表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/366

第3話:俺と、春のラナ

『ど、どったの、ラナ?』


 にわかに現実に感覚が引き戻されまして。俺は妙なことを言ってきたラナに、思わず尋ねかけるのでした。


 アイツは良いやつって。


 そのアイツとやらはどなたで、良いやつってどういう意味で?


『どうもこうも無いわよ。アレクシアだっけ? あの女よ。アイツは良いやつって話』


 ラナは俺の前に座りながらに、そう答えてきましたが。


 ほ、ほう。そうでしたか。しかし、へぇ。なんか珍しいな。って言うか、初めてかな? ラナがさ、人間のことを褒めるなんて。しかも、名前まで覚えているのだから、よっぽど好感を抱いているのだろうけど。


『良いやつって言ってるけど、その理由は?』


 気になって尋ねかけます。ラナは満足そうに、尻尾を揺らしながらに答えてきました。


『あのウザイのを追っ払ってくれるから。他にある?』


 あー、なるほど。確かに、ラナからすればね。アレクシアさんは、娘さんを追っ払ってくれている良い人のように見えるわけか。


『えーと、ふじんかいだっけ? あのウザイのが嫌そうにしてるやつ。そこに追っ払ってくれてるんだよね? 本当、アイツ良いやつ。私が遊んでやってもいいぐらい』


 絶賛でございました。ただ、アレクシアさんを買っているというよりは、娘さんを心底嫌っているというのが大きいような気はしましたが。


 何でコイツはこんなに娘さんのことが嫌いなのかねぇ。理解は出来ませんが、とにかく遊ぶのだけは止めて頂きたいところでした。魔術師とドラゴンの、ただのファンタジーな死闘になりそうですし。


 しかし、あれですね。


 ラナの発言にちょっとばかり気になるところがありましたが。


『ラナって、けっこう人間の言葉が分かるんだね』


『は?』


『婦人会とかさ。なんか、理解してるっぽいし』


 娘さんが婦人会を嫌っているって分かっているのだから、会話の流れもある程度理解している感じがありますし。いつの間に、そんな語学を身につけられのでしょうか?


『そりゃ、アンタ。どんだけあのウザイやつの話を聞いてきたと思ってんのよ? 少しは分かるようになるわよ』


 呆れた口調でそう答えてきましたが。


 いや、え? なんか当たり前みたいな口調でしたが、分かるようになるものだろうか? 俺は娘さんのこともあって、理解したくてけっこうがんばったのですが。ラナにはそんな意欲は無いだろうに。


