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俺と、アレクシアさんの野望(終)

 で、娘さんが俺の竜舎にたどり着かれました。


 外套を目深に着込んだ娘さんは、慌てて俺の竜舎に身をすべらせて来られます。


「う、うっわぁ! まったビッショビショ!」


 驚きの声を上げながらに、娘さんはアレクシアさんの頭に麻の布をかけられます。外套の内側で、濡れないように運ばれてきたようでして。


 娘さんは手早くアレクシアさんの頭をふき始めました。そして、アレクシアさんはされるがままにじっとされていたたのですが。


「……よく、ここが分かりましたね」


 不意に、そんなことをおっしゃりました。娘さんは手を止めずに、笑顔で答えられます。


「家の者が、アレクシアさんが外に出られたのを見ていましたので。あとは、アレクシアさんはノーラと仲が良いですから。おられるのなら、ここかなと。ノーラも、鳴いて教えてくれてありがとうね」


 娘さんは、アレクシアさんへの笑みを、俺にも向けてくれたのでした。


 えー、いえいえ。感謝されるほどのことではございませんが。しかし、気になるなぁ。アレクシアさんの胸中がである。娘さんに子供のような世話を受けて、本当その心中やいかに。


「……ありがとうございます。これで風邪を引かずにすみそうです」


 お? 意外に、平気だったりするのでしょうか?


 アレクシアさんはわずかに笑みを浮かべて、娘さんに頭を下げられました。これはアレですかね? お姉さんぶれていないことへの悔しさよりも、娘さんの優しさのありがたさが勝った感じでしょうか?


 なんて、俺は楽観してみたのですが。


「……しかし」


 アレクシアさんは静かにそう一言置きまして。


「私は……そんなに頼りないのでしょうか?」


 えー、やはり思うところが無いわけが無いようでした。


「え? あ、あの……どうされました?」


 お姉さんぶることが出来ず、深く心を痛めている。そんなアレクシアさんの事情を知るわけもない娘さんでありまして。当然、困惑を示されました。そして困惑される娘さんを、アレクシアさんは切実な目をして見つめられます。


「ここでは私はよそ者です。世話を受けなければどうしようも無い立場だとは分かっています。ですが、それにしても私は子供のような扱いを受けているような気がしまして……サーリャさん、どうなんでしょうか? 貴女は私をどう思っておられるのでしょうか? 世話をしてやらないと、どうしようもないような存在だと思っているのでしょうか?」


 感情の堰が溢れたような訴えかけでした。連日の失敗に加えて、今日の雨がありまして。よっぽど、心にこたえていたのでしょうね。


 しかし……これ大丈夫でしょうか?


 俺はかなり不安を覚えました。アレクシアさんの発言は、自分を子供扱いしてヒドイみたいな非難に聞こえないこともないわけで。

 

 でも、娘さんはただただ善意でアレクシアさんのお世話をしているに違いなく。なんで非難されなきゃいけないのかと、不満を覚えられてもおかしくはなく。


 これがきっかけでお二人の仲が悪くなったりとか……そ、そんなことはありませんよね? ね?


 ……万が一の時は、仲裁に出ないといけませんね。


 そう覚悟して、俺はことの成り行きをうかがうのですが……ん?


「……やっぱり不快でしたよね」


 娘さんは、そんな呟きを発せられたのでした。えーと、はい? これは予想外の反応ですが、一体どういう意味なので? 俺が戸惑い、アレクシアさんも「はい?」と不思議の声を上げられる中でした。


 娘さん、深々と頭を下げられました。


「すいません、アレクシアさん。大変不快な思いをさせてしまったみたいで」


 そうして謝罪の言葉を述べられたのでしたが……へ? これ、どういうことなのですか?


「あの……サーリャさん、それはどういう意味でしょうか?」


 アレクシアさんが唖然として尋ねかけますと、娘さんは気まずそうに頭をかかれまして。


「悪いなとは思っていたんです。でも、なれなれしくも、差し出がましい言動を繰り返してしまいまして。なんでもかんでも、アレクシアさんのすることに口と手をはさんでしまいまして」


 心底、申し訳なさそうな娘さんでしたが……えーと? 俺からすれば、普通に面倒を見ていらっしゃるように思えるのですが。


 アレクシアさんからしてもそうだったようで。困惑を露わに応えられます。


「いえ、貴女の態度は普通と言いますか、むしろ素晴らしいものでして。謝罪が必要なものには全く思えませんが……」


「アレクシアさんに子供扱いされているなんて言わせてしまったんです。本当に申し訳ないことをしてしまいました」


 心底、後悔されているようでして。


 娘さんは、それこそ申し訳なさそうに目を伏せられているのでした。


「……あのー、私、友達が全くいなくて。でも、友達がいたらしたかったことっていうのが、確かにありまして」


 そうして、娘さんは懺悔っぽい言葉を続けられたのですが……何だか、どこかで聞いたような話ですね、これ。で、その話を先日していた当人ですが、共感を覚えられたのでしょうか? アレクシアさんは深々と頷きを見せられました。


