか。
カミールさんは皮肉な笑みを深められます。
「なかなか味のある自己評価だが、まぁ、それはともかくだ。ご明察だな。さっぱり仲は良くないな。いや、仲が良くないどころの話では無いのだろうが」
ちょっと驚きました。
仲、良くないのですね? しかも、仲が良くないどころじゃないって、それは。
「仲が悪いということで? 私にはそうは見えませんでしたが」
娘さんが驚きの声を発せられました。ですよね、娘さん。仲が良くないっていう点だけなら、納得出来る部分はあるのですが。笑顔であっても、あれは社交辞令的な何かだったんだろうなって思うだけなのですが。
しかし、仲が悪いとなるとねぇ? カミールさんとギュネイさんの態度からは、そんな雰囲気はちょっと感じられませんでしたが。
にじみ出てくるような悪意やら敵意のようなものは無かったような。ギュネイさんは、カミールさんのふるまいにちょっと困っておられたような感じはありましたけどね。でも本当、嫌っているってほどでは無かった気がしますが。
カミールさんはフフンと一つ皮肉な笑い声を上げられました。
「アルベールの件もそうだが、お前は観察眼の方を少しばかり養うべきかもしれんな。ま、俺の人を見る目も大したことは無いが……まぁ、この話は止めておこう。アホみたいに長い話になりかねないからな」
そうおっしゃった上で、アレクシアさんに笑みを向けられます。
「ただ、お前が何故そんなことを思ったのか、非常に興味があるからな。その辺りのことについては、後で聞かせろよ。いいな?」
この問いかけに、アレクシアさんはにわかに返事をされませんでした。
迷いがあるのでしょうか。後で聞かせろという言葉に頷き難いようですが。今話すべきではないかと思っておられるのかどうか。悩ましげにカミールさんを見つめて、何故か娘さんに視線を移して。
しかし、結局のところカミールさんの言う通りにされるようでした。
「……はい。では、後で必ず」
アレクシアさんが頷き、カミールさんも頷き返されるのでした。