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第16話:俺と、王都のリャナス家

 マルバスさんは不思議そうに、娘さんの呟きに応じられました。


「はい。本物と言いますか、これが平均的な貴族の茶会かと思われますが?」


「そ、そうなのですね。いや、私はてっきりですが、もっとやかましいと言いますか、貴族の奥様方が集まって、男がどうのこうのと話しあっているのかと思っておりましたので」


 あー、はい。なるほどでした。娘さんの頭にあったのは、ラウ家周辺における茶会、もっと言えば婦人会だったようなのでした。


「サーリャさん。そんなわけが無いでしょう。なんでそんな会に、カミール閣下やハルベイユ候が出席なさるのですか」


 アレクシアさんが呆れたように口を出されまして、娘さんは「なるほど」と頷かれました。


「そうですね、そりゃそうですよね。しかし……優雅ですねぇ。正直、カミール閣下っぽくは無いですけれど」


 ちょっとばっかし失礼な物言いな気はしましたが、まぁ、確かに。眼前に広がるのは、まさに貴族のお茶会でして。優雅に広がる香りも、上品な気取ったような笑い声も、カミールさんのイメージにそぐわないような気はしますね。ここからはカミールさんの姿は見えませんが、にこやかにお茶と談笑を楽しんでいる姿なんて想像も出来ないですし。


 この方も同感なのでしょうか。マルバスさんは、どこか面白げに目を見張られるのでした。


「ほぉ? 当主の人柄を良くご存知のようで。実際のところ、当主はあまりこのようなお茶会は好いておりません。ご明察でございます」


「へぇ、やはりと言いますか、そうなのですか。しかし、ならば何故このようなお茶会を催されているのでしょうか? 大貴族には、このような茶会を開く義務があったりするので?」


 不思議そうな娘さんでした。義務でも無ければ、カミールさんがこんな会を開くはずも無いと、そんな胸中のようですが。


 あくまで俺のイメージですが、大貴族って色々としきたりとかありそうですからね。娘さんの言うことは大いにあり得ると俺は思うのですが、はてさて、実際のところはどうなのか。マルバスさんは苦笑を浮かべて首を横に振られました。


「そういうわけではありませんが……まぁ、義務に似たところはあるかもしれません。大貴族ともなれば、茶会を開いて中小貴族の人脈作りに貢献すべき。または、婦女子の楽しめる場を設けるべき。そんな風潮は確かにありまして。閣下は、ほとんど王都にはおられませんので。たまにいる時ぐらいには開くべきという無言の圧力もあり、まぁ、風評を気にした結果でございますが。このような光景になるわけでして」


 やはりの範疇でしょうか。大貴族って、やっぱり大変なんですねぇ。金持ちであると同時に、何かしら背負ったり求められたりするものがあるようで。しかし、それでもカミールさんらしくはないような気はしますけどね。風聞を気にしてなんて、カミールさんがそんないまさら……って、ダメか。よく考えたら、カミールさん一人の問題では無いですし。カミールさんはリャナス家の当主であって、カミールさんへの評価は一門の人たちの評価につながっていくのであって。


 家臣の人たちのことを考えたら、やっぱ風聞は気にしないとですよね。うーむ、やっぱりねぇ。上に立つってのは、なかなか大変なんでしょうね。俺はまったく実感したことはありませんが、きっとそうなのでしょう。


 で、娘さんはと言えば、ラウ家の当主の娘であり、このまま行けば次期当主になられる方ですので。マルバスさんのこの話は、俺などよりはるかに腑に落ちるところがあったのでしょう。頷きながらに同情を示されたのでした。


「なるほど……さすがは大貴族のお方と言いますか。閣下も相当大変なのですね」


「ははは。まぁ、大貴族相応にと申しますか。実際のところ、戦場よりもよほど苦労されておられます」


「あー、そうなのですか。閣下の苦悶の表情が目に浮かぶようですが……しかし、閣下は普段は王都におられないのですか? そこが不思議に思われましたが」


 妙なことを口にされたなというのが俺の正直な感想でしたが。カミールさんは大貴族らしいので。当然、広大な領土もお持ちのはずで、そちらに住まわれて経営に当たられていたとしても何もおかしくない気はするのですが。


 ただ、これはこの世界の貴族に理解の無い俺らしい感想だったらしく。


「左様でございますね。本来であれば、リャナス家ほどの大貴族の当主でありますので。王家に滞在し、陛下の政務を助け、あるいは相談に預かるものなのでしょうが」


 マルバスさんは、これまた苦笑でこうおっしゃられるのでした。ふーむ、そうなのですか。大貴族ともなれば、王家には滞在するのがむしろ当然のようで。


 それなのに、カミールさんは王都にはほとんどいらっしゃらない。マルバスさんは苦笑を浮かべておられますが、あまり良くない理由があっての行動っぽい感じがするような。


「……えー、あまり理由はお聞きしない方がよろしいですか?」


 察しの良い娘さんでありまして。理由については気になっている感じではありますが、マルバスさんの態度を受けて、こんな疑問を口にされたようでした。


 マルバスさんは変わらず苦笑でしたが、首を横にふられまして。


「いえ、周知の話ではありますので。当主はその……かなりのところ、貴族の間で嫌われておりますので」


 非常に言いにくそうに、そうおっしゃったのでした。


 マルバスさんの態度は納得でした。家宰さんという立場からすると、当主の汚点を口にするようなことは出来るならしたくないでしょうしね。


 しかし、嫌われていることが何で王都にいられない理由になるのでしょうかね? メンタル虚弱症の俺だったら、嫌われてるなんて分かった時点で行きたくはなくなりますが。でも、メンタル強者であろうカミールさんだしなぁ。陰口を言われるから学校やら職場に行きたくないみたいな、そんなことを考える人ではないような……


