第7話:俺と、親父さんの用件
娘さんたちの後ろに、親父さんが立っておられるのですが。
ここにこうして訪れてこられるのは久しぶりですが、どんなご用事なのでしょうかね? 娘さんたちへの用事であることは間違いないのでしょうが。
「あ、お父さん」
娘さんは親父さんの用事なんて気にされているのかどうか。笑顔で立ち上がられて、親父さんに向き直られましたが。
「お父さん。次の婦人会はノーラを連れて行くから」
親父さんの用事なんて一切気にしていないようでした。まったくの不意打ちでそんなことをおっしゃいました。
親父さんは当然のごとく目を丸くされます。
「は? お前はいきなり何を言っている?」
「だから、ノーラを連れていくから。いいよね、お父さん?」
親父さんはそれには返事をせずでした。
親父さんがいらっしゃったからなのか、アレクシアさんが慌てて立ち上がられていまして。親父さんは、そんなアレクシアさんに目を向けられたのでした。どういうことでしょうか? って、そういう視線だとは思いますが。
ただ、アレクシアさんもまた、親父さんの意図なんてあまり気にされていない感じでして。力強い頷きを見せられるのでした。
「そういうことです。是非、お認め頂きたく思います」
「いや、その……事情についておうかがいしたいのですが」
さもありなん。親父さんは困惑を示されました。アレクシアさんは決意の込もった口調で説明をされます。
「私たちが婦人会で快適に過ごすためには、ノーラの協力が不可欠なのです。是非、お許しを」
「……は?」
困惑を深められる親父さんでした。まぁね。婦人会でドラゴンをどう使うのかってね。普通、検討もつかないよね。
それでも何かしらの推測を得られたようで。親父さんは不審の目を娘さん向けられるのでした。
「……まさか、そんなに嫌いな相手がいるのか? ノーラでもけしかけるのか?」
領主であり当然武人である親父さんらしい意見でございましたが。いや、さすがに娘さんたちはそこまでの人たちではありませんが。
「そんなわけ無いでしょ! ノーラがいれば、皆ノーラに注目するから! 変な話で盛り上がるよりも、ノーラの話で盛り上がった方がいいから!」
娘さんのツッコミを受けて、親父さんは「あぁ」と頷かれました。どうやら娘さんたちの言い分を理解されたようでして。
ただ、賛同は出来ないって感じなのかな。苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情をされていますが。
「……お前は、そんな理由でドラゴンを連れていこうとしているのか? 勘弁してくれ。ハルベイユ候から、ひいては王家から預かったドラゴンだぞ? そんな理由で使えるわけが無いだろうに」
「そんな理由って何さ! 私にとっては本当に大事なんだから!」
「そうです! 騎手の精神の安寧は非常に大事なはずです! 是非、ご一考を!」
アレクシアさんも、思わずといった様子で参戦されました。この人には珍しく必死な様子で、婦人会での居心地の悪さがどれほどのものかが想起されます。
しかし、ちょっと面白いですね。何がと言えば、アレクシアさんの親父さんへの態度です。
ここでの生活が続きまして、無表情は変わらずとも、そこからトゲが抜けてきたようなアレクシアさんではありましたが。相変わらず、娘さん以外の人への態度は固く、そっけないところがあったりしまして。
でも、親父さんへは違うんですよね。妙な固さも無く、自然体でふるまわれているような感じがあります。
親父さんは最初から、アレクシアさんへの好感度マックスでしたからね。娘さんの友達になってくれるかもしれない人として、好意的に接されていました。
そして、今では立派に友達で、さらには娘さんを外へ連れ出してくれる人であり。アレクシアさんへの、親父さんの好感と信頼は相当のもので。
そんな人に対してはね、アレクシアさんも固くなんていられなかったのかもしれません。こうして、自然な態度で訴えかけなどされていまして。
で、好感を抱くアレクシアさんに、切実に訴えられた親父さんですが。
「あー、いや。そうおっしゃられてもですな。さすがにそれは……」
「ダメ……でしょうか?」
「ダメだとは思いますが……う、うーむ」
かなりの困り顔でした。
娘さんはともかくとして、アレクシアさんの訴えならば何とかして上げたい。そんな思いがあるようでしたが。親父さんの困惑顔はしばらく続きました。そして、
「……まぁ、預かり物のドラゴンの体調に影響がなければですな」
親父さんはそんな言葉をもらされました。おっと? これは譲歩ではないでしょうか? ドラゴンの体調に影響がなければ良いって、そういうことでは?
