第17話:俺と、ハルベイユ候
カミールさんに関するアレコレを聞きまして。
ですが、それはともかくということで、俺たちはハルベイユ候の元へと向かっているのですが。
……うーむ。居心地がすげぇ悪い。
カミールさんが仕方なく催したらしいお茶会なのですが、さすがは大貴族のお茶会でして。人間がね、めっちゃ豪華な感じがしますね。
マルバスさんがちょろっと話してくれたのですが、たまのお茶会ということなので。リャナス家と付き合いのある貴族はもれなく招待されているらしいのですが、リャナス家と付き合いがあるということは大貴族が多数含まれているだろうことは想像に難しくなく。ハルベイユ候なんかも、その内の一人で間違いないでしょうし。
とにかくハイソサエティーな感じがすごいのです。そして、俺たち一行との格差のすごさがね。アレクシアさんも含めて、皆気軽な旅装束なので。
本当、場違い感がやばい。田舎の旅人が迷い込んでしまった感じ。で、貴族の方々からしても、俺たち一行への異物感はなかなかのようで。めちゃくちゃ奇異の視線を投げかけられます。こんな場所に、田舎者どもがドラゴンを連れてなんぞ? って感じなんだろうけど。
ただ、その辺りに関する居心地の悪さは、娘さんには無いようでした。代わりの思いで、頭が一杯のようで。
「……ハルベイユ候かぁ。どうなるかなぁ」
不安そうに眉尻を下げられているのでしたが、まぁ、そうなりますよね。ただの挨拶なんだろうけど、雰囲気良くなんて予感はまったく出来ないですからねー。
なんせ、相手はハルベイユ候ということで。
ハルベイユ候。ハルベイユ候領を統治する大身の貴族。ハルベイユ候領に領地を持つ、親父さんやハイゼさんの直接の上司に当たるような存在であります。ただ、良い上司感は今のところ全然無くってですね。俺を強奪しようとして来たり、またその失敗への復讐なのか、黒竜の時は冤罪を押し付けようとして来たり……うん。あまりって言うか、ヤバい上司感がすごいですよね、えぇ。
「確かに。妙なことを言われないとよいが」
これは親父さんでした。こちらも父娘そろってとなる不安顔でして。
その不安の声には、納得しかありませんでした。今までのことがありますので。それこそ、妙な嫌がらせだったりを受けやしないかって、不安になりますよね。やっぱり、俺とかラナとかアルバとか。欲しくなったからもらうから、いいよね? とか。無いとは言い切れないからなぁ。
ただでした。ラウ家父娘の不安の声を、ハイゼさんは盛大に笑い飛ばすのでした。
「はっはっは! まぁ、気持ちは分かりますがな。それは少し心配のしすぎでしょうに」
ラウ家の事情を重々承知の上で、ハルベイユ候とも親身にされているハイゼさんの言葉ですから。信頼性はかなりのものだと思われますが、今までがねぇ? ちょっと安心するのは難しくて、それは娘さんも同じのようで。
「そうはおっしゃいますが……もしもということがあるのでは? ラウ家とハルベイユ候の間柄ですから」
そう心配を訴えられたのですが、ハイゼさんは変わらずの陽気な笑みでした。
「いえいえ、大丈夫でしょうとも。そろそろですな、あの方の熱も冷めてきた頃でしょうから」
「へ? 熱ですか? ……飽きてきたということで?」
俺にも、そう聞こえましたが。
確かに、俺を要求してきたのが去年のこと。そろそろ飽きると言いますか、忘れてくれても良いような気はしますが……それははたして、確かな話なのかどうなのか。
娘さんは変わらず不安そうな顔をされていまして。ハイゼさんは安心させるように笑いかけられるのでした。