 娘さんは何を思われたのか。不思議そうに首をかしげて口を開かれます。


「私だったら、陰口をされてると思うだけで行きたくはなくなりますが……閣下は、そのような方でしょうか?」


 修行先で嫌な思いをされた娘さんであって、わりと俺と似たような思考をされていたようでした。ですよねー。あのカミールさんがねー、まさかねー。


 そう思ったのですが、意外と事実に近いものがあったのか。マルバスさんは苦笑のままで頷きを見せられました。


「はい、当主も陰口をされては王都にいられなくなるものです。王都に滞在して、王家を傀儡にしようとしている。王国を思うままに牛耳ろうとしている。そんな陰口をされてしまいますと」


 ……えーと。俺の知る陰口とは、なんかスケールが違うのですが。


 い、いやあの、戸惑ってしまいましたが、なるほどですね。そっか、あの人は大貴族ですから。俺が受けたような陰口とはスケールが当然違ってくるわけで。


 しかし、その陰口はちょっとヒドイような。俺が受けたキモいとかキョドいとか、頭のてっぺんが薄いとかは、真実をかなりのところニアミスと言いますか直撃していたのですが。この陰口は、おそらく事実無根もいいところですよね。


「閣下はそんな陰口を受けておられるのですか? 何ともバカバカしいもののような気がしますが。閣下は、そのようなことを考えられる人とは思えません。いえ、閣下のことをそこまで存じているわけではないのですが、私にはそう思えますが」


 ここでも不思議そうに娘さんでした。


 俺もまったく同感でした。あの人に王家への忠誠心があるのかどうかは分かりませんが、そんな野心があるような人にはとてもとても。そんな野心的な政治家タイプの人には見せませんし。いつも気だるそうですし、仮に王様になれる機会があっても、面倒だからとあれこれと理由をつけて断りそうな気も。


 まぁ、俺の内心は置いておくとして、娘さんの意見はマルバスさんにとって嬉しいものであったようでして。マルバスさんは苦笑を消して、柔和な笑みを浮かべられるのでした。


「はい。私もまったくバカバカしいものだと思います。ですが、軍神と呼ばれ、嫌悪されるのと同等に人望を集め、何より王家と血筋に近いものがありますので。そのような陰口は湧きうるものでして」


「確かにそのような気はしますが……そのようなものは無視してしまえば良いのでは?」


 俺もまたそんな気はしますが。ただ、マルバスさんの顔には再びの苦笑が浮かぶのでした。


「そう出来ればよいのですが。しかし、そんな風聞が陛下の耳に入り、なるほどリャナスの当主が王都に入り浸り、その上で自分を助けていたのはそんな野心があったからか。そんな誤解を受けてしまいますと……リャナス家が廃されるだけですめば良いのですが。昨今の王家を取り巻く状況を考えますと、決してそうはなり得ません。軍神と呼ばれる当主を支持するものは必ず出てくるでしょう。そうなりますと……」


「戦……でしょうか?」


「はい。王都を二分する内乱になりかねません。その危険性を考えますと、なかなか当主は王都にいられないことになりまして」


 ……なんかねー。


 思うことは色々ありましたが。それでも俺の頭に一番に浮かんだことはと言えば。


「……閣下って、やはりすごい方なんですね」


 娘さんの感慨深げな驚きの声は、そのまま俺の胸中でありました。


 あの人ねぇ。その一挙一動が、この国の将来を左右する。そんなレベルの人なんですね。すごい方なのは知っていましたが、あらためてそれを実感させられるのでした。


 マルバスさんはどこか切なげに頷きを見せられました。


「はい。間違いなく、王都を代表される大身でして。そして、余人とは比較にならないほどに思い悩む必要のある方でもあります。それはまったく……はい。少なくとも、楽な立場ではないかと」


 でしょうねー。そんな感じは非常にしますよね。娘さんは同意の頷きを見せられて、しかし何故かすぐに首をかしげられて。


「あのー、でしたらですが、もっと人に好かれるように振る舞われても良いような気はしますが」


 めっちゃ率直なご意見でした。ま、まぁうん、確かにその通りだとは思いますが。そう出来れば、敵は減って、味方はもちろん不得手。陰口なんかを雑音として処理出来るような、そんな状況が作れたかもしれませんし。


 これにもまた、マルバスさんは苦笑を浮かべられるのでした。


「ははは、まったく左様で。しかし、好かれすぎても難しいものでして。それはそれで当主を王位にと、そんな声も出てしまいかねない現状でして。そうなれば、また内乱で」


「あー、なるほどですね。本当、難しいものですね」


「はい。ただまぁ私も……もう少し、皮肉の気は抑えられた方が良い気はしているのですが」


 マルバスさんはニコリとして、貴族の群衆へと手のひらを差し出されるのでした。


「まずはハルベイユ候の元へという話であったと記憶しておりますが。それでは、ご案内いたしましょう」


 あー、そうですね。ハルベイユ候への挨拶もあれば、くだんのカミールさんにも当然挨拶しなければならないわけで。あまり長話をしていると、その内に日が暮れかねないですしね。


「あ、はい。是非、お願いいたします」


 娘さんはそう返事をされまして。


 ということで、俺たち一団はハルベイユ候の元に向かうことになるのでした。

 



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