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第10話:俺と、王都への道(1)

 一言で言ってしまえばです。


 くっそ楽しい。


 そんな道中でありました。


「……うわぁ。広いなぁ……広い!」


 俺の隣を歩く娘さんでした。そんな声を上げられながら、楽しそうに目を細められるのでした。


 本当にねぇ、広いのです。


 見渡す限りの瑞々しくも青々しい景色。それは冬を越して、いよいよ背丈の増している若々しい麦が織りなす光景でした。


 それが本当に一面でした。地平線まで、空の青さと交じるまで。延々と広大に続いているのです。


 本当ねぇ、マジ広いなぁ。


 ラウ家の景色と言いますか、ハルベイユ候領に慣れているとそうとしか思えないのでした。こんな景色がね、この世にはあるんですねぇ。前世でしたら、テレビで見たことはあるような気はするのですが。でも、実体験とは比べられないよなぁ、マジですごい。


 娘さんも、多分俺と同じ感動を味わっておられるのだろう。

 

 顔には、ただただ楽しげな笑みがあって。そのことは俺にとっても、非常に嬉しいことで。


 と言うことででした。


 俺は今、王都への道中にあるのでした。


 ラウ家を出発して、南への道をひたすらにです。もう十日も経ったでしょうか。なかなかの長旅でしたが、本当楽しいものでした。


 娘さんが一緒ということはもちろんですが。南に向かうに連れて、景色はどんどんと変化していきまして。風の匂いすら変わっていくようで、何とも飽きる機会すら無かったと言いますか。


『……はぁ。こういう景色もあるのねぇ』


 俺が同行しているということは、ラナもアルバも当然道中を共にしていまして。


 感嘆の声はラナのものでした。広大な景色を興味津々に眺めたりしています。


 で、アルバもまた同じのようで。興味深そうに視線を左右にするのでした。


『こういう景色も良いもんだな。ただ、眠いが』


 しかしまぁ、あくびは多分に混ざっていましたが。仕方なし。いっぱい歩いてるもんなぁ。普段寝ている時間が行動に当てられているので、どうしようもなく眠気との戦いを余儀なくされてるようでした。


 ともあれ、ドラゴンも楽しんでいる旅路でして。


 人間の方々もまったく同様のようでした。


 アレクシアさんも、娘さんを見つめながらいつになく柔らかい表情をされていますし。


 親父さんは、ちょっと緊張されてるようでした。そろそろ王都が近づいてきたらしいので、式典のことを思ってのことかもしれません。


 ただ、この人はねぇ。


 楽しんでおられているのやら、どうなのやら。普段と同じすぎて、まったく分からなかったりするのでした。


「はっはっは! いやはや、広いですなぁ! ハルベイユ候領の山景色も良いですが、開けた景色もまた格別で!」


 カラカラとした笑い声が響きますが、うーむ。


 多分、本心だとは思うのですけどねー。それでもどこか嘘臭く聞こえると言いますか。すばらしい方でありながら妙な奥行きを感じさせる方ですよね、本当。


 そして、相変わらず、某所がツルリとお綺麗ですが……いやまぁ、そこはいい加減どうでもいいか。


 ハルベイユ候領を代表するナイスガイの一角でございます。


 ハイゼさんでした。いつも通りの笑みを浮かべ、ゆったりと歩みを進められていますが、この方もまた俺たちに同行されているのです。そして、この方も。


「……私はやはり山の景色の方が落ち着きますが」


 春の陽気に負けない、陰鬱な声音が響きます。


 娘さんを語る上で、もはやこの方を外すことは出来ないでしょう。クライゼさんでした。長旅の疲れが出ているようで、気だるげに足を動かされているのでした。


 そのクライゼさんの後ろには、サーバスさんとその他のハイゼ家のドラゴンが二体いたりしまして。


 うーむ。


 面々を眺めてあらためて思うのでした。けっこうな大所帯だな、これ。ドラゴンがすごい幅を取ってるし、一団としての存在感はかなりすごいものがありました。ちょっと迷惑な気がしないこともないような。


