第25話:俺と、アルベールとかいう貴族
クライゼさんから鈍感だと呆れ口調で指摘されてでした。
「クライゼさん。鈍感ってなんですか? 私なにか鈍いですか?」
ややしかめ面の娘さんでした。カミールさんのつまらん発言の後だったので。何かしらの罵倒を受けていると思われたようですが。
で、クライゼさんの反応はと言いますと。
「気にするな。その内分かる」
具体的な指摘は避けられたのでした。気持ちは分かるような、分からないような。
どうせ信じないとでも思われたのかもしれませんねぇ。アルベールとやらが娘さんを好いている。そう伝えたとしてです。
娘さん、謙虚ですから。大貴族の子息さんが、田舎娘の私に? あはは、御冗談を。そんなこと、あるわけが無いじゃないですか。
そんな返答が脳裏にありありと浮かぶのでした。おそらくは、クライゼさんの脳裏にも同じような光景が浮かんだんじゃないかな? だからこそ、気づくに任せると、そんな対応になったのではないでしょうか。
「あはは! 良いぞ、クライゼ! それでいい! そっちの方が確実に面白いからな!」
で、何故かご満悦のカミールさんでした。いや、別に何故かでもないか。
カミールさんは、娘さんにほの字のあの貴族を、からかって楽しんでいるみたいですので。好意が伝わらずに右往左往する様を長いこと楽しんでやろうとでも思っていらっしゃるのでしょう。うーん、これは納得の嫌われ者ですね。相変わらず良い趣味をしていらっしゃる。
まぁ、今回はカミールさんの趣味を非難出来る立場ではないのですが。ぶっちゃけ、グッジョブですし。あのイケメン貴族が困る様を見るのはね? いいじゃないですか?くくくくく。
ただ、この人は……あの貴族の四男に、別に悪い感情を抱いてはいないみたいなんだよなぁ。
「しかし、ラウ殿はどう思われますかな? まぁ、未来ある、優秀な若者ではありますが。迂遠な物言いでの感想をお願いしますぞ」
ほら、こんなことをおっしゃる。
確かに、大貴族の子息として前途は洋々たるものでしょうし。戦に出られるぐらいの騎手でもあれば、きっと俺の知らない優秀さ……領地の経営だったり、あるいは社交のスキルだったり。そういうのを持ち合わせているのかもしれませんが。
でも、王都のイケメンのボンボンですよ? もうね、イケメンなんてね、その生まれ持った才能に酔ってるに決まってますし。そして。ボンボンでもあれば、寄ってくる人間なんて数しれずでしょうし。
絶対に遊び人ですよ、アレ。純情っぽく見せているのも、遊び人スキルの発露と思って間違いはないでしょう。俺はねぇ、あんなヤツが娘さんにふさわしいとは欠片も思えませんけどねぇ、ふふん。
親父さんは一体どう思っていらっしゃるのでしょうかね?
迂遠なと言われて、あのボンボンが娘さんへ好意を抱いていることを匂わせないようにと言われて。
親父さんは困り顔で応じられます。
「そうですなぁ……まぁ、ほほえましく思いつつも、大貴族の方ですので」
俺は首をかしげざるを得ませんでした。
前半については、残念ながらに予想通りでしたが。少なくとも、あの四男に反感は抱いておられないだろうとは予想出来たため、その通りの結果でしたが。
ただ、後半はなんぞ? 大貴族の方ですので? 金持ちだからムカつくとか、そんなことをおっしゃってくれたら嬉しいような、親父さんのキャラに合わないようなですが、はてさて。
「……確かに、身分の差はかなりのものですなぁ」
ハイゼさんでした。
しみじみとした口調でそうおっしゃってくれて、俺も理解が及んだのでした。
身分違いのうんちゃらってやつですよね?
そう言えば、そうですよね。あのボンボンは大貴族の四男坊。この国において最高ランクの身分にいすわってやがるわけで。
多分、付き合う相手にも相応のものが求められるはずなのだ。その政略とか格式とか、そういう話があって。この茶会にいるような、ガッシャガシャに着飾ったようなご婦人方ぐらいしか、あの男と付き合うことは出来ないはずで。
……そうか。やっぱりそうじゃん。俺は本当納得でした。
あの男、やっぱり遊びで娘さんに声をかけてきましたよね。許されることが無いことが分かっていて。結婚なんて話になったら、そんなの当主から拒否されることが分かっていて……いて……け、結婚? いや、娘さんが結婚?
自分で思って、なんかすんごい怖気がしたのですが。
い、いや無いけどね? 娘さんがあの男と結婚なんて、そんなことがありえなくて……いや、娘さんが結婚すること自体はいいんだよ? いずれはどこそぞの男と、結婚して幸せに……幸せに……
うお。あかん、なんか吐きそう。娘さんの幸せは俺の本望。それが娘さんの幸せであったら、俺は結婚だろうが何だろうか喜んで祝福する。
そのはずだったのです。そのはずだったのですが……う、うーむ。
と、とにかくです! あんの遊び人は、娘さんに本気で恋なんてしていない。そのことは確実になったわけですね、えぇ。
しかし、俺と同じ考えをされている人は、ここにはいるのかいないのか。
カミールさんが楽しげに口を開かれました。
「いや、その点については問題ありますまい」
は? でした。
身分の違いが問題ない? それってどういう意味で?
「あの……さっきから皆さん、一体何の話をされているんですか?」
娘さんが不思議そうに問いかけられますが、ちょっとすいません。今重要なところですから。出来れば、話をさえぎらないで頂けると嬉しいのですが。
カミールさんは、その点俺の意思にバッチリ沿ってくれました。娘さんには気の毒ですが、その疑問の声は完全に無視で続きを口にされました。
「あの貴族のボンボンは、ギュネイ家の子息とは言え四男坊ですからな。さほど政略的な意味で重要視されているわけでもなければ、まだ養子入りも婿入りも決まっていないはずで。ま、多少無理は生じるでしょうが、押し通せないほどの無理では無いかと」
そして、こうおっしゃったわけですが……あまり聞きたく無かったかもしんない。
これ、アレですよね? 大貴族の息子だからといって、同じような貴族と結婚する必要はないってことですよね? その上で、結婚相手も決まっていないし、ラウ家に婿入りすることも可能だって。
……まぁね? 結婚出来ることと、結婚することは違いますし、娘さんにふさわしい人物かどうかはまた別の問題ですし。全然、気になる話ではありませんね。うん、全然。ぜーぜん気になんかなりませんとも! マジで! マジですから!
ほら、親父さんも全然気にしてない感じですし! 相変わらず、苦笑を浮かべてますし!
「しかし……やはり当家は田舎の小領主ですからな」
そしてのこんなお言葉でした。ですよね! あんな王都のボンボンに、あのど田舎での生活が耐えられるはずありませんよね! 田舎ナメんじゃねぇって話ですよね! いや、親父さんはそんな意図があってこの発言をしたわけじゃないかも知れませんが。
でも、大体同じような意見じゃないかな?
大貴族の子弟として得られていたものだが、ラウの屋敷で得られるかどうか。そんなのムリって話にしかなりませんし。
よっぽどの覚悟が必要になるでしょうしね。大貴族の子息だからこそ得られた贅沢な生活も、名誉も、人間関係も。全てをなげうつ覚悟が必要になるでしょうからねぇ。