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第12話:俺と戦いの後で

 首の皮一枚つながって助かった。


 状況としてはこうなると思う。


 ただ、そのことを素直に喜ぶのは、どうにも難しいことだった。


 その原因の第一はもちろんのことアルバである。


『うーん……』


 思わずうなってしまう。一騎討ちが終わり、俺たちドラゴンは小屋に戻されていた。それで少しは良くなってくれるかと思ったのだ。一番くつろげられる我が家で、アルバの状態が少しは改善されるのではとそう期待していた。


 ただ、期待はあくまで期待に過ぎないようで。


 アルバは小屋の中でも変わらなかった。


 まだ太陽は高いところにある。その強い日差しの下、アルバ疲れ切った目をしてぴくりとも動かない。何度か話しかけてはみたのだ。しかし、反応はなかった。魂が抜けてしまったかのように、ぼんやりと立ちつくしている。


 これは……本当に心がやられちゃってるみたいだなぁ。


 俺にも覚えはあった。上司から耳元で愛の代わりに憎悪をささやかれるような生活が続いた結果、こんな風になったことがあったのだ。


 もう息をするのも面倒くさい感じ。返事なんてもってのほか。俺の場合はビンタ一発で現実に引き戻されたりしたものだが……やっぱり労基に相談するべきだったかなぁ?


 い、いや、違う。俺の前世はどうでもいい。問題はアルバだ。こんな様子のアルバは見ていても辛い。なんとか手助けをしてやれないものか。


『ねぇ? まだアルバは元気出てないわけ?』


 ラナがアルバを見ようと首を伸ばしながら、俺にそんなことを尋ねかけてくる。ラナですらアルバを心配している。なんだか現状の深刻さがよく分かる感じだなぁ。


『うん。元気なんて全然』


『そっか。ねぇ、アルバ。元気出しなさいよ。元気だしたら、私が放牧の時に遊んであげるからさ』


 ラナさんや、罰ゲームをさもご褒美のように言うのは止めなされ。こんな言葉で元気が出るわけ無いだろ。いやさ、ラナが本気でアルバを心配して、本気でこの提案で元気を出してもらおうと思っているのは分かるのだけど。


 そんなことを俺は思ったりしたのだが、いやはや世の中何が起こるか分からないもので。


『……はぁ』


 大きなため息が俺の耳に届く。それは間違いなくアルバの口からもれたものであって。


『あ、アルバ?』


『……ラナに伝えておいてくれ。何で俺がお前の遊びに付き合わないといけないんだよ』


 アルバが反応していた。いやまぁ、元気を取り戻したって感じでは無いけども。とにかく反応してくれていた。


 とりあえず俺はホッと一安心だった。その一方で、ラナは何故か不満を覚えたご様子。


『なにさ、せっかく私が親切で言ってやってるのに』


 不満の声がラナの口をついて出る。それに対してアルバは、


『なにが親切だ。自分が遊びたいだけのくせにずうずうしい』


 けっこう辛辣な口調でそう返すのだった。


 ふーむ? ラナへのイラ立ちが心の燃料になったってことかな? これも分かるような気がした。俺が上司からビンタを受けた時だって、正気に戻ったのは衝撃を受けたからではなく、上司への敵意が燃え上がったからだったのだが……結局復讐は出来なかったなぁ。


 だから、うん。俺のことはどうでもいいのであって。アルバが反応してくれた。これが重要なことであって。


『とにかく寝てなよ。疲れてるだろ?』


 休憩をすすめると、アルバは再びため息をついた。


『はぁ。もちろんそうする。赤いのになんかにかまってられるか』


『赤いのってなによ、赤いのって。ケンカ売ってんの?』


 貴女には弱っている仲間への気づかいってものがないのですか。俺は慌てて二人の小競り合いに割り込む。


『えぇっと、ラナ? アルバは寝るってさ。とにかく、そういうことだから』


『はぁ? だから何よ?』


『だから、寝かせてあげようって……』


『寝るの? まぁ、いいけどさ。でもそれって、代わりにアンタが私と遊ぶってことになるわよね?』


 ならんとです。なんだよ、その超恣意(しい)的な解釈は。でも、アルバのためを思えば……うーむ。


『分かったよ。そういうことでいいから』


『そう、遊びたいの。仕方ないなぁ。じゃあ次の時にね』


『……うん』


 不条理を感じざるを得ないが、ここは折れておく。これでアルバが休められるのならば安……くもないが、人生諦めも大事だろう。なんでかな。この頃なんか、こちらの生活に前世感が出てきたような……