「そう心配されずとも大丈夫でしょう。今のあの方に、執着に年を越させることが出来るほどの熱量はありますまい。ですな、ラウ殿?」
不意に名前を呼ばれた親父さんでした。にわかに首をかしげたりされましたが、次いで小さく頷かれるのでした。
「確かに、そうかもしれませんな」
何やら、この二人には共通の見解があるようですが。それについて、娘さんが問うような時間は無く。
ハルベイユ候との対面となったようでした。
「こちらです」
マルバスさんが手のひらで指し示されます。
去年の秋ぶりになるのかな? 久しぶりにお会いすることになったハルベイユ候ですが……失礼だけど、やっぱりしなびたおじいちゃんって感じだなぁ。
髪もヒゲも真っ白の、よぼよぼのおじいちゃんと言った感じで。豪奢な衣装を着込んでいるのですが、それが威厳につながるという感じもなく。本当に着せられているといった様子で、ともすれば老人をかたどったバランスの悪い人形のようにも見えるような。
あちらはこちらには気づいていないようでした。
ハイゼさんが率先して、朗らかな声を上げられます。
「閣下っ! 私です、ハイゼでございますっ! いやぁ、お久しぶりでっ!」
ハイゼさんらしいと言いますか、多少のところ演技の入ったような親愛の表現でした。
ただ、ハルベイユ候はにわかには反応を見せませんでした。
手にはカップを持っているのですが。物思いにでもふけるようにボケっとそれに視線を落としていまして。家臣であろう取り巻きの方々に耳打ちされて、ようやく気づいたようでした。
「……おぉ、ハイゼか。よく来たな」
力なくハイゼさんを見つめますが、な、なんか死期を察してしまうような力の無さなのですが……この人、本当に大丈夫なの? いや、ハイゼさんはそのまま笑顔ですので、きっと大丈夫だとは思うのですが。
「は、閣下がこちらにいらっしゃると聞き及びまして、こうして挨拶に参上つかまつりました。ラウ家の者たちもですな、こうして挨拶に参上しております」
そして、早速でした。
ラウ家の面々と、ハルベイユ候の対面ということで。
「お久しぶりです。ヒース・ラウでございます。王都への招待への儀、また日々の格別のご厚遇に感謝すべく、お目通りを願った次第でございます」
大丈夫だろうと、ハイゼさんに同調されていた親父さんではありますが、表情のぎこちなさはぬぐえない感じでした。
娘さんは言うに及ばず。緊張はもちろんのこと、表情に警戒の色を浮かべながらに頭を下げておられます。
因縁の相手といって、何の間違いも無いですからね。俺もまた、警戒の思いでハルベイユ候を見つめます。
「……そうか、大義だった」
で、返ってきたのがコレでした。
ハルベイユ候はそれだけを言って、親父さんたちに興味を失ったらしく。ハイゼさんへと視線を戻します。
「招待しろと言ってきたのはリャナス殿だったが。そちらに挨拶はすませたのか?」
「いえ、まだでございますが」
「そうか。私が先か。殊勝なことだ。リャナス殿こそ、お前たちの挨拶を待っているだろう。さっさと行ってやるがいい」
「は、承知いたしました」
「ふむ、ではな」
ハルベイユ候は再びカップに視線を落とすのでした。ハイゼさんからも興味を失ったようで、ただただボケっと立ち尽くしています。
「では、ラウ殿。行きましょうか」
ハイゼさんの先導によって、俺たちはハルベイユ候から離れることになりましたが……なんか、狐につままれたような気分でした。
あの人、俺たちに思うところのある人なんじゃなかったでしたっけ?
