第18話:俺と、親父さんとカミールさん
いつも一言多めのこの人ですが、今日もまたそんな感じでしたねぇ。ハイゼさんがまず、苦笑で頭を下げられるのでした。
「いやはや、その件についてはまことに申し訳ないことでしたが、今後の王国への働きをもってお許し願いたく思います。ハイゼでございます。再びお会いできたことは、私にとってこの上のない喜びでございます」
「まぁ、先日会ったばかりだがな。ともあれ、よくいらっしゃったハイゼ殿。そして、クライゼ。不満だろうとは思ったが、やはり不満な顔をしているな、お前は」
クライゼさんの胸中については、十分に察しておられたらしいカミールさんでした。からかうような口調で、クライゼさんの表情を指摘されまして。うーむ。この人らしいのは間違いないですが、性格が良さそうな感じはまったしませんよねー。
多分もう慣れっこでしょうから、そこには諦めしかないようで。クライゼさんはため息を一つついて頭を下げられました。
「はぁ。再びお会い出来て嬉しく思います、閣下。ただです。やはり王都のにぎわいは、私の肌には合うことは無さそうですが」
「ふむ、だろうな。だが、許せよ。弟子を呼ぼうと思えば、師匠たるお前を呼ばないわけにはいかんのでな。諦めて王都で過ごしてくれ」
ふーむ。色々な配慮があってのクライゼさんの招待であったようでして。クライゼさんが招待されないのならば、何で自分が出られますか。そう娘さんがおっしゃる可能性もあったわけで。あるいは……まぁ、無いとは思いますけど、弟子が呼ばれたのに何で自分が呼ばれたのかって、クライゼさんが思われる可能性もありますし。
とにかく、配慮としては素晴らしいものじゃないのかな? これにはクライゼさんも、ため息を吐きつつも理解を示されるしかなかったようでした。
「不要な配慮だとは思いますが……まぁ、仕方ないでしょうな。王都にて、出来るだけ静かに過ごさせて頂こうかと思っております」
「そうしてくれ。アルヴィル王国を代表する騎手の精鋭が、どれほど王都で静かに過ごせるのか。そこは非常に楽しみなところだがな」
クライゼさんは目に見えて嫌そうな顔をされたのですが、うーむ、なるほど。クライゼさんの嫌う王都のにぎやかさには、こういう側面もありそうですね。
名うての騎手であるクライゼさんですからね。色々な声がかかることは間違いなく、静かな場所になんていられることは無いのでしょうね目立ちだかりな方だったら望ましい状況なんでしょうが……まぁ、お気の毒にと同情を示すしかないですよねぇ。
カミールさんは、クライゼさんに次いでアレクシアさんに目を向けるのでした。
「で、お前も来ていたのか。せっかくラウ家で安穏と過ごせていただろうに。王都が恋しくでもなったか?」
カミールさんに尊敬の念を抱いておられるアレクシアさんですので。表情をこわばらせながらに、緊張の声で応じられるのでした。
「い、いえ! 王都を恋しくなったわけではないのですが……サーリャ殿が招待されたとのことで。王都での生活の助けに少しでもなることが出来たらと思い、同行した次第でございます」
「そうか。仲が良くてけっこうなことだな。お前の方が王都に慣れていることに疑いの余地は無いだろう。せいぜい力になってやるといい。ただ、一応はな、実家に挨拶だけはしておけよ。それがお前のためになるだろうさ」
後半部分は一門の長としての、または親戚の年長者としての助言といった感じでした。アレクシアさんは力強く頷きを見せられます。
「は、はい! ご助言感謝いたします。ハイゼ殿からも同じ助言を頂いておりまして。是非、その通りにさせて頂きます」
「ふむ、まぁ、がんばるがいい」
そして、カミールさんは親父さんへと顔を向けられたのですが……む、むむ? なんか、妙な違和感があるのですが。カミールさんの表情です。そこには、この人にはまったく似つかわしくのない人当たりの良い笑顔がありまして。
「よくぞ、いらっしゃった。カミール・リャナスと申します。先日は会う機会に恵まれることはありませんでしたからな。こうしてお会い出来たことを非常に嬉しく思います」
なんて言いますか、今までの態度が嘘のように丁寧な挨拶でした。娘さんは思わずと言った様子で「私の時と違う……」なんて呟いていますが、うーむ。確かに、全然違いますね。一介の騎手に対する初対面の挨拶と、小なりと言えども領主への挨拶は違って当然のような気はしますけれど。それにしても、この方の挨拶にしては丁寧すぎる感じは否めないような。
ただ、親父さんはカミールさんとは初対面ですので。違和感を覚えることなど無いようで、丁寧な挨拶に好意的な笑みと言葉を返されるのでした。
「ご丁寧にありがとうございます、私はヒース・ラウと申します。ハルベイユ候領がラウの領主をしております。軍神に拝謁が叶ったことは、私にとって無上の喜びでございます」
この返礼に対して、カミールさんは穏やかな笑みを深められまして。
「こちらこそ、貴方には一度お会いしたかった。私が軍神と称されるなら、貴方はさしずめ剣神ならぬ戦神か。是非一度、武辺話のほどをお願いしたいものですな」
ん? って、俺は思いましたけどね。
なんか、ごっついワードが上がっていたような気がしますが。軍神が、剣神とか戦神だとか。しかも、それはどう考えても親父さんのことを示しているようで。
アレクシアさんなども戸惑いを覚えておられるようでしたが、やはり誰よりも娘さんでした。
「……カミール閣下。もしかして、当主をどなたかと勘違いされていませんか?」
ストレートに人違い説をぶつけるのでした。親父さんに対して失礼な物言いのような気はしますが……ねぇ?