「……そうですか。友達がいたらしたかったことですか。なるほど」


「はい。こんなことを一緒にしたいなぁとか、してあげたいなぁとかありまして。それで、アレクシアさんが我が家にいらっしゃってくれて。つい甘えてしまったのです」


 甘えて。


 なんか、ここ数日のキーワードが出てきましたが。アレクシアさんの肩が、目に見えてピクリと動きました。


「甘えて……ですか?」


「はい。友達が出来たら、色々やって上げたいみたいな欲求がありまして。あまりにもなれなれしい気はしましたが、アレクシアさんなら許して頂けるかと思いまして。つい、甘えてしまいました」


「ふーむ。そうですか、甘えて……」


 急速に、落ち着きと活力を取り戻してきた感じのアレクシアさんでした。甘えられている。その事実がアレクシアさんに力を与えているようでして。


 しかし、娘さん。そんなことを思って、アレクシアさんに接していたんですねぇ。


 友達関係の理想みたいなものがあってですね。まぁ、完全な人間嫌いでも無ければ、理想は皆抱くものなのかもしれませんが。俺ですら、そんな感じでしたし。


 そしてです。アレクシアさんなら許してくれると思って、その理想を実現していた、と。アレクシアさんに甘えていた、と。


 ……この数日、空回り気味で自爆傾向のあったアレクシアさんですが。娘さんからこの発言を引き出せたのですから、無駄では無かったんですかねぇ。ちょっとしみじみ。


「……是非、甘えて下さい」


 アレクシアさんは満面の笑みで娘さんにそう告げるのでした。


「あ、アレクシアさん?」


 急な変化に動揺されたというのもあるでしょう。娘さんは不思議そうにアレクシアさんの名を呼ばれました。ですが、呼ばれた当人は夢心地の様子で何ごとか呟かれていまして。


「……ふふふ、そうでしたか。私は甘えられていたのですか。そうですか、そうですか。どうやら私は勘違いしていたようですね、ふふ」


 めちゃくちゃ嬉しそうでした。で、娘さんに頭を差し出されまして。


「どうぞ」


「へ、へ?」


 戸惑いの声を上げられる娘さん。俺もまためちゃくちゃ戸惑いました。あの、何をされているんですかね?


「甘えられたいということでしたので。サーリャさんのお好きなようになされたらと思いまして」


 そういうことのようですが。ふいても良いよってことでしょうかね?


「は、はぁ」


 おそるおそるでした。娘さんは、アレクシアさんのぬれ髪を麻布でぬぐい始めまして。アレクシアさんは幸せそうに、娘さんに身を任せておられるのですが……


 これは、どういうことなのか? アレクシアさんは一体どうされてしまったのか?


 そんな目で、娘さんが俺を見つめてこられましたが。えーと、気にせず続けて頂ければ。それが、この方の望みのようなので。


 とにもかくにもでした。


 娘さんはかなり困惑されていますが、アレクシアさんは無事目的を果たされたのでした。めでたし、めでたし。



 とは、さすがにならなかったようで。



「……さすがに、先ほどのアレはひどかったですね」


 雨が降り止みまして。


 服を着替えたアレクシアさんが、竜舎にいる俺を再び訪ねてこられたのでした。顔には苦渋の表情が深く刻まれています。


「本当にひどかったですね。心が弱っていたとは言え、アレは無いです。完全にサーリャさんに気をつかわせてしまいましたから。まったく、情けない」


 冷静に戻って、後悔しかないようでした。まぁ、俺から見てもちょっとばっかりヒドかったですが。しかしです。


《甘えていると言ってもらえましたね》


 成果は十分だったのではないでしょうか。そう思って、こんな言葉をつづったのでした。アレクシアさんは、これに小さく笑みを見せられました。


「そうですね。それはありがたいことでした。ただ、やはり甘えてもらっている感じは無いですけどね。甘やかされている実感はあるのですが」


 まぁ、そうでしょうねぇ。はたから見ていてもね。娘さんは甘えているつもりでも、アレクシアさんが甘やかされているようにしか見えませんし。


「ですが、とにかく甘えていると言ってもらえましたので。私は、とりあえずのところ、これで良しとしたいと思います」


 ほう? そのような結論に至られたのですか。


《満足されましたか?》


 この尋ねかけには、アレクシアさんは苦笑を浮かべるのでした。


「満足と言うよりは、諦めたという感じですね。冷静に考えればですが、やはり居候の立場で甘えてもらうのはなかなか難しいですから。私が甘えなければならない局面の方がはるかに多いでしょうし」


《やはりそうですね》


「はい。ただ、諦めるのはこの状況だからです。いずれ、しかるべき時が来ましたらまた挑戦したいと思います。その時には、また協力して頂いてもよろしいですか?」


 ほ、ほう。まだ挑戦される気はあるのですね。今回俺は役には立ちませんでしたし、次回も役に立てる予感はありませんが。それでもアレクシアさんの頼みですから。返答はもちろん。


《その時には是非》


 アレクシアさんは、ほほ笑みを浮かべて頷かれました。


「ありがとうございます。次こそはですね。次こそは……サーリャさんに、分かりやすく私に甘えさせて見せましょう。このアレクシア・リャナスの名にかけて。次こそは必ずや……」


 そして、にわかに真剣な顔になられて、決意を吐露されるのでしたが……本当、この人はなんでここまでお姉さんぶりたいと思っているのか。


 そこは最後までイマイチ理解出来ませんでしたが、とにもかくにも。


 アレクシアさんの戦いはまだまだ続くと、そういうことのようでした。


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