アレクシアさんは笑顔になって頷きを見せられます。
「もちろんです。ノーラの体調の管理には全力を尽くします。決して、ヒース様の心配されるようなことは起こしません」
「ふむ。では、仕方がありませんな」
親父さんも苦笑で頷きを見せられました。これで、俺の婦人会への派遣も決まったようで。
娘さんもまた笑顔でした。嬉しそうに親父さんに頭を下げられます。
「ありがとう、お父さん! でも、んー? 私とアレクシアさんだと、露骨に態度が違うような気がしますけど?」
そんなことが気になったらしい娘さんでした。いやまぁ、そりゃそうじゃないですかね?
親父さんは呆れた目で娘さんを見つめられます。
「当然のことを言うな。実の娘のお前と、それこそ大事な預かりもののアレクシア殿だ。態度が同じになるわけがなかろう」
納得の正論でありました。ただ、娘さんはちょっと釈然としていないようで。「そんもんかなぁ?」とか首をかしげておられていますが。いや、そんなもんだとは思いますが、それはともかく。
「本当にありがとうございます。しかし、すみません。ヒース様の用件を邪魔してしまいまして」
アレクシアさんが謝罪の言葉を口にされます。そうなのです。親父さんは俺を婦人会へどうこうなんて、そんな話をするためにここを訪れられたわけでは無いはずで。
「あぁ、そうでしたな。つい勢いで忘れそうになってしまいましたが、大事な用件があったのでした」
親父さんは、そんな言葉を口にされました。
首をかしげていた娘さんですが、「はて?」と首をかしげ直されます。
「用件? ……前回はヒドイことを言われたような気がするけど、そういうたぐいの?」
前回と言えば、黒竜の雷鳴を耳にした時のことでしょう。その時には、婦人会に行けと、娘さん基準でのヒドイことを親父さんは口にされましたが。
今回は何でしょうかね?
俺と娘さんにアレクシアさんが注目する中、親父さんは懐へと手を入れるのでした。
「アレクシア殿のおかげで、今のお前には大満足だからな。そんな用事ではもちろん無い。書簡が届いたのだ。お前宛てだ。すぐに届けるべきだと思ってここにきたわけだ」
「書簡? 私に?」
不思議そうな顔をされる娘さんでした。
「それは珍しいっていうか、人生で二回目のような。前回はカミール閣下でしたけど。今回はどなたで?」
郵便制度なんて無ければ、気軽に手紙の出せる世界でもないので。素直に驚きを露わにする娘さんでした。
そんな娘さんに、親父さんは取り出した書簡の差出人を見せられるのでした。これは……ん? なんか既視感がありますが。
「今回も同じだな。カミール閣下からお前への書簡だ」
見覚えがある文字列だとは思いましたが。やはり、差出人はカミールさんだったようで。
娘さんが目を丸くされる最中でした。真っ先にアレクシアさんが驚きの声を上げられます。
「へぇ、カミール閣下からの書簡ですか! それはそれは。やはり、閣下はサーリャさんのことを高く評価されているのですね……ふーむ。しかし羨ましいですね」
カミールさんに思い入れのあるアレクシアさんらしいと言いますか。言葉通り、羨ましそうに書簡を見つめられるのでした。
ただ、送られた当人はと言いますと。娘さんは眉間にシワを寄せて、どこか嫌そうに書簡を見つめられるのでした。
「……なるほど。私に手紙を送ってくれそうな方は閣下ぐらいのものですし。しかし……なんか不吉な」
不吉とはカミールさんに失礼な物言いでしたが、でも正直分かるような。
前も思った気がしますが、カミールさんが時候の挨拶なんてあり得ませんし。書簡を送ってくるということは、そこには重要な内容が記されているに違いなく。
前回はアレクシアさんへの配慮みたいな感じでしたが……はてさて。今回は一体、どんな用件になりますかね? なんかドキドキ。
「……開けます?」
あまり開けたくは無さそうな娘さんでした。親父さんもまた、普通の内容では無いだろうと思ってらっしゃるのか。緊張の面持ちで頷かれます。
「開けないわけにもいくまい。まず尋常な内容では無いだろうがな」
「で、ですよねー。でも……よし」
アレクシアさんと親父さんが覗き込み、俺も遠目に目を凝らし。
そんな中で、娘さんは顔をしかめながらにロウの封を解くのでした。
で、娘さんの第一声ですが。
「……へ? 招待?」
そんな怪訝そうな声で、一方のアレクシアさんは、
「そう言えば、この時期でしたね」
不思議な納得の声。で、親父さんは、
「……とんでもないことになってしまった」
妙な驚愕の声を上げられたのでした。