取り巻きの人々からは、悪意ないし敵意のようなものがうかがえたのですが……当の本人は、心底無関心といった感じで。
「ま、案の定でしたな」
十分に距離を取った上ででした。ハイゼさんは笑ってそう言って、親父さんもクライゼさんも頷いておられまして。マルバスさんも訳知り顔でしたが、俺は本当に首をかしげるしかなく。
アレクシアさんも困惑されておられるようで、誰よりも娘さんでした。不思議の思いで胸が一杯のようで。
「……あれはどういうことなんでしょうか?」
率直にハイゼさんに疑問の声をぶつけるのでした。
ハイゼさんは引き続きの笑みで答えられます。
「先ほど言った通りですな。今のあの方に、執着を維持するような熱量は無いということで」
「ノーラが欲しいと言ってきて、それが失敗して……けっこう恨まれていると思っていたのですが。もう忘れてしまったと?」
「そういうことですなぁ。いや、忘れたわけではないのでしょうが。覚えていても、その恨みのために動くほどの元気が無いということで」
確かに、元気一杯の真逆と言いますか、老後の最終盤にさしかかっているような雰囲気がありましたが。
ここでマルバスさんでした。どこかなつかしげな顔をされて、しみじみと口を開かれます。
「本当に変わられました。昔のあの方は、執着もあれば活力も人一倍のお方でしたが」
親父さんが苦笑を浮かべながらに頷かれます。
「左様でしたな。あの方は、なんとも執着も活力もあり……多少、厄介な方でしたが。それこそ蛇のような」
へ、蛇のようなですか。少しなつかしいフレーズですね。親父さんがハイゼさんに似たようなことを言っていましたが。
しかし、ニュアンスはちょっと違うような気がしますね。ハイゼさんは蛇のようであり蜘蛛のようなと言いますか。知略をもって、相手を追い詰めるようなイメージなのですが。
一方で、ハルベイユ候の蛇のようなは、ハイゼさんとはまた違うイメージを受けます。
もっとねっとりとしてドロっとしている感じで。豊富なバイタリティーをもって、どこまでもしつこく相手を追い詰めていく。そんなイメージが俺には浮かんできますが。
ハルベイユ候、そんな人だったんですかね? それはまた厄介極まりない感じですが、今のあの方からはそこまでの印象は受けませんが。
「そんな元気な方だったのですか?」
娘さんの疑問の声に、ハイゼさんはどこか遠い目をされて答えられます。
「うむ、そんな方でしたな。ただ、ご嫡男を亡くされてからは、そのような元気を失われましたが」
ご嫡男。跡取りの息子さんを亡くされたということですか。それは……俺には察するしかありませんが、がっくりと来られても仕方がないような気がしますね。
「まぁ、あの方はともかくですな。今はカミール閣下と言うことで。マルバス殿、案内の方をお願いします」
ハイゼさんがそうおっしゃって、マルバスさんは頷きと共に歩き始められたのですが。娘さんは、ハルベイユ候を振り返っていたようでした。まぁ、こんな話を聞かされますとね。同情も少しは覚えてしまうことでしょうね。
ハルベイユ候は変わらずボーっと地面を見下ろしていました。その姿も、今では少しばかり寂しげに見えるような気がしますが……
今はカミールさんですよね。マルバスさんの先導の下、俺たちはカミールさんの元へ歩みを進めます。
この方は、ハルベイユ候のようなことはありませんでした。
活力たっぷりといった感じではありませんが、ボーっと人前で物思いにふけるような方ではありえなくて。
「おぉ、来たか。意外と早かったな」
あちらから、俺たちの接近に気づいてくれたのでした。
豪奢な服に身を包みながらも、それには決して負けない存在感を持った方でした。
もちろんのことカミールさんでした。いつもの皮肉な笑みを浮かべながらに、俺たちを迎えてくれました。
このお茶会の主催者ということで、数多の貴族に囲まれていたのですが、その方たちには申し訳ないがと人払いをして下さって。
「しかしまぁ、大所帯だな。それでここまでやって来たのか? やれやれだな。さぞかし迷惑だったろうに。しっかりと謝罪の方はすませてきたのか? ん?」
で、早速のこんなお言葉で。
家臣である家宰さんをして、少し抑えて欲しいと口にさせた例の態度でして。マルバスさんの苦笑が、なんとも印象深く映りますねぇ、はい。