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第13話:俺と、リャナス家からの使い

「ハイゼ様。順序とはどういうことでしょうか?」


 アレクシアさんの不思議そうな尋ねかけに、ハイゼさんは「はっはっは」と笑い声を上げられまして、


「我々は、ハルベイユ候の旗下ですからな。招待して下さったのはカミール閣下でも、やはり最初に挨拶すべきは我らが閣下ということになるもので」


「……ふーむ。ハルベイユ閣下の面目を立てるという意味でしょうか?」


 政治と言いますか、社交と言いますか。そんな観点からのご意見のようで。ハイゼさんは大きく頷きを見せられます。


「その通りですな。我らはしょせんは地方の国人領主。上役の機嫌を損ねないように振る舞う必要がありまして。そもそも、最近は少しカミール閣下よりの行動を取りすぎているきらいがありますからな。ま、塩梅というもので」


 バランスを取るってことなんでしょうね。どうあがいても、ハルベイユ候とはこれからも付き合っていかないといけないだろうからなぁ。この先を考えますと、考えすぎのようで当然の行動な感じでしょうか。


 アレクシアさんは心から納得されたようで、何度も頷いておられました。


「ふーむ。なるほですね。勉強になります。私も査問官としての上役と、実家の方にはまず挨拶をする必要があるような気がしてきました」


「ははは、左様ですか。それはよろしいかと。味方を作ることは難しくとも、敵を作らないというのは気遣い一つでなし得る場合がありますからな。気というのは使っておいて損はないもので」


「なるほど……勉強になります。本当になるほど……」


 アレクシアさんは心底感嘆されているようでした。今はラウ家におられるアレクシアさんですが、いずれは査問官の同僚や、実家の方々と再び向き合わなければならないですもんね。その時にそなえてといった感じで、ハイゼさんの言葉を胸に刻んでおられるようでした。


 ともあれ、まずはハルベイユ候の元を訪れることになったようで。うーむ、ハルベイユ候かぁ。ちょっと気が重くなりますね。あの方とは、わりと色々ありましたからねー。


 娘さんと親父さんもちょっと嫌そうな顔をされていましたが。でもまぁ、仕方ないですよね。ラウ家とハイゼ家の今後のためですから。ここは嫌でも我慢して行くべき時なのでしょう、多分。


「では、まずはハルベイユ候のお屋敷ということで。案内の方はよろしいですか?」


「はっはっは。もちろん、承りましょう」


 アレクシアさんとハイゼさんとの間に、そんなやりとりがありまして。


 では、仕方なくですが、いざハルベイユ候のお屋敷へ。


 そう思ったところででした。


「あぁ、良かった! 見過ごすとは思いませんでしたが、やれやれ」


 不意に、正面からでした。


 二人の共を連れた、服装も仕草も上品な初老の男性なのですが。人混みを見事にすり抜けながら、そんなことを口にされながらに、こちらの方へ歩いて来られていまして。


 ちょっと注目をせざるを得ないよね。多分と言いますか、どう考えても貴族ないしそれに準ずる社会的地位の方でしょう。立ち振舞から受ける上層階級感がハンバないので。しかし、そのホッとした笑顔は俺たちに向けられているようですが……はて? 俺たちに用事なのでしょうか? ラウ家にはあまり縁のない身分のお方と思えますが、アレクシアさんやハイゼ家の方々のお知り合いだったりとか?


「おや? マルバス様では?」


 アレクシアさんの一声があって、俺たち一同は歩みを止めることになりました。どうやらアレクシアさんのお知り合いなのかな? 一同を軽く見渡してみますと、ハイゼさんとクライゼさんは「あぁ、確かに」みたいな顔をされていますので、こちらも顔見知りっぽいですが。


 一方で、俺はもちろん娘さんに親父さんも首をかしげておられまして。一度も耳にしたことの無いお名前でしたが、やはりラウ家の知り合いではなかったようで。しかし、はてさて。一体、どんなご身分であって、どんな用事があってこちらに向かってこられているのか。


 マルバスと名前を呼ばれた男性は、アレクシアさんに満面の笑顔を見せながら、こちらに近づいてこられるのでした。


「おお! アレクシアお嬢様! これはまたお久しぶりで! いやぁ、お綺麗になられましたなぁ!」


 そして、足を止められて、嬉しそうに声をかけてこられたのでした。なんか、めちゃくちゃ気が良さそうな方ですね。シワにあふれた笑顔からは、穏健な人柄がにじみ出ているようでした。


