第12話:俺と、王都の町並み
「……王都かぁ。うわぁ、すごいなぁ」
立ち止まると迷惑っぽいですので。
足を止めることは無く、しかし前をみすえてなんてことからはほど遠く。まさにお上りさんといった感じでした。王都の町並みに対して、娘さんは視線を左右にふらふらとさせながらに危なっかしく歩みを進めます。
「サーリャさん。その内に転んでしまいますよ?」
アレクシアさんが苦笑で注意を喚起されますが、娘さんはそれどころでは無いようでして。
「そう言われましても……はぁ、すごい。しかし、当家の領地って、本当に田舎だったんですねぇ」
そして妙な感想を抱かれていました。まぁ、確かに。俺もちょっと似たような感想は抱きましたが。
街らしい街なんて、こちらでは生まれてこのかた見たこと無かったですからねぇ。本当、俺の知る世界というのは、ラウ家の領地近辺しかなくて。
あるいは、他の土地も全てハルベイユ候領みたいな感じなのでは? そんな感じの気分であったのですが。いやはや、全然違いましたね。
思わず、首を左右にしてしまいます。この世界に生まれ落ちた時も、異国情緒を味わうことになりましたが……良いですねぇ。白を基調とした、美しい街並みが広がっていて。
かなり感動してしまいます。良かったなぁ。カミールさんに心から感謝でした。来ることが出来て良かったと心底思うのでした。
ちなみにですが、俺以外のドラゴンたちの感想はと言えば。
『うるさいな』
『うっさいわね』
『……耳が痛い』
アルバにラナ、そしてサーバスさんのコメントでありました。うーん、まぁ、仕方がない。ドラゴンですから。都の華やかよりは、雑踏の騒音に意識が向いてしまうようで。これは本当にもう、仕方がない。
しかし、広いですねぇ。見渡す限りの人波と町並み。娘さんと同じようにお上りさんをしていた親父さんが、感嘆の声を上げられます。
「ふーむ、これが王都か。さすがなものだ。しかし、城壁やら城はどこにあるのだ? 確か、立派なものがあると聞いていたが」
へぇ、やっぱりあるんですね、お城やら城壁やら。俺も首を伸ばして探してはいましたが、今のところ視界の中には見つからなくて。
「それは、当分南でしょうな。まだまだ見えることは無いかと」
ハイゼさんがにこやかに答えられるのでした。親父さんは「あぁ」と不思議な納得の声をあげられまして。
「そう言えば、ハイゼ殿は王都を何度も訪れたことがあるようで」
「はっはっは。その通りで。ハルベイユ候のお供としてですな。何度も来てはおります」
妙に落ち着いておられるとは思っていましたが、そういうことだったようで。一騎討ちの時も、ハルベイユ候とは親身にされている雰囲気がありましたが、王都まで同行されたりしていたんですねぇ。で、王都にも随分とお詳しいようで。
ハイゼさんはさきほどの前言通りに南の方向を指差されまして。
「この道をまっすぐに進みますと、その内にですな。まぁ、立派なもので。一見の価値はあるでしょう」
親父さんは「ふーむ」とあごをさすられるのでした。
「立派ですか。それは是非とも拝見したいものですな」
「式典に参加するのですからな。急がずとも目にすることにはなるとは思いますが。しかし、王城などよりも、私は港の方をご覧される方がよろしいかと思いますが」
へぇ、港。そう言えばですね、道中でそんな話がありましたような。
王都サヴィア。
もともと内陸に居をかまえていたアルヴィル王家が、海運に目をつけて移転した港湾都市。
当然のごとく海と港があるわけでして。
「港っ! そうですね、港! それに海! うわさの海があるんですよね!」
親父さんが反応される前に、娘さんが顔を輝かせて声を上げられるのでした。
ラウ家にあって、海など目にされたことが無い娘さんですので。道中からですが、あるいは王都そのものよりも、海を目にすることを楽しみにされていたようなのでした。
俺もけっこう楽しみかなぁ。元の世界では内陸の生まれなもので。移動で目にすることはありましたが、マジマジと海を眺めたような経験は無くて。港ということで、きっと船があるのでしょうが、船なんてものもロクに見た経験が無いような。きっと木造のでっかい船が一杯あって……いやぁ、一度は見てみたいよなぁ。
しかし、まだまだ遠いのですかね? 雑踏の立てるホコリ臭さばかりで、潮臭さのようなものは俺の鼻を持ってしても感じることは出来ないのですが。
「早速行きましょう! 海ですよね、広いんですよね? 何か変な臭いがして、すっごく水なんですよね? いやぁ、楽しみだなぁ」
娘さんは今にも駆け出しそうな様子でしたが。アレクシアさんは苦笑で制止されるのでした。
「サーリャさん。海は王城よりも、さらに南です。今からですと、帰る頃には夕方になってしまいますよ?」
