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第23話:俺と、まぁそんな気はしていましたが……

 娘さんを前にしたアルベールさんですが。


「……あー、そのー、えーと……」


 言いたいことはあるのに、なかなか喉から出てこない。そんな様子でした。


 立派な態度とふるまいで、とても成熟して見えるアルベールさんだったのですが、今はもう年相応と言いますか。初々しいって感じですよね。顔を真っ赤にされて、言いよどみ続けて。


「アルベール」


 ギュネイさんからでした。苦笑まじりの声がかかり、アルベールさんは覚悟されたようにツバを飲み込まれ。


「……はじめまして。アルベール・ギュネイと申します」


 喉がひりひりに乾いていそうな声音でした。とっても緊張されているようでしたが、その心中はと言えば……まぁ、そういうことなのでしょうか。


 ただやはり、娘さんは何も気づいておられないようで。あっけらかんとした笑みを返されるのでした。


「お初にお目にかかります。サーリャ・ラウと申します。私も騎手をしておりまして。同年代の騎手の方にお会い出来て、とても嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします」


 娘さんが頭を下げられまして、アルベールさんはあたふたと応じられるのでした。


「え、えぇ! こちらこそ、お願いしたく……その……」


 王都の貴公子が、一転して純朴な青年に変じたような感じでした。言いたいことは一杯あるのに、舌がついてこない。そんな焦りが如実に見てとれます。


 で、その様子は娘さんにはやはり不思議に見えるようでした。わずかに首をかしげられて、何事か口にしたそうなアルベールさんを見守られて。


「サーリャ。この四男坊殿はな、ハーゲンビルにも騎手として参加していたそうだぞ」


 助け舟ということなのでしょうね。カミールさんが、からかい口調でそうおっしゃりまして。


「へぇ、ハーゲンビルにいらっしゃったのですか。でしたら、どこかで顔を会わせていたかもしれませんねぇ」


 娘さんはのほほんとそう反応されましたが。一方で、アルベールさんはと言えば。


「そ、そうなのです!」


 なんかもう、必死の様子で力ある目をして声を上げられたのでした。


「はい! 私もあの場にもおりまして、貴女の姿も拝見させて頂きました!」


 声量のある、前のめりの訴えでして。娘さんは目を白黒させております。


「は、はぁ。そうだったのですか」


「貴女のあの飛行も私は目にしております! カミール閣下を救った、あの飛行です! あの時の貴女は、勇壮でかつ……とても美しかった」


 最後の一言は、非常な覚悟があって口にされたと見えて。


 顔はゆでダコのように真っ赤ですし、動悸がおかしくなっているようで肩は大きく上下していて。


 ……ふーむ。これはアレです。


 もはや、気のせいなんてことはありませんし、かもしれないなんて言う必要もないでしょう。


 カミールさんの思わせぶりな態度はこれだったんですねー、なるほど。


 ともあれ、俺の結論です。


 この若造、娘さんに惚れくさっておる。


 これはね、きっと間違いがないでしょうが、しかし……まぁ、うん。なんだろう、俺のこの妙な胸中は。


 いや、自然な話なのですが。娘さんは非常に魅力的な方でありまして。こういう話が出てくるのは間違いなくあり得ることで、あるいはこの若造に限らずとも、好意を抱いていた人は今までもいたのかもしれませんし。


 今までは、そんな話に全く縁の無い娘さんでしたけどね。いよいよ、そういう時が来たというだけの話であって。好かれもすれば、好くようにもなる。アルバじゃないけど、娘さんにそういう時期が来たとそれだけの話であって。


 ほほえましく見守っていれば、それで良い話なのですが。


 さびしくなるなと思いつつも、いよいよこの時が来たなと思うだけで。娘さんが、人間としての幸せを掴めるように、ドラゴンの立場から祈るだけで良いはずなのですが。


 本当、なんだろうね。


 俺の胸中にあるのは、さびしさばかりでは無い気がして。妙にドロドロとした感情が、胃の辺りで渦巻きうずいているのですが。


 本当、なんだろう。


 さっぱり分かりませんでしたが、まぁ、これは多分アレです。ドラゴンがこんなことを考えるのはおこがましいような気がしますがね。この貴族の若造が娘さんにはふさわしいのか? って、そんなことを考えちゃってるからでしょうね。


 だってさ、貴族のボンボンだよ?