 褒め口もなんとも優しげで、ベテランの執事といった雰囲気もどことなくあるような。しかし、お綺麗とな。俺もまったく同感ですし、最近は表情に柔らかさが出てきて一層美人度に拍車がかかってきたような気はしますが、それはともかくとして。アレクシアさんのお知り合いだというのは間違いなさそうですね。


「これは、あの、お久しぶりです」


 アレクシアさんが照れくさそうに頭を下げられまして、マルバスさんとやらも笑みで頭を下げられまして。次いででした。顔を上げたマルバスさんは、その笑みをハイゼさんとクライゼさんに向けられたのでした。


「お二方もいやはやお久しぶりで。壮健のご様子で何よりでございます」


 そう口にして、深々と頭を下げられるのでした。ふーむ。こちらもやはりで。ハイゼ家とも、何かしらの付き合いがあるような感じかな。ハイゼさんとクライゼさんは、共に頭を下げられました。


「ははは。これはまたご丁寧に。こちらこそお久しぶりですな、マルバス殿」


「はい、まったく。ふたたびお会い出来て心から嬉しく思います」


 お互いの笑みは、気心の知れた者同士のそれでした。クライゼさんの笑みもまた、マルバスさんへの信頼感のようなものがにじみ出ていましたが……しかし、そろそろ知りたいところですね。


 この方の素性を分かっていないのは、俺を含めたラウ家の面々ばかりのようですが。ただ、すぐに知ることは出来そうでした。ありがたいことに、親父さんがラウ家を代表して疑問の声を上げて下さいまして。


「あー、ハイゼ殿? こちらの方は一体?」


 再会の喜びは深いようで。ハイゼさんは引き続き親しげな笑みを浮かべながらに応じられました。


「こちらはマルバス殿ですな。リャナス本家の家宰をなされているお方です」


 ほー、家宰。なんか前世のファンタジー知識的に覚えがあるような。家のことを一切合切とりしきる人ってイメージでしたが、王家の親戚にして、大領主らしいリャナス家の家宰。ふーむ? もしかしなくても、この人すごくエライ人なのでは?


「お、おぉ、それはまた……私はヒース・ラウと申します。リャナス家の家宰殿にお会い出来るとは、非常に光栄でございます」


 親父さんの態度から察するに、やっぱりどエライ人のようで。親父さんは居住まいを正されて、娘さんもまた背筋を伸ばされるのでした。俺もまた、首筋を伸ばしてみますが、まぁ誰も見てませんよね、はい。でも、俺もラウ家の一員のつもりですので、やっぱりちょっと緊張しますしね。


 姿勢を正された親父さんたちに対して、マルバスさんは柔和な笑みでお手本のようなお辞儀を見せられるのでした。


「リャナス家の家宰、マルバスでございます。こちらこそ光栄の極みでございまして。かのヒース・ラウ様にお会い出来たのですから。その武勇のほどは、王都に響き渡っていれば、屋敷勤めの私でも聞き及ぶほどでありまして。あらためてお会い出来て光栄でございます。どうぞ、お見知りおきを頂ければ」


 いえいえ、そんなご丁寧に、と。そう思わず口にしたくなるような、まさに慇懃で誠意にあふれるご挨拶でした。やっぱり、リャナス家の家宰を任される人ってすごいんですねぇ。慇懃で丁寧なだけじゃないもんね。言葉だけだったら同じことを言える人は何人でもいるでしょうが、口調と態度からは誠意が如実に感じられて。


 きっと、こういう方だからリャナス家の家宰を任されているんでしょうね。当主があんな方ですから、敵意を抱くのが難しいようなこの方は余計に必要とされるような気がしますし。


 しかし、まぁうん。ここで、俺はちょっと不思議な気持ちになるのでした。親父さんの……なんですか? 娘さんの武勇では無くて。俺は親父さんが戦場に出られたところを拝見したことがないのですが、過去にすごい戦果を出したりされたことがあるのでしょうか?


 娘さんもその辺りのことはご存知ではないようで。不思議そうに親父さんの横顔を見つめておられましたが、親父さんはその辺りについて語る気はないようでした。


「いえ、私などはそう言って頂けるような者ではありませんし、戦場働きは、今では娘が担っておりますので」


 くっそ気になりますが、話題は娘さんへということらしく。家宰さんも親父さんの意思を尊重されるそうで、娘さんへと視線を移されるのでした。



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