まさかね? 人違いな気はしますけど。俺の中での親父さんは、いつも穏やかで優しい、娘さんの素晴らしいお父さんってイメージでして。
そんな剣神だとか軍神だとか、血なまぐさいイメージとはちょっとかけ離れていて。まぁ、アルバが黒竜だとして使者の集団が来た時には、ちょっと物騒な一面を見せられましたが……でも、ねぇ? ねぇ?
とにかく、娘さんの疑問の声は、俺には非常に納得のものでした。
ただ、カミールさんにとっては、その疑問はおかしなものにしか聞こえなかったようで。
「なんだ、その奇妙な指摘は? まさかだが、お前は知らんのか?」
心底不思議そうにそうおっしゃられたのですが……知らんのかって、一体何をでしょうかね?
俺の困惑は、娘さんの困惑でもあるようで。いぶかしげに親父さんを見つめられるのでした。
カミールさんの口ぶりから察するに、親父さんには剣神やら戦神と呼ばれるに足りる経歴があるようですが……
「気にするな。私の話など、この場にはふさわしいものではない」
ただ、親父さんは真顔でそうおっしゃるのでした。本当どうでも良いからって感じでしたが、しかし否定はされませんでしたね。
真相のほどが気になるところではありますが、親父さんは心底この話題はどうでも良いと思っておられるらしく。カミールさんに満面の笑みを向けられるのでした。
「ラウ家の者が式典にて騎手としての栄誉をたまわる。これが私の悲願でありました。もちろんこれは閣下の預かり知らぬところでしょうが、私にとって閣下は当家にとっての大恩人であります。あらためてですが、招待頂き御礼申し上げます」
深々として、親父さんは再び頭を下げられるのでした。
親父さんに気を取られていたような娘さんでしたが、父にして当主が心から頭を下げられていますので。慌てて、頭を下げられるのでした。
主従父娘に頭を下げられてでした。カミールさんは苦笑を浮かべて、頭を上げるように促されます。
「頭を上げて頂ければ。いや、頭を下げる必要など無いと伝えさせて頂くべきか。式典に参加出来る騎手は、私の一存でどうこう出来るものではありませんからな」
「しかし、閣下の便宜がなければ、国人領主の騎手の小娘がこの名誉に預かることはなかった。そう私は理解しておりますが」
「ふーむ、それはまったくの勘違いですな。確かに私は推薦はさせて頂きましたが、それはサーリャ・ラウのハーゲンビルでの活躍があればこそのこと。この名誉は、ラウ家の騎手が、そしてラウ家が掴み取ったものとご理解されるべきかと」
親父さんは、娘さんが式典に参加されることを喜ばれていましたけど、この言葉もね。ラウ家が掴み取ったってのが良いよね。親父さんを喜ばせるには十分だったんじゃないかな?
親父さんは頭を上げられましたが、その青い瞳はわずかにうるんで揺れているようでした。
「……これで私も、父祖に恥ずかしくない働きが出来たと誇ることが出来るような気がいたします。まことにありがとうございます」
「何をおっしゃるのやらですな。貴殿の名誉は、決して父祖に劣るものではないでしょうに。ともあれ、騎手の古豪、ラウ家の復権を示すには良い機会かもしれませんな。是非、楽しんて頂ければ」
「は。そう心得たいと思います」
これで、親父さんとのやりとりは終わったらしい。
カミールさんは表情に皮肉な笑みを戻して、娘さんを見下ろすのでした。
「そして、お前だな。今回の式典の、俺にとっての主賓が到着されたわけだ」
カミールさんはいつも通りでしたが、娘さんは緊張の面持ちでした。そりゃあね、流れがこれですし。親父さんとカミールさんとの、真剣極まるやりとりがあった後なので。
次の自分にはどんなやりとりが待っているのだろうか。そんな胸中で、カミールさんの言葉を待ち受けられていることでしょう。
カミールさんが見つめられる中、娘さんは固唾を呑んで声をかけられることを待たれて。そして、
「……特に、言うべきことが見つからんな」
こう真顔でカミールさんでした。
……えぇ? いや、なんかこう……あるんじゃないかね? こう雰囲気的に。