第24話:俺と、空戦の予感
素晴らしいドラゴンうんぬんは、このための導入だったみたいですね。発言通り、せっかくドラゴンがいるからと持っていきたかったみたいで。
しかし、手合わせかぁ。なんだろう。騎手として良いところを見せたいって感じなのかな? 騎手から好感を稼ぐのなら、騎手としての実力を見せるに限ると。
うーむ。なかなか的を射た作戦だとは思いますが、どうなりますかね?
「えーと、手合わせですか?」
娘さんは困り顔でした。そりゃ、良いですよって気軽に返答出来るお立場じゃないですし。
その前提があった上で、尋ねるべきは当主である親父さんか? それとも、ここはカミールさんのお屋敷で、そのお茶会の場でということで。カミールさんに尋ねるべきなのか? その辺りで悩まれているようですが。
「俺はかまわんぞ。茶会の良い余興になるだろうしな。まぁ、手合わせと言うかだな、鍛錬の範囲でお願いしたいが。ラウ家の当主殿はいかがですかな?」
ニヤニヤしながらにですが、まずカミールさんが反応して頂けまして。尋ねられた親父さんは、どこかほほえましげに頷かれるのでした。
「私はもちろんかまいませんが。未来ある若手騎手同士、こうして懇親を深めるのは良いことかと。しかし、ギュネイ閣下はよろしいので?」
親父さんも、そろそろギュネイ家の騎手の心中については察しておられるのかな? 青春の若者たちをそれこそほほえましげに見守っておられるという感じでした。
で、ギュネイさんも「もちろん」と上品に頷かれて。
これで手合わせということになったようですね。
しかし、うーむ。思わずにやけてしまいそうですね。非常に良い展開ですね。俺としては大変ありがたい流れでした。
だって、娘さんだよ? クライゼさんの薫陶を受けて、空戦の実力は自分とさして変わらないと称された娘さんだよ?
まぁ、手合わせをと言い出すぐらいなので、実力には自信があるのでしょうが。でもねぇ? ふふふん。良いところが見せられると思ったら甘い甘い。そんなの娘さんが許すわけがありませんからね? くっくっく。
ただ、当人はその気でまんまんのようで。貴族の騎手さんは、端正な顔を鋭くひきしめるのでした。
「では、早速。準備をして参ります。失礼」
足取りもまた鋭く。一礼を残して、颯爽と去っていきました。言葉通りドラゴンの準備に行ったんだろうね。
「……やれやれ、息を巻いてまったく」
ギュネイさんは上品に苦笑を浮かべられまして、カミールさんと親父さんに頭を下げられるのでした。
「アルベールにはやや猪突猛進な一面がありまして。息子のわがままを聞き届けて頂きありがとうございます」
その声音には少しばかり申し若なさそうな響きがありましたが、いや、別に良いのではないでしょうか。息子さんの個人的事情って感じはありますが、わがままというほどでは。別に嫌がっている人なんて誰もいなさそうですし。
俺も大歓迎ですが、カミールさんは「いやいや」と楽しそうに首を横に振られて。ハイゼ家主従も興味深げですし。ただ、娘さんは困惑されてますし、アレクシアさんは妙に真剣な表情をされていて、内心がちょっとうかがい知れないところはありますが。
親父さんは楽しそうにしている側でした。
にこやかな笑みでギュネイさんに応じられます。
「いえ、ご子息と娘とのやりとりを、私は楽しく拝見させて頂いておりましたので。お気になさることは無いかと。なんと言いますかこう……父親冥利に尽きるといいましょうか」
やっぱりでした。
やっぱり親父さんは、二人のやりとりをほほえましく思っておられたようで。これも娘さんの成長の証だと、感慨深く思われていたのかもしれませんが……しかしねぇ。問題は相手ですよね。親父さんも、きちんと目を光らせた方が良い気はしますけどね、はい。
ともあれ、ギュネイさんはこの親父さんの返答に好感を持たれたようでした。上品に、そして嬉しげにほほえまれました。
「ラウ殿は武勇もあれば、人柄にも優れたお方のようで。今後時間があればですが、是非当家の屋敷にいらっしゃって下さい。歓迎をさせて頂きたく思います」
「それはまた、ありがたいことでございます。機会がありましたら、是非にうかがわせて頂きます」
「はい、お待ちしております。それでは皆様方、息子に羽目を外さぬよう言い聞かせる必要がありまして。準備の手伝いもあれば、一度この場を外させて頂き思います。それでは失礼を」
これまた、深々と一礼をされてでした。
ギュネイさんを息子さんの後を追って、優雅に立ち去られたのでした。
うーん、本当に貴族らしい貴族って感じの方でしたねぇ。親父さんと娘さんに好感を抱いておられたようですが、カミールさんと同じようにこれから関係が深まっていくのかどうか。素敵な方でしたし、そうなれば良いような気はしますねぇ。
まぁ、俺はそんなことを考えつつも、メインの思考にあったのはあの方の息子さんについてですが。
アルベールとかいう、貴族のボンボンの四男の騎手である。どうやら娘さんにほの字のようですが、手合わせかぁ。くっくっく、どうなるのか見ものですねぇ、えぇ。
娘さんが、空中戦で四男さんをボッコボコにする光景などを思わず想像してしまうのですが。そんなことを考えているのは、俺ぐらいなのかな?
ギュネイさんが去って、まずカミールさんがニヤニヤとして娘さんに声をかけるのでした。
「それで、だ。お前はどう思った? 感想ぐらい聞かせてみせろ」
野次馬根性全開の感じでした。そして、それは親父さんや、ハイゼ主従も変わりはないようで。意味深な笑みを浮かべて娘さんを見つめておりますが、ただ当人は何一つ察するところが無いらしく。
「どう思った? 感想? あのー、何についてかぐらい言って下さりませんと」
不思議そうに尋ね返されるのでした。カミールさんは、途端に白けた表情になりまして。
「とぼけている風でもなければ、本当に何も察していないわけか? はん。つまらんヤツだな、お前は」
「や、やぶから棒になんですか! 人のことをつまらんだなどどおっしゃって!」
娘さんは憤然としておられましたが……うーむ。失礼なことには同意ですけどね。でも、気づいておられないことには正直ビックリですけど。
あからさまというわけではなかったですが、それでも好意ぐらいは伝わっても良さそうなものでしたが。もしかして私のことを……? って、感づいても良さそうなものでしたが。
でも、伝わらないものですねぇ。俺のいた世界だったら、小学生だって分かりそうなものでしたが。まぁ、娘さん、最近まで友達ゼロ人の、ちょっと俺と近似値をとっているような状況でしたし。恋愛経験なんてそりゃないわけで。
「まぁ……サーリャ殿は今まで騎手としてがんばってこられましたからなぁ」
ハイゼさんが苦笑まじりにそうおっしゃるのでした。まぁ、全てはそれですかね。ラウ家の騎手足らんとして、人生のエネルギーと時間を注力して来られた娘さんですから。
自分が男性から好意を寄せられる可能性がある。そんなことにすら思い至っていないような感じでしたが、それも納得ですかねぇ。
「……それにしても、やはり鈍感が過ぎるような気はしますが」
ただ、クライゼさんは呆れた口調でそうおっしゃるのでしたが。