俺と、アレクシアさんの野望(5)
相変わらずと言いますか、娘さんに対してお姉さんぶりたい。そんな目標を抱いて、奮闘しているアレクシアさんです。
現在、娘さんは放牧地にて、アルバに背中を預けながらにつくろい物をされていまして。
娘さんのつくろい物の手伝いをされたらどうか?
俺はそんなアドバイスをアレクシアさんに伝えさせて頂いたのでした。その結果ですが。
「さすがです。分かっておられます。我が同志はまったく……本当に最高の助言者ですね。素晴らしい」
大絶賛でございました。アレクシアさんは心底感心されたように何度も頷かれております。
え、えーと、お褒めに預かり恐悦至極ではございますが。問題はこの後なわけで。前回は失敗に終わりましたが、今回は一体どうなるのか?
「では、行って参ります」
意気揚々と、アレクシアさんは俺の背中から離れて、娘さんの元へと歩み寄ります。
「あ、アレクシアさん。どうされました?」
娘さんが笑顔で仰がれまして。アレクシアさんもまた、笑みを浮かべて応じられます。
「貴女と話がしたいと思いまして。衣類の修繕ですが、なかなか大変ではないですか?」
目的を見据えた上で、そんな入り方を選択されたようでした。
娘さんは笑みを浮かべたままで首を横に振られます。
「あははは。そんなことは無いですよ? もう慣れたものですし。それに昔から、この手の仕事は大好きでしたから」
そうでしたねぇ。俺はちょっと感慨深くなりました。娘さんは、本当につくろい物がお好きのようでして。絶不調の時には、ストレス解消の役にも立っていたみたいですし。それからまだ一年も経っていないのですが、もはや何ともなつかしい。
しかし、ちょっと不安になりますね。
アレクシアさんの目的を思うとです。ここからどう手伝える状況に持っていくのか。娘さんが、つくろい物をまったく苦にしていない現状がありまして。大変そうだから手伝ってあげましょうか? なんて提案は成立しないでしょうし。
ただでした。ここはさすがのアレクシアさんのようでして。
「そのようですね。やはり、お得意で?」
「はい。けっこう自信があります」
「ふふ。そうでしたか。それではですが、私に裁縫を教えて頂くことは可能でしょうか?」
娘さんはにわかに目を丸くされました。
「私が……アレクシアさんに裁縫をですか?」
「はい。恥ずかしながら、私はその手の仕事が不得手なので。よろしければですが、サーリャさんに教えて頂ければと思いまして」
アレクシアさんは柔和にほほ笑んで、そうおっしゃったのですが……うーむ、さすがで。良い話の持っていき方をされますねぇ。
普通に手伝うと言ったところで、なかなか目的を果たすことは難しかったでしょうし。大丈夫ですから。アレクシアさんに私の仕事なんてさせられませんから。そんな回答が返ってくるのがオチだったでしょう。
しかし、この話の持っていき方ならね。アレクシアさんの面倒を積極的に見たがってる娘さんなのである。断られるはずなんて、あり得るはずも無く。
その上でだ。アレクシアさんが自前の裁縫スキルを見せつけて下さればね。うわ、すごい! さすがアレクシアさん、私がつくろうよりもずっとキレイ! みたいなことになればね?
どこが苦手なんですかヤダーみたいな話になりまして。アレクシアさんは、良ければ他の針仕事も私がしましょうか? みたいな話にも持っていけて。きゃー、アレクシアさん、ステキっ! よろしくお願いします! みたいな話にもなるかもで。
うーむ、さすがですね。さすがのアレクシアさんの才覚でした。才覚の使いどころに対して、いささか妙な気持ちにさせられないことも無いですが、それはともかく。
アレクシアさんはその場に腰を下ろされまして。楽しげな娘さんから、針と手袋を受け取りまして。
「では、アレクシアさん。まずここです。ここに針を通して下さい」
「ここですか? はい、分かりました」
アレクシアさんの作戦が、どうやら軌道に乗り始めたようでした。これでですね、アレクシアさんの本懐が遂げられるといいですけどねぇ。俺はそう期待して、しかし不意の疑問に首をひねったりしました。
実際のところ、アレクシアさんのつくろい物の実力ってどんなもんなんでしょうね?
つくろい物の手伝いはどうかと俺が提案しまして。アレクシアさんは、それならば娘さんにお姉さんぶれると行動に移されたわけで。おそろく、かなり裁縫の実力には自信があるのだろうと思いますが。娘さんには勝てる実力があると、そういうことなのだと思うのですが。
娘さんに楽しそうに見守られながら、アレクシアさんは