第14話:俺と、リャナス家の家宰さん
マルバスさんは好々爺とした笑みで、娘さんを見つめられまして。
「もちろん存じ上げております。こちらが噂の騎手様で……っと、おっと。これは失礼。道の真ん中で長話もなんですな。どうぞこちらへ」
そして、納得の流れでございました。ふと背後を見れば、多くの人たちが俺たちを不審と不満の目で見つめてこられていますし。うわ、胃が痛いな。マジでごめんなさいですね、これは。
俺の思いは全員の総意でもあったようで。マルバスさんの先導にあって、俺たちの一団は慌てて移動を始めまして。
たどり着いたのは小さな広場でした。人の流れからは外れていると見えて、人影はほとんど無く、立ち話をするのには最適な場所でした。
「あらためましてご挨拶を。私はマルバス。リャナス家の家宰をさせて頂いております。貴女様が、噂のサーリャ・ラウ様でございましょうか?」
若輩としか言いようのない娘さん相手でしたが、マルバスさんの慇懃ぶりは少しも陰りを見せないのでした。さすがはリャナス家の家宰さんだということでしょうか。若年だからといって粗略に扱ったりはしない立派な人格をされているようで。うーむ、にわかに前世の記憶が思い起こされますが。俺もねー、そういう上司に出会いたかったねー。まぁ、出会っていたら今の生活は無かったでしょうからね。出会えなかったことに感謝したいような気もしますが。
俺の回顧はともあれです。
娘さんにとっては、これほど丁寧に話しかけられたことは生まれて初めてなのでしょう。穏やかさに穏やかさで応じるってわけにはいかないようで、緊張感たっぷりに頭を下げられます。
「は、はい。私がサーリャ・ラウです。ラウ家の騎手を務めております」
「おお! やはりでございますか! 当主より、よくよく聞き及んでおります。ラウ家の騎手様は、若年ながらに技術と気概を兼ね備えた、稀代の名手であると。お会いできて光栄でございます」
まさに絶賛というやつでした。俺としては鼻高々の思いでしたが、褒められた当人はでした。緊張に気恥ずかしさが加わった結果でしょう。顔を赤らめながらに、わたわたとして謙遜されるのでした。
「い、いえいえ! 私などはただの不足な若輩でして! クライゼ殿の助力があって、何とか騎手をやっているだけの未熟者であります! それに……」
娘さんは、隣に座る俺に目を向けて来られました。これはアレですね? 俺たちラウ家のドラゴンを立ててくれようという、いつものアレです。
嬉しいですけど、別に良いですのにねー。娘さんの実力はクライゼさんも認めるところで。きっと、どんなドラゴンが相棒であっても、十二分の働きをされるのでしょうし。
ともあれ、娘さんはこの子たちのおかげと口にされようとしたのだと思います。しかし、
「このドラゴンたちのおかげ……でしょうか?」
上品な笑顔でマルバスさんが先回りをされたのでした。
娘さんが言葉に詰まったところで、マルバスさんは軽く頭を下げられるのでした。
「ははは。これは失礼いたしました。当主が、サーリャ殿はきっとこう口にして謙遜されるだろうと申しておりましたので。つい、でしゃばった真似をしてしまいました」
「か、カミール閣下がですか?」
「はい。サーリャ殿は稀代の実力をお持ちながら、ドラゴンへの敬意を忘れない素晴らしい騎手であると。そうお聞きしておりましたが、いやはやまさにその通りで。本当にサーリャ殿は騎手の鑑のようなお方ですね」
ふーむ、なるほど。カミールさんがそんなことを。本当、あの人は無神経のように見えて、人をよく見てるよなぁ。娘さんの素晴らしさを良く理解して下さっていて。きっと、だからこそあの人は、軍神と呼ばれるに至ったのだろうけどね。戦争は人が行うものだしねぇ。あの方は人をよく見て、よく使いこなせる人なのでしょう、多分。