 それも、大貴族のボンボンで、しかもこんなイケメンで。遊び慣れてるに決まってるじゃん? 一途に女の人を好きでいられるような、そんなヤツじゃないに決まってるじゃん?


 もうね、純情ぶってるけどさっぱり信用ならないよね。きっとだけどさ、田舎から来た娘さんをちょっとからかってやろうなんて思ってるんじゃないの? 少し遊んでやろうとか思ってるんじゃないの?


 だとしたら、お気の毒さまでした。


 娘さんはね、貴族のボンボンにどうにか出来るような、そんな容易い方じゃないからね? ふふふふふ。


 貴女はとても美しかった。


 そんなアルベールとかいう貴族のボンボンの発言を受けてでした。


 にわかに理解が及ばなかったようで。娘さんは右に左に真顔で首をかしげられまして。そして「あぁ」とパッと笑みを浮かべられるのでした。


「ありがとうございます。あの時の軌道は、我ながらなかなかのものでして。美しいと言って下さって非常にありがたいです」


 この娘さんの言葉に俺は思わずほくそ笑むのでした。ふふふふ。どうだ? これが娘さんなんだぞ? まぁ、正直俺も驚きましたが。まさか、娘さんがここまで鈍感だったとは。


 もはや、親父さんも気づいておられる感じなのですがね。ほぉ? みたいな感じで娘さんとアルベールとやらのやりとりを眺めておられまして。ただ、当人はうーむ。


 ホントに気づいておられないみたいですね。純粋にニコニコとされていて。これには、さしもの大貴族の四男さんもショックだったようで。


「……え、えー、はい。そ、そのような感じでして」


 見事にうろたえていました。ああ言えば、さすがに伝わるだろうなんて思っていたのかも知れませんが。ふふふ。まったくねぇ? 正直気持ちは分かります。娘さんはけっこう察しが良いはずなんですがね。まさか、こうも鈍感力を発揮されるとはね、はい。


 ともあれ、まぁ、諦めなされ。


 そんなことを俺は思ったのですが、四男さんはまだまだその気はないようで。

 

 目に力を取り戻して、口を開いてきます。


「……素晴らしいドラゴンをお持ちのようですね」


 はてさて、何の意図があってのこの言葉なのか。


 好意を伝えるのは、とりあえず諦めたような感じですが。ドラゴンを褒めることで、自分に良いイメージを持ってもらおうとか、そんなことを思ったのですかね?


 ふふふ。それはね、そんなことをしたところでね? 素晴らしい慧眼だと褒め称えることしか出来ないのですが。


 娘さんにとってはドラゴンは特別ですからねぇ。娘さんは屈託のない嬉しそうな笑みを浮かべられました。


「ありがとうございます。ですが、私にとっては特別ですが、ギュネイ家の方にとってはどうでしょう? それこそ、素晴らしいドラゴンをお持ちかと思われますが」


 ただ手放しでという様子ではなかったようで。お世辞でも嬉しいですって感じですかね? 


 まぁ、大貴族らしいギュネイ家の四男さんですからねぇ。とんでもなく優秀なドラゴンを所有しているだろうことは、想像に難くなく。そりゃ、お世辞としか受け取れませよね。


 しかく、くくくく。これは、好感度の上がり幅は大したことは無さそうで。ざまぁみろとか思ってしまいましたが、あら? 四男さんは別に好感度を稼ごうとは思っていなかったのかな?


 落胆したような様子は欠片も無く。四男さんは引き続き力強い目をして、これまた力強く頷きを見せられるのでした。


「はい。当家にも良いドラゴンはいまして。そしてですが、当家の屋敷はここからほど近いところにあります。ですので……せっかくですから。一度、手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ……ほぉ? なかなか意外なことをおっしゃりますね、このお貴族様は。


 

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