やはり、かなり遠いようでして。娘さんは「はぁ」と驚きを露わにされるのでした。
「王都って、本当に広いんですねぇ」
アレクシアさんは笑顔で頷きを見せられました。
「はい。途方もなく。港を見て回るのは後日ということでよろしいでしょう。式典はまだ先ですし、その余裕はあるはずですから」
「そうですよね。では後日ということにしたいと思いますが、しかし……」
不意のしかしでした。アレクシアさんは軽く首をかしげられます。
「はい? どうかされました?」
「いえ、少し思ったのですが、本当やたらドラゴンが目につくような気がしまして」
周囲を見渡しながらの、娘さんのお言葉でしたが。
あぁ、なるほど。俺もまたね、同じようなことを思ってはいましたが。
本物のドラゴンがというわけでは無いのでした。ドラゴンにちなんだ物をよく見かけると言いますか。
ドラゴンの彫像、ドラゴンのレリーフ。そんなものが道路のそこかしこにありまして。頻繁に見かける尖塔でも、その先端では石像のドラゴンの顔が空をにらみつけていて。
周囲の家屋でもまた同様ででした。こちらはやや可愛らしい感じで、木彫りのドラゴンの像なんかが、窓辺に置かれたりしていましたが。
ともあれ、ドラゴン、ドラゴン、とにかくドラゴン。やたらとドラゴンにちなんだ何かが目につくのでした。
「あぁ、それはそうです。前にも話したと思いますが、王家とドラゴンの縁は深いですから」
アレクシアさんの回答はこうでした。前にもですか。えぇっと、あぁ、あれですかね? 娘さんも「あぁ」と頷かれるのでした。
「書簡が届いた時でしたっけ? 建国神話があるとか聞かせていただいた覚えがありますけど」
「はい、それです。おそらく、その話自体はサーリャさんも聞いた覚えはあると思います。人間に変じて現れたドラゴンの話なのですが」
「あぁ、アレですか。良い王様に、ドラゴンが色々と協力してくれるあの?」
「はい。おそらくはソレです」
そのアレだかソレについては、俺にも覚えがありました。俺が文字を勉強していた頃ですが、その話については絵本で読んだ覚えがありました。
とある王様の所に、人間に化けたドラゴンが現れまして。王様が色々あって助けてーみたいなことを言いましたら、ドラゴンは人間から元の姿に戻って、色々助けてくれました。
で、みんな幸せになりました。めでたしめでたし。
確か、そんな話だったような気がしますが。アレって、この国の神話的な歴史だったりしたんですね。
「周知されている童話的な内容とは少し違うのですが、ドラゴンの助けがあってこの国は建国されたことになっていますので。ドラゴンに認められることによって、アルヴィル王家は王家として存在し得ているとも」
「はぁ。だから、こんなにもドラゴンばかりなのですか?」
「そういうことですね。ドラゴンは王家の象徴でもあり、非常に大切にされていますので。だからこそ、式典でも大きな役割を担っていまして」
王家の方の隣にはドラゴンが座ることになっている。確か、そういうことでしたっけ。で、さらに隣には……騎手なんでしたっけ?
アレクシアさんはにわかにちょっとからかうような笑みを浮かべられまして。
「そして、そのドラゴンを扱う騎手も、多大な尊敬を受けているわけです。大変ですね?」
娘さんは「あっ」と妙な言葉を上げられるのでした。
「……そう言えば、そうでしたね。私、式典に参加するために来たんですね」
「なんですか。忘れていたんですか?」
「はい、正直。うわー……観光だけだったらなぁ。もっと楽しかったんだろうなぁ」
嘆き節の娘さんでした。そうですねー。俺もちょっと忘れていましたが、観光が主目的じゃないですもんね。式典に参加するのが目的なわけで。
「とにかく、カミール閣下に挨拶ですかね? 式典について色々聞かせて頂きませんと」
目的を思い出して、そのために行動する気になられたらしい娘さんでした。アレクシアさんは笑顔で頷かれました。
「はい。その通りで。このまま進んでいけば、閣下のお屋敷にたどり着けますから。まずはご挨拶ですね」
娘さんも頷かれまして。
とにかく、カミールさんのお屋敷に向かうということで。しかし、これはこれで楽しみだなー。これだけ町並みが立派だと、カミール閣下のお屋敷もねー。なにせ王国を代表する貴族であるらしいので。この町並みをはるかに凌駕する何かが待ち受けてるだろうことは、まず間違いないんじゃないかな?
やや緊張を見せる娘さんには悪いのですが、俺はそんなことを思いまして。本当、期待で胸が一杯でございます。ただ、ここで異論の声が上がるのでした。
「あいや、しばらく。その順序では、私どもにとって少し困ったことになりますが」
ハイゼさんでした。笑顔でそんなことをおっしゃられましたが、はてさて。一体、どういう意味なのでしょうかね?