とにかく、謙遜の道が絶たれた娘さんでした。ことここに至ってどうしようもなくなったようで。
「……それは、あの……ありがとうございます」
素直にお礼を言うしかなくなったようでした。真っ赤な顔をして頭を下げられて、マルバスさんはほほ笑ましそうに頭を下げ返されるのでした。
「こちらこそ、未来ある優秀な騎手に出会えたことには感謝の思いしかございません。このような方を当家の屋敷にお招き出来ることは無上の喜びでありまして……っと、おっと」
にわかにでした。マルバスさんは上品に苦笑を浮かべられるのでした。
「これは失礼を。挨拶に夢中になって、用件をお伝えすることを忘れていたようでして」
そう言えば、その点については聞き及んでいなかったような。まぁ、予想はつくような気はしますけどね。マルバスさんは笑顔を作り直されて、穏やかに口を開かれました。
「皆様方が王都に入られたとのことですので。リャナス家の屋敷にご案内すべく、私が馳せ参じた次第でございます」
これは本当予想通りでした。娘さんたちを招待してくれた人の家宰さんが、こうして訪れてくれたのだ。やはり案内に来て下さったようで。
当然と言いますか、この予想は俺以外の方にもあったようでした。ハイゼさんが、笑い声をもらされながらに頷きを見せられました。
「ははは。やはりそうかと思ってはおりましたが。カミール閣下がそのような指示を?」
「おっしゃる通りで」
「それはまた、ありがたいことで。しかし、リャナス家の家宰殿にご面倒をかけてしまいましたな。北口に家中の者を置いておいて、その報告を受けてということですかな?」
「その通りでございます。慌てて飛んで参りましたが、行き違うようなことも無く幸いでした」
マルバスさんの額にはわずかに汗が浮かんでいるようでした。言葉通り、飛ぶようにして俺たちの元を訪ねてこられたのでしょうね。
しかし、うーむ。カミールさんは本気で娘さんたちをもてなそうとされているんですね。こうして、リャナス家の家宰さんを迎えに出してくれたりしまして。本当、あの人は態度に似合わず人を大事にされる方でして。まったくねぇ。なんであんな人が、裏切られてしまうほどに人に嫌われてしまっているのか。俺は思わず疑問に思ったりはしないのでした。そりゃ、あの態度だからでしょうからね、えぇ。
「ともあれ、当家の屋敷にお招きしましょう。さ、こちらへ」
とにかく本題ということで。マルバスさんは上品に先導しようとされましたが、おっと? よく考えますと、けっこうタイミングが悪かったような。俺たちもカミールさんのお屋敷に向かう予定だったのでしたが、ついさきほどその予定は変更されてしまったのでして。
「あぁ、マルバス殿、申し訳ない。先にハルベイユ候の元を訪れようという話を今までしておりましてな。私どもは、ハルベイユ候の旗下でありますので」
申し訳なさそうにですが、ハイゼさんが率直に経緯を語られまして。本当に申し訳ないですけどね。せっかく迎えてに来て下さったのに。
温厚そうな方ではありますので。きっと怒気を見せられたりはしないんでしょうけど、だからこそなおさら申し訳ないような。
そんなことを思っていますと、マルバスさんは何故かニコリとほほえまれるのでした。
「左様でしたか。では、まったくちょうど良い時期でございました」
そして、そんなことをおっしゃいましたが、ん? 俺の疑問は、皆様の疑問のようで。一様に不思議そうな顔をされていました。
「マルバス殿。良い時期とは?」
代表して、ハイゼさんがお聞きして下さって。マルバスさんは柔和な笑みで答えられました。
「ちょうど今、屋敷の方では諸侯を招いての茶会を開いておりますが、そこにはハルベイユ候もいらっしゃっておりますので。まったく、ちょうと良い時期かと」
とのことでしたが。
うーむ、なるほど。
まさに良い時期。おあつらえむきの、ベストタイミングとのことのようで。