『興味も無くて流し聞きで、それだけ分かるようになったの? ……なんかこう、すごいなぁ』


 素直に感心してしまいました。ラナさん、かなり頭が良かったりするんじゃないだろうか。少しやる気を出したら、あっという間に人間の言葉も字も理解してしまいそうでした。


 で、俺の称賛を受け取ったラナさんですが。


『……まぁ、別にね? 興味が無かったわけじゃないし。あのウザイのがアンタと何を話しているのかって、気になって無かったわけじゃないし……』


 なにやら素直には喜べないようでした。コイツ、微妙に難しい性格をしているからなぁ。何ごとかボソボソと呟きまして。そして、


『……でも、すごい?』


 伏し目がちで、そんなことを尋ねかけてきました。何ですかね、その再確認は。よくは分かりませんが、はい、その通りで。


『すごい。俺はそう思うけど』


『……へへ、そ、そう? だったら、もっと言葉とか覚えてみよっかなー! 文字とかもさ、私だったら覚えられると思うしねー! えへへ』


 結局のところ、かなり喜んでくれました。尻尾ふりふりで、表情もなんか笑顔っぽくて。こういうところがね。正直、カワイイと思わされてしまいますよねー、はい。


『……って、違うっ! それは本題じゃないしっ!』


 で、なんか叫ばれて。


 本題じゃないって、まぁ、そっか。


『えーと、アレクシアさんは良い人って話だったっけ?』


 そう最初に声をかけられたはずですし。ですが、ラナの口から出たのは否定の言葉でした。


『それでも無くて。確かに最初はそう言ったけどさ、話したいことはそれだけじゃ無かったし』


 ほうほう。そうでしたので。では、その本題とやらはいかに。俺が耳を傾けていますと、ラナは不意に不安そうな顔になりました。


『アンタだけどさ、また何か悩んでない?』


 そう尋ねてくれました。


 ……本当、コイツはなんだかんだ言って優しいよなぁ。


『えーと、心配してくれたんだ』


『まぁね。なんか元気無さそうだからさ。気になるし、悩んでるんだったら話してみなさいよ』


 俺って、恵まれてるよな。もう何度思ったのかは分かりませんが、そう思えるのでした。本当、恵まれてる。心配してくれる誰かがいるなんて、俺には不釣り合いな贅沢なのに。


『ありがとう、ラナ。心配してくれて、本当にありがとう』


 とにかく感謝の気持ちを伝えたくて言葉にしました。ラナは少しばかり恥ずかしそうに言葉を濁らせまして、


『あぁ、もう。お礼は良いけどさ、それよりもアンタよ、アンタ。悩んでんのよね? ほら、さっさと言いなさいって』


 再び問いかけてくれて。再びありがたくて。


 そうだねぇ。


 正直、悩んでいるわけではないのでした。ちょっと硬い言い方ですが、思索を深めているっていうのが適当でして。


 娘さんが俺をあまり訪れてくれなくなりまして。ちょっとばかり考えるべきことが出来たのでして。


 で、せっかくですからね。ラナが心配してくれているのに甘えてね。一つ尋ねさせてもらうことにしましょうか。


『じゃあ、一つ聞いていい?』


『よし。どんと来なさいよ』


『ありがとう。ラナってさ、何をしている時が幸せだったりするの?』


 ラナは大きく首をかしげられました。


『なにそれ? そんなことが聞きたいの?』


『うん』


『悩み事と何か関係があるわけ?』


『大いに関係ありまして。よければ、是非』


『ふーん。じゃあ答えて上げるけど……幸せ……ねぇ? 楽しいってことで良いのよね?』


『まぁ、似たようなものかな』


『楽しいかぁ。そうねぇ……』


 首をひねりながらにラナは答えてくれました。


『遊んでる時は楽しいと思うけど』


 案の定の回答でした。俺はなるほどと頷きを見せまして、


『そっか。他には何かない?』


『他? 他ねぇ……アンタと話してる時はね。けっこうそんな感じだと思うけど』


 恥ずかしそうに、そんなことを言ってくれました。


 ……ぬおー、なんか嬉しいな。自分と話すのが嬉しい。そう言ってくれる相手に、まさか出会えることが出来るとは。


『ま、まぁね? もちろんアルバともだけど。話すのは楽しいって、それだけの話だから、うん』


『うん、分かってる。ありがとう、ラナ。楽しいって言ってくれて嬉しいよ』


 アルバと同様に、俺との会話も楽しんでくれている。それは本当に嬉しいことでした。本当、前世じゃあり得なかったことだからなぁ。気恥ずかしくも、心底嬉しいことで。


 ラナも少しばかり気恥ずかしいようで。そんな感情を振り払うように、一つ大きな声を出されました。


『あぁ、もう! とにかくさ、答えてやったけど、どう? 役には立ったわけ?』


 もちろんでございまして。


 俺は感謝の思いで首をタテに振ります。


『十分。本当、ありがとうね』


『役に立ったんなら、まぁ良いけどさ。でも、何? 何を考えて、こんな質問してきたわけ? 一体何を悩んでんの?』


 当然のラナの質問でした。まぁ、そりゃそっか。何が幸せ? なんて怪しげな質問。その根っこが気になって当然だよね。


『えーとさ、ドラゴンとしての幸せって何かって、ちょっと考えてて』


 と言うことで答えたのですが。


 ラナは眉根にシワを寄せて、怪訝な顔をするのでした。


『ドラゴンとしての幸せ? 私やノーラにとって楽しいことって話?』


『そうそう。そんな感じ。ドラゴンってどうすれば幸せになれるのかなぁって、ちょっと考えてて』


『ふーん。まぁ、アンタらしいっちゃらしいけど。変なこと考えてんのねぇ。どうすれば幸せになれるのか? そんなの、幸せだと思うことをすればいいじゃないのよ』


 俺は苦笑したくなりました。確かに、まったくその通りで。でも、なかなかね。俺にはそれが許されないだろうしなぁ、うーむ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