 ともあれ、アルバはようやく休息が得られるようだった。


 とぐろを巻いたアルバはゆっくりと目を閉じる。


 その矢先のことだった。


「サーリャっ!」


 叫び声だった。非難の響きのこもった、そんな声。声質からして発言の主は間違いなく親父さんだろう。


 俺の耳には叫び声の他に、二種類の足音も届いていた。


 一つはこれも親父さんだ。そして、二つ目は……いつもと様子は違うが、これも間違いないだろう。娘さんだ。荒々しく足音を立てて、娘さんがこちらに向かってきている。


 俺は思わず首をかしげた。一体何なのか。アルバと同様に疲れ切っていた娘さんだが、休むでもなしに何故今この場所に向かってきているのか? 親父さんに非難されているような雰囲気だったが、親父さんとの間で何が起きているのか?


 何なんだろうか。あの敗戦未満の敗戦を経て、娘さんは今どんな状態なのだろうか? 娘さんは今……心は大丈夫なのだろうか。


 正直かなり心配だった。だが、今俺が気にかけるべきなのは娘さんではないはずだ。


『あ、アルバ! 大丈夫、大丈夫だから!』


 ビクリと目を開いたアルバに慌てて呼びかける。アルバは挙動をおかしくしたが、小屋の中だったのが幸いしたのだろうか。草原にいた時よりは、はるかに落ち着きを保っていた。


『な、何だ? 小さいのも来てるみたいだぞ? どういうことだ?』


『さ、さぁ? それは分からないけど……』


『終わったんだよな? もう嫌だぞ。またか? また乗せないといけないのか?』


 怯えをにじませてアルバは尋ねかけてくる。分からない。また乗せないといけないかもしれない。そんな返事を出来るわけがなかった。


『な、無いよ。そんなこと無い。疲れてるアルバにこれ以上無理をさせるなんてあり得ないから』


 実際は分からない。しかし、俺はそう言うしかなかったのだ。でも、もし娘さんがアルバに今から乗ろうとしているのなら……責任は取らなければならないのかもしれない。


 悪い予想はひとまず置いておこう。


 無責任な俺の発言だが、アルバはひとまず安堵してくれたらしい。怯えた雰囲気がやや和らいだ。だが、やはり怯えが完全に抜けきったわけではないようだ。アルバは娘さんの来るであろう方向をじっと見つめている。


 俺も同じ方向を見つめる。


 あるいはアルバを守るために行動しなければならない。そんな思いもあったが、しかしそれ以上に今の娘さんが一体どんな状況なのか。それが知りたかった。


 娘さんはやってきた。


 泣きはらした後なので目元は赤い。だが、泣きはらした余韻(よいん)のようなものは、その表情からはうかがえなかった。


 ただただ無表情。


 足取りは荒く、だが表情は能面のように無機質で無感情で……そこが少しばかり不気味で恐ろしかった。


「サーリャ」


 親父さんの娘さんへの呼びかけの声。親父さんは娘さんの後を追うようにしてやってきた。表情はといえば、娘さんのような無表情とは程遠い。疲れているような、困っているような、あるいは怒っているような……とても、複雑な表情をしている。


 親父さんの呼びかけに娘さんは答えなかった。娘さんが親父さんを無視して俺たちの方へと向かってきている。親父さんは苦虫をかみつぶしたような表情になって、再び口を開いた。


「サーリャ。名前を呼ばれたら、ちゃんと返事をしなさい」


 子供をあやすような、そんな言葉。


 娘さんは立ち止まった。俺たちに顔を向けたまま、親父さんに背中を向けたままで返事をする。


「なに? お父さん」


「……お前は私と顔を合わすつもりもないのか」


「ごめんなさい。でも、今忙しいから」


 娘さんは淡々と俺たちに目を向けるのだった。いや、俺には向かなかったのだが。最初はアルバをチラリと眺め、次にはラナをまじまじと観察する。


『な、なに? 何なのよ? また何か始まるわけ?』


 ラナが嫌そうに困惑の声を上げる。俺にだって、そんなことは分からない。娘さんは本当に何のためにここに来たのか。


「サーリャ。さっきも言ったが、今回も同じことを言うぞ。とにかく、屋敷に戻るべきだ。ドラゴンたちも先ほどのことで疲れている。今は休ませてやるべきだ。お前も疲れているはずだろうに」


