第6話:俺と、婦人会の後に
俺がアルバに現在の胸中をさらした、その翌日です。
今日も今日とて、春の好天。日差しは暖かく、大気はほどよく肌に気持ちよくて。
俺は今、放牧地では無く、竜舎にいるのですがね。それでも、思わず心踊るような、素晴らしい春の一日でありました。
しかし、でした。
この二人はと言えば、冬の曇天の下にいるような、そんな表情と態度をされていましたが。
娘さんと、アレクシアさんです。
お二人とも、俺の竜舎の前で膝を抱えて座っておられるのでした。
「……やっぱり……地獄だったじゃないですかぁ……」
娘さんがうめくように恨み節を口にされます。
それを受けまして、アレクシアさんは、
「……貴女は良いでしょうに。私などは……はぁ……」
深いため息をもらされます。
あー、お二人ともねぇ。娘さんは地獄などと評していましたが、まさに地獄の責め苦をくぐりぬけて来られたような。そんな、疲労と心労を全身からにじませていましたが。
『……ざまぁないけど。ふじんかいって、怖いところなのねぇ』
ラナがそんなことを口にしていましたが、ずばりその通りで。この二人の惨状は、もちろん婦人会がもたらした結果なのでした。
よっぽど肌に合わないらしく、また肌に合っていくことも無いようで。婦人会が終わった後は、いつもこうして俺の元を訪れてくれていまして。
そして、今日も今日とて、お二人方は愚痴をこぼされるのでした。
「……毎度、毎度です。男がどーだのという話と、誰かれの悪口ばかり……しかも、毎回ほとんど同じ話ですし。話すことがなければ集まらなければいいのに」
スカートの膝をため息で濡らしながらに、娘さんは恨めしげにそんな文句を吐き出されました。
この文句は、俺が何度も聞いてきたものでした。確かにそれは辛そうで、しかし仕方がない気がしますけどねぇ。きっと実りある会話がしたいのでは無くて、馴染みの顔にあって会話することそのものが目的なのでしょうし。
娘さんも仲の良い人が出来れば、出席するのも楽しくなるとは思いますが。まだ、その域には達していないようでした。
一方で、アレクシアさんは、
「だから、貴女はまだ良いでしょうに。なんだかんだで、領主の娘である貴女に皆遠慮しているんですから」
こんな恨み節でした。アレクシアさんもまた、紺地のスカートを雫がしたたりそうなほどに、ため息で濡らされるのでした。
「はぁ。本当にただの年頃の娘として扱われている気がします。しかも、無愛想で男の影が無さそうな娘としてです。いえ、後者は真実なのですが……とにかく、そんな感じで」
「あー、そうですよね。アレクシアさんはそうですよね」
「どこの村の男がいいのだの、紹介して上げようかだの。もうちょっと笑顔を作れだの、化粧っけが無さすぎるだの……」
前髪を人差し指でいじりながらでした。アレクシアさんは再びため息をつかれます。
「かまって頂けるのもありがたいですし、心配してくれるのもありがたいのですが……正直、気持ちがついていきません。私が処世術に大きく劣っていることもあって、ただただ戸惑うしかなく……はぁ」
疲れる。そう言いたそうなアレクシアさんでした。まぁ、ねぇ? まともに人と会話されるようになったのは娘さんと仲良くなられてからでしょうしねぇ。
この方も、まだまだ楽しく婦人会という域には達してはいないようで。
愚痴が途切れました。陰鬱な沈黙が場に満ちます。そして、
「「はぁ……」」
二人して、大きくため息をつかれました。
いつものことではありますが、本当にお疲れのようでした。
《本当に、お疲れ様です》
俺はせめてものということで、ねぎらいの言葉をつづるのでした。社交スキルなんて皆無の俺でして。アドバイスを出来るわけもなければ、これくらいしか俺には出来ないのでしたが。
幸いにも喜んで頂けたようでした。それも、かなり。
娘さんは目をうるうるとさせて泣きそうな笑みを見せてこられたのでした。
「の、ノーラぁ……心配してくれて、本当にありがとう。もうね、ノーラだけだよ。ノーラだけが私の救いだから……うわーん」
泣きそうじゃなくて、若干泣いておられます。お、おう? 喜んでくれて嬉しいのですが、かなりのところ不安になってきました。
俺の言葉ぐらいでここまで感極まって下さるなんて……婦人会ってどんな所なの? 婦女子の方々が和気あいあいと会話を楽しむぐらいのものだと思っていたのですが。想像よりもヤバい場所なんですかね? ちょっと気になるような。
「……もう、ずっとここにいたいなぁ。騎手だからね、良いじゃんかね。決めた。もうずっとここにいる。私ここにいるから。決めたから」
何にせよ、ストレスダメージはかなり負っていそうな娘さんでした。決意の表情で、膝をぎゅっと抱きしめられます。ほ、本当に婦人会が嫌なんですねぇ。
しかし、嬉しくはありますけどね。娘さんがずっとここにいてくれたら、俺は万々歳で。
でも、それは俺の幸せであって……娘さんの幸せじゃないだろうからなぁ。
《きっと、その内に慣れますよ》
俺がそう記しますと、娘さんは眉をひそめて怪訝な表情をされました。
「慣れるかなぁ? ちょっと無理のような気はするけど」
《娘さんだったら、きっと。そして、きっと楽しくなっていくと思います。友達もいっぱい出来ると思います。それは、きっと幸せなことだと思います》
ちょっと価値観の押し付けみたいなところがあるような。
そうは思いましたが、やっぱりねぇ。人間の喜びは、人の輪の中にあるような気はしますし。終始、孤独だった俺はね、幸せとはほど遠く。やはり、人の温もりを求めていて。
そのことを思うとねぇ。分かりました、一緒にいましょう。なんてね? 伝えられないよね。
そう思って、伝えさせて頂いたのですが、娘さんにとってはイマイチの内容だったようで。
「そうかなぁ? 私はノーラと一緒にいる方が断然楽しいけど。なんか、すごく心が落ち着くし」
そんな反応を見せてくれました。
うーむ、めちゃくちゃ嬉しい。でも、これも後一年も経ったらどうなのだろうか。
きっと長くは続かないだろうし、それが普通のことでしょうね。でも、今は俺のことを慕ってくれているようなので。そのこと自体は素直に喜んでおこうと思いました。
《ありがとうございます》
「あははは、何でお礼を言ってるの? お礼を言いたいのはこっちなのに。愚痴にまで付き合ってもらってさ」
娘さんは朗らかな笑みを浮かべられまして。うーん、本当ねぇ。俺は幸せですね、はい。
「……しかし、いっそのことノーラを婦人会に連れていったらどうでしょうかね?」
不意のアレクシアさんでした。
死にそうな顔で俺と娘さんのやり取りを見守っておられたのですが、そんな妙なことを考えておられたそうで。
「あ、いいですね! アレクシアさん、それ良い考えです!」
娘さんは笑顔で食いつかれましたが、はい? 良い考えって、俺が婦人会に参加することが?
「ノーラが来てくれたら、もうノーラのことで話題なんて持ち切りですし! 次は一緒に行きましょう!」
ある種、おとりみたいなもんですかね? アレクシアさんは一つ頷かれます。
「そうです。しゃべらずとも、いてくれるだけで話題は持ち切りになるはずです。次回の方策が決まりましたね」
「そうですね! 次はそれで!」
「はい。是非、それで」
二人は頷き合っておられますが……冗談っぽくないのですが、もしかして本気で?
ほ、本気の本気で嫌なんですね。しかし、俺が婦人会ねぇ。犬、猫を連れていくのとはわけが違うような気がしますが。いいんですかね、俺を連れて行っても? いや娘さんのためになるのでしたら、俺もやぶさかではないのですが……
なーんて考えていたからでした。
「ここにいるだろうとは思っていたが……何故、地べたに座り込んでいるんだ?」
接近にまったく気づくことが出来ませんでしたが、このお方でした。金髪碧眼のナイスミドル。親父さんが不思議そうに首をかしげて、娘さんたちの後ろに立っておられました。