 まぁ、とにもかくにもです。


 ハイゼ家の方々も、今回の旅路に同行されているのでした。


 理由はといえば、もちろんの話で。ハイゼ家の方々も、式典に招待されているのでした。


 ハイゼ家の方にも、カミール閣下からの書簡が届いたらしくてですね。


 いつもつまらそうな顔をしているが、たまには楽しい思いをさせてやるから来い。クライゼさん宛てに、そんな文言が記されていたようで。


 なんにせよ、娘さんが招待されるならね。この人が招待されるのも当然以上の話ではありました。ただです。招待された当人はあまりお喜びではないようで。


 クライゼさんは深々としため息を響かせるのでした。


「はぁ……まったく、閣下も人が悪い。人が嫌がっているのが分かっていて楽しませてやるなどと」


 この方は終始こうなのでした。


 いつも鬱々としたところで感じさせる人でしたが、今回はそれが顕著でして。ため息もひっきり無しでした。


「クライゼさんは、よっぽど式典に参加するのが嫌なんですねぇ」


 娘さんは歩きながらに、クライゼさんのため息について言及されるのでした。


「本当、ハルベイユ候領を出る時からそんな感じでしたけど。式典は政治的ってアレクシアさんはおっしゃっていましたけど。そこらへんなんでしょうか?」


 アレクシアさんの発言を引用しながらの尋ねかけでした。俺もちょっと気になりますねぇ。意外と口数も多く社交的なクライゼさんではあるのですが。政治的なやりとりはお嫌いだったりするのでしょうか?


 クライゼさんはため息まじりに娘さんに応えられました。


「別に、式典がどうこうというわけではない。人混みというのがな、俺は嫌いなんだよ。それで王都も嫌いなのだ。あそこは呆れるぐらいに人がいるからな」


 へぇ、なるほどで。すでにしてでした。王都に続くらしいこの街道は、かなりの人影がありまして。


 王都っていうのはかなりの稼ぎ場なんでしょうね。馬やら牛やらに、荷車を引かせた農民風の方々がかなりおられるのでした。


 この街道の混み具合を見ますと、王都のにぎわいも想像出来るような。クライゼさんが人混みが嫌いだというのなら、王都に良い思いは抱けないことでしょうね。


「へぇ、クライゼさんは人混みが嫌いだったんですねぇ。それで王都もと。先の戦でも、けっこうな人混みだったと思うんですけど、あれよりもすごいんですか?」


 娘さんが、そんな疑問を上げられました。そう言えば、先日の戦もけっこうな混み具合でしたねぇ。あの時は、クライゼさんは平気そうでしたけど……うーむ。つまるところアレを上回るような喧騒が俺たちを待ち構えているのでしょうかね。ちょっと怖いような。


「いや、混み具合という意味ではさして変わるものはないだろう」


 しかし、意外な返答でした。へぇ、変わらないので。だとしたら、クライゼさんは何故こんなに嫌がっておられるのかと、そう思ってしまいますが。


 クライゼさんは、また一つため息をはさまれまして。


「戦場でのことならばあきらめがつくのだ。騎手としての職分だからな。それは仕方ない。だが、こうしてわざわざ王都になど出向くのは……はぁ。閣下には一言言わせてもらわなければな」


 文句をということなのでしょうか。


 う、うーん。人混みがお嫌いというのなら、クライゼさんのおっしゃることは理解できますが。ただねぇ?


 娘さんは苦笑をクライゼさんに向けられるのでした。


「お気持ちは分かりますが、それはちょっと……カミール閣下も色々と配慮して下さった上で私たちを招いて下さったのですから」


 俺も娘さんに同意ですかねぇ。


 ぶっきらぼうで、一見粗暴にも見えるカミールさんではありますが、もちろんそれだけの方では無いのでして。


 今回も、かなりの気配りをラウ家とハイゼ家に示してくれていたのでした。


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