 親父さんがなだめるようにそう声をかける。だが、娘さんは相変わらず親父さんに顔を向けようとはしない。ラナを見つめて、何か思案するように目を細めている。


「サーリャ」


 親父さんの声には少しばかり剣呑(けんのん)さがにじんでいた。ここで娘さんは片手間といった感じで生返事をする。


「大丈夫だよ。私は大丈夫。ドラゴンも大丈夫でしょ。この子たちはそんなにヤワじゃないよ」


 まるで感情のようなものが感じられなかった。


 親父さんはイラ立ちを露わにするように金の髪をガシガシとかいた。


「それは無いだろうに。お前もそうだし、ドラゴンもそうだ。今から鍛錬(たんれん)に励んだとして、疲労の上に疲労を重ねるだけなのではないか?」


 親父さんの発言からすると、娘さんは今から騎乗しようとしているらしいが……俺は思わずアルバを見る。こんな疲れ切ったアルバに娘さんは今から乗ろうとしているのだろうか?


「だから私は大丈夫だってば。それにドラゴンも大丈夫。今度はラナに任せるから」


 娘さんは淡々とそう言った。


 良かった。これなら一安心……なのだろうか? 


「アルバではダメだったが、ラナならばどうにかなる。そう思っているのか?」


 親父さんの疑問に、娘さんはラナを見つめながら頷く。


「うん。なるんじゃないかな」


「今回の失敗の原因は何だったか。それには思い至ったのか?」


「さぁ? アルバの性格とか? でも、ラナは強気な子だから。大丈夫だってば。私なら出来る。ちゃんと学んできたんだから」


 娘さんの顔には軽く笑みが浮かんでいた。


 これは……本当に大丈夫なのだろうか?


 アルバは休むことが出来る。それはいい。問題は娘さんだ。


 正直、何も考えていないように見えた。修行先における過去の経験にすがるばかりで、目の前の問題が目に入っていないように見えた。


 不安しかなかった。


 これではラナはどうなるのか?


 そして娘さんは……はたして何を得ることになるのか?


「とにかく練習しないと。日付はまだ決まってなくても、そんな日にちは空かないだろうし」


 娘さんは軽い調子でラナへと近づいていく。しかし、


「……すまなかった」


 娘さんは足を止める。その原因はもちろん、親父さんの突然の謝罪の言葉だろう。


「どうしたの? 急にお父さんったら」


 振り向くことなく娘さんは尋ねかける。親父さんはうつむいて、淡々と娘さんの背中に語りかける。


「準備不足だった。ドラゴンを託してもらうことに無我夢中で、その後について考えが足りなかった。私ももっとドラゴンについて見識(けんしき)を深めておくべきだった」


「ははは。だから、どうしたの? ドラゴンについての知識を得るために私を修行に出したんでしょ? お父さんはしっかりやってたよ」


「修行先についてもしっかり考えるべきだった。先々代から付き合いがあったからと、縁に頼るだけでお前の行く先を決めてしまった」


「だから、お父さん? 変なこと言うのは止めてよ。修行先は素晴らしい所だったよ?」


「本当にすまなかった。ことごとく全てが私の失策だった。全て私に責任がある。悪いのは私だ」


 娘さんは黙り込んだ。妙な沈黙が場を静かに満たす。


 ……どうなんだろうな。


 親父さんは何故今、娘さんにあんなことを言ったのか。子供なんて縁もゆかりも無かった俺ではある。それでも、親父さんの気持ちは何となく分かるような気はした。


 責任を感じるなと、そういうことだろう。


 自分に責任があるのだから、今日の失敗を重く抱え込むな、と。


 娘さんが無理をして強がっている。無理をしてがんばろうとしている。親父さんの目にはそう映ったのだろう。だからこその、娘さんに対する親父さんの愛情なのではないだろうか。


 娘さんには親父さんの言葉どんな風に響いたのだろうか。


 ひどく感情の色が薄かった娘さん。その顔に、にわかに感情の色が戻ってくる。


「……何で、そんなこと言うの?」


「サーリャ?」


 戸惑いを含んだような親父さんの声音(こわね)。正直、俺も戸惑っていた。娘さんに戻った感情、それは……


「お父さん、何で? お父さんっ! 何でってばっ! なんで!? どうして!?」


 怒気だった。


 娘さんは目を(いか)らせて、感情の高ぶりを露わにしていた。


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