第5話:俺と、ドラゴンの時間
『……そうか。それで、ドラゴンとしての幸せという話になるわけか?』
アルバはそんな相槌を打ってきまして。俺は苦笑の心地でした。理解出来ないだろうなんて言ってたけどさ、やっぱりアルバめちゃくちゃ頭良いよね。すごく察して頂けました。
『そう。娘さんと一緒に人生を歩んでいくつもりじゃいけないわけだし。俺は人間じゃないから。ドラゴンとして、自分の人生を考えていかなきゃと思って』
で、せっかくなら幸せに生きていきたいものですし。
娘さんのいないところで、ドラゴンとしてどう幸せに生きていこうか。それを考えていたわけであります。本当なら、娘さんと一緒にい続けるというのが、俺にとって一番の幸せでしょうが……それは無理というのが俺の見立てなので。
まぁ、前世の俺のことを考えたらですが。娘さんが俺を気にかけられなくなっても、俺は十分に幸せなんだろうけどねぇ。アルバにラナ。この二体がきっと一緒にいてくれるのだから。本当、前世のことを思えば分不相応と言いますか、すばらしいドラゴンとしての一生が続いてはくれるんだろうけど。
ただ、娘さんが側にいなくなった時の喪失感を思いますと……ねぇ? 穴埋めをってわけじゃないけど、ドラゴンとして幸せになれる手段っていうのを模索しておきたいと思ったわけであります。メンタルどん底になった時に役に立つかもしれませんし。
アルバは『ふーむ』と再びのうなり声でした。
『なるほど、そうか。しかし、お前は辛いだろうな』
『へ?』
『俺やラナにはさっぱり理解出来んが、ノーラはあのうるさかったヤツを好いているようだったからな。会えなくなるのはやはり辛いんじゃないか?』
う、うおぉ。すげぇ察して下さる。そうなんだよねぇ。だからこう、少しばかりモヤモヤしているわけで。ちょっと切ないところがあるわけで。でも、
『娘さんの幸せが一番だから』
人間として味わえなかった幸せを、最初に与えてくれた人ですので。娘さんが、全てにおいて最優先。それが俺のドラゴンとして誇りですから。
『そうか。ま、お前がしたいようにすればいいさ』
何にせよ、俺の決定を尊重してくれるとのことでした。
『うん、そうする。しかし、アルバ。お前はさ、何をしてるのが幸せなわけ?』
せっかくですので尋ねてみました。まぁ、聞かずとも分かるような気はしましたが。アルバは変わらず、ぐでりと丸くなりながらに答えてきます。
『寝ること。他にあるか?』
これにはまぁ、苦笑しかありませんでした。
『そっか。まぁ、そうだよね』
『うむ。そうだ。あ、でもな。幸せになれそうだと思って、求めているものはある』
『へぇ?』
思わず目を丸くしてしまいました。何を求めているかはともかくとして、アルバが積極的な欲求を見せてきたのが珍しくて。
『え、何? アルバがさ、一体何を求めてるわけ?』
前のめりに問いかけてしまいます。アルバは平然として答えられました。
『女が欲しい』
『……はい?』
アルバは不思議そうに俺の目を見つめ返して来るのでした。
『なんだ? おかしなことを言ったか? 俺は女が欲しいと言っただけだが』
い、いや、そんなことを言われましても。ぶっちゃけ、おかしいとは思ってしまいましたが……でも、そういうことかねぇ。
アルバもお年頃ということだろう。本能の訴えとして、そういう気分になっているということで。
しかし……うん。
女が欲しい。そうなると、俺はくだんの彼女のことを意識せずにはいられないのですが。
『……あちらに、我らが淑女がいらっしゃるのですが』
鼻先で指し示します。
そこには、ちょうちょ、羽虫、長く伸びた雑草、全てを敵にして暴れまわる修羅がおられまして。
まぁ、ラナです。
憤然として遊ばれていたのですが、いつしかただただ夢中になっていたようで。動くもの全てを標的にして、飛んだり跳ねたり、転げ回ったり。実に彼女らしく、遊びを満喫されているのでした。
身近な女性と言えば、もちろんラナとなりますが……アルバは一体どう思っているのか。めちゃくちゃ気になりますが。
『まぁ、悪くはないよな』
で、平然としてこんな返答でした。
ほ、ほう? 悪くはない。これはその、まさか? 身近でラブロマンスがまさか? ヤダ……心臓がめちゃくちゃバクバク言ってるんですけど? え、マジ?
