第19話:俺と、鋭い人はぶっちゃけ怖い
娘さんも、これにはご立腹の様子でした。
「え、えぇ? な、なんかあるんじゃないんですかっ!? なんかこう、父祖のためにお前にもがんばれよとかっ!!」
気構えていた分、肩透かしがひどかったようで。目尻をとがらせて不満の声をぶつけられるのでした。
「お、おい! お前は閣下に対してなんと失礼な……」
あー、こんなやりとりを目の当たりにされるのは初めてでしたもんね。無礼だと慌てて制止される親父さんでしたが、まぁ、大丈夫ではないのでしょうか。
カミールさんはまったく屁の河童でした。いつも通りではありますが、娘さんの怒気に対して、反発を覚えられるわけでもなく。ただ、人をバカにしているように見える笑みを、よりそれっぽく深められておられるのですが。
「まぁ、そういうことを言ってやろうと思いはしたが。だが、お前なんぞに誇りだなんだの話は早いだろうしな。言わずにすませることにしたわけだ」
「な、なんで言わなかったんですかっ! 私にだって分かりますから、その誇りだとか何だとかっ!」
「はん。お前なんぞに分かってたまるか。俺がそんなものを意識しだしたのは四十を過ぎて当主についてからだったからな。お前にはまだまだ早かろう」
「閣下とは一緒にしないで下さいっ! 私はもう十になった頃には分かってましたからっ! ちゃんとそういうことは分かりますからっ!」
うーむ、見ていて毎度思いますけどね。なんか仲の良いおじさんと姪っ子のやりとりを見ているみたいですねぇ。なんともほほえましい気分にさせられますが……しかしこれ、軍神と呼ばれる大貴族の当主と、地方の小領主の娘とのやりとりなんですよね。親父さんが、あたふたとされるのも納得の話でして。
「これは……大丈夫なのでしょうかな?」
ひそりとして親父さんがアレクシアさんに尋ねられます。リャナスの一門ということで、尋ねるには適任と思われたようですが。
尋ねられた当人は、苦笑を浮かべて頷かれるのでした。
「おそらくは。こういうものらしいので」
娘さんとカミールさんとのやりとりを、一番眺めてきたのはこの俺だとは思いますが。本当にねぇ、こういうものなんですよね。何故か、いつもこんな感じで。地位に差もあれば、父娘ほどに年の離れた二人なんですけどねぇ。不思議な相性の良さがありますよね、はい。
「まぁ、とにかくだ。お前は若いのだ。せっかく王都に来たのだから、色々考えずに適当に遊べばよかろう」
これが結論だとでも言うように、カミールさんはそんなことをおっしゃるのでした。そしてこれは、娘さんも考えていたことなので。
「えー、はい。せっかく王都に招いて頂いたのですから、王都についての見聞は広めるつもりです。もちろん、ラウ家として式典に出席することが第一ですが」
ラウ家では、観光が第一だったような気がしますが、まぁ、カミールさんへの反発があったからでしょうね。優等生的な発言へとなったのでした。
で、カミールさんは「そうするがいい」と頷いて、一同をぐるりと見渡すのでした。
「これで、全員への挨拶はすませたな? ……いや、一人もとい一体か。忘れていたな」
んー? 妙なセリフが耳に届いたような気がするのですが。一人もとい一体。俺がたびたび使うような言い回しですが、んん? どなたかへの挨拶を忘れておられたようですが……それってまさか?
カミールさんはぴたりと俺の顔に視線を向けてこられまして。そのまま無造作に片手を上げられるのでした。
「よぉ」
よ、よぉ。思わず胸中で返してしまいましたが、えーと? 挨拶の相手って、もしかして俺なので?
「ノーラに挨拶ですか?」
娘さんが尋ねかけて、カミールさんはすかさず頷かれました。
「そういうことだ。空の英雄だからな。一応挨拶しておこうと思ってな」
あぁ、はい、そういうことで。俺は納得でした。以前に娘さんが紹介して下さったこともあり、カミールさんは俺の名前を覚えて下さっているので。
その縁もあってのご挨拶ということらしく、俺としても嬉しいことでした。ただ、正直びっくりしたなぁ。まるで人間に対して行うような自然体の挨拶で。娘さんやアレクシアさんが、俺に挨拶をして下さる時とまったく同じような感じで。
まぁね? カミールさんはもちろん俺が言葉を理解することも、文字を操れることもご存知ないのですが……しかし、なんぞ? カミールさんは、不愉快そうではないのですが眉間にシワを寄せた表情をされているのですが。
「あのー、どうされました?」
娘さんが不思議そうに尋ねられまして。カミールさんは腕組みで「うーむ」とうなられるのでした。
「……変なドラゴンだとは思っていたがな。先の戦での活躍もそうだ。黒竜討伐では、素人のアレクシアを乗せての活躍もあったそうだったな。そして、お前だ。お前がコイツに向ける信頼が、ドラゴンに向けるものとしては少しばかり異常に思えて仕方がない」
ひっじょーに意味深なカミールさんの独白でした。何を言われたいのでしょうかね? なんて、とぼけるのも馬鹿らしいぐらい、分かりやすい意味深さではありましたが。
これ、バレかけてない? 俺が妙ちくりんなドラゴンだって、カミールさんにバレかけてない?
冷や汗がぶわっとでした。これは秘密なのです。俺が変なドラゴンだとバレると、俺を欲しいなんて言い出す人が現れるかもしれませんので。例え触れ合える機会がこれから少なくなるとしても、俺はこれからも娘さんと一緒にいたいですし。
なんとか、この秘密は守らなければいけませんが……ありがたいことにでした。俺のこの思いは娘さんも共有して下さっていまして。
「……あ、あははは? まぁ、この子は私が生まれた時から世話をしてきて、共に戦ってきたドラゴンですから。それはもちろん、信頼もしておりますとも」
ちょっと態度が怪しかったですが、娘さん、ナーイスです、ナーイス。実にそれっぽかったです。それに、先の戦の件と、アレクシアさんを乗せて戦ったことについて、さりげなく触れなかったこともグッドでした。さすがは娘さん。頭の働きも人並みではないのですね。本当、さすがです。さすが! すごい!
ただ、でした。
カミールさんはいぶかしげな表情をまったく崩されてはおられず。
「それはそうとして、だ。さっきのを見たか? 俺が挨拶をしたらな、アイツ間違いなく戸惑っていたぞ? あれがドラゴンに出来る態度か? お前、俺に何か隠してやしないか? あぁ?」
そして、俺はアホだったようでした。あかん。娘さんが賢くても、俺があかん。くっそ分かりやすかったようで。くっそ分かりやすく、妙な表情をしてしまったようで。
気がつけば、アレクシアさんにクライゼさんも妙な表情をされているのでした。俺の正体が分かっていて、娘さんの意向を尊重されているお二人ですよね。嫌な雰囲気に、どうにも落ち着きを失われているようで。
一方で、事情を知らない親父さんは何ごとかと首をかしげられていて、ハイゼさんは何を考えておられるのかさっぱり分からない笑みでしたが……とにもかくにも。
もはや頼みの綱は娘さんでした。
この方も隠し事が得意な方ではないので、すでに冷や汗を浮かべられたりしていますが。頼みますっ! 今後の幸せのためにも、なんとかここは誤魔化しきって下さいませっ!
「……はは。隠し事なんて、まさかまさか。ノーラは賢い子ですから。もしかしたら、閣下のお言葉に何か感じるものがあったのかもですね? 私も気になります。どうなのでしょうか?」
この子、ここまで賢かったのか。
ちょっとびっくりするぐらいの見事な返答でした。否定するのではなく、あえてカミールさん側の立場に立つそぶりを見せられて。
隠し事をしているようには思えない、見事なふるまいでした。いや、態度では全く隠せていないのですが。娘さんもまた、冷や汗ダラダラでしたが。でも、これは勝ったのでは? カミールさんは眉間のシワを深くしながらでしたが。
「……いつか腹を割らせてやるからな。覚えていろよ」
見事でした。娘さんは見事カミールさんに捨て台詞を吐かせることに成功したのでした。
マジでグッジョブでございます。
今はもちろんお伝えすることは出来ませんが。伝えられるタイミングがあれば、絶賛させて頂きませんとね、えぇ。
「……まぁ、ともかくだな。もう良い時間だからな。中に入って、飯でもかっこんでくるといい。マルバス」
家宰という立場もあってでしょうか。会話を邪魔しないようにとのことなのか、彫像のようにひっそりとたたずんでおられたマルバスさんでしたが。カミールさんの言葉を受けて、そそくさと動き出されるのでした。
「では、屋敷の方へと案内させて頂きましょう。こちらへどうぞ」
緊張の時間は終わって、やすらぎの時間が訪れることになりそうで。俺もね、ちょっと休憩しつつ、でも一人反省会かなぁ。
アレクシアさんの時もそうでしたが、分かる人にはわかるっぽいですしね。俺がどこかおかしいドラゴンだということは。
ドラゴンは人の言葉を理解するはずがない。そんな常識に守られて今までは助かってきましたが、今のカミールさんの例もありますし。常識を超えて疑ってくる人は、必ずいらっしゃるわけで。
ウカツな行動はひかえませんとね。今まで以上に神経を尖らせなければと、俺は思う次第なのでありました。
まぁ、とにかく反省はご飯の後でいいですかね。もちろん俺たちと娘さんたちとは別のご飯ですが。カミールさんのお屋敷のご飯かぁ。一体何が出るんでしょうかね? 後で絶対に聞かせて頂きましょうかね。
とにかく、マルバスさんの先導で一団が動き出します。
娘さんもカミールさんの屋敷に入っての昼食ということで、かなりわくわくされたご様子だったのですが……その楽しげな様子は不意の呼びかけによって中断されました。
「……失礼。ラウ家とハイゼ家の方々とお見受けしましたが」
不意にでした。
艶っぽい非常にダンディーな声音が俺たちに届いたのでした。