なんてでした。
俺はけっこうドキドキしたのですが。
『でも、無いけどな』
しかし、アルバはこう続けてきたのでした。無い。恋のお相手としては見ていないということかな? へぇ、それは何とも……ちょっと一安心でした。いや、二人が恋仲になるのだったら、それは非常にすばらしいことだと思いますが。
ただ、仮に二人が恋仲になって、それを脇で見守り続けるというのも、なかなか居心地が悪そうですし。おじゃま虫感が半端無いですし。自分本位な理由でちょっと申し訳ないけれど、正直一安心でした。
『アイツ自身は悪くないような気がするが。ただ、俺がアイツの眼中には無さそうだしな』
無いの理由は、こんなところだそうで。なるほど、納得です。現状の彼女を見ていますとね。アルバが恋愛相手として眼中に入ることは無いだろうなぁ。
『まぁ、ラナが求めているのは遊び相手って感じだしねぇ』
アルバがその気でも、ラナがその気にはならないだろう。そう思える、純真無垢な暴れっぷりで。ラナが恋だなんだに目覚めるのは、まだまだ先に思えました。
『……いや、俺はそういうつもりで言ったわけじゃないが』
てっきり同じことを考えていたと思ったのですが。アルバの否定の声に、俺は首をかしげます。
『あれ、そうなの?』
『俺がラナの好みではないと言うか、別の相手がというか……まぁ、いい。俺にも確証はまったくないしな』
曖昧なことをおっしゃったのでした。その内容についてはよく分かりませんでしたが、当人がまぁいいと言っているので別にいいですかね。
『しかし、お前はどうなんだ?』
そして、逆に尋ねられてしまったのでした。お、俺? 俺ですか? 俺は……そうね。女に興味がないのかってことなのでしょうが。
なんと言いますかねぇ。人間としての意識がものをいっているのか、あるいはドラゴンとして早熟の反対なのか。今のところ、そういう感じはありませんが。
『ないのか? お前だって、思うところはあるんじゃないか?』
首をひねっていると、アルバはそう言ってはきまして。
思うところねぇ? 本当俺には今のところ無くって……あっ……う、うーむ。頭に思わず浮かばないものがないわけでは……まぁ、この話題の趣旨とは大きく違いますが。
娘さんでした。
思わず浮かんだのは、娘さんのあどけない笑みだったり、騎手としての凛々しい表情だったり。
まぁね?
好きと言って間違いはないからね。あくまでドラゴンとして抱く感情であるけど。俺にすばらしい第二の人生を与えてくれた人として、俺はもちろん大好きだし、大切にしたいとは思っているけど。
あくまでドラゴンとしての親愛である。
人間が人間に寄せるような、そんな感情では無い。
当たり前であった。
俺はドラゴンで、娘さんは人間なのだ。
『……今は……まったく無いかなぁ』
『そうか。まぁ、俺も最近思い始めたからな。お前もその内だろうさ』
そうなのかねぇ。
俺もその内に、他のドラゴンのことが気になり始めたりするのだろうか?
ドラゴンとしてパートナーを求めて、ドラゴンとしての充実を求めていくことに……
『……そうだね。なるんだろうね』
俺はドラゴンですから。
想像なんて出来ないけど、きっとそうなるんでしょうねぇ。
『しかし、アルバ。ラナを高評価なんてちょっと意外だけど。お前の女性の好みってどんなもんなの?』
『さぁ? なんとなくだからな。説明出来るようなものは無いが』
『へぇ、はぁ。じゃあさ、サーバスさんはどうなの? 他にも、今まで色んな女性のドラゴンと会ってきたじゃん? 気になるドラゴンとかいるの?』
『あー、そうだな。それはな……』
そしてでした。
俺は何となく、流れでアルバと恋バナなんてしてみまして。
ラナは相変わらずで、万物を友として遊び回りまして。
春の空は穏やかで、白い雲がゆるやかにたなびいていきまして。
娘さんの代わりということで、親父さんが俺たちを竜舎に戻しにいらっしゃるまででした。
俺はただただ、ドラゴンとしてこんな時間を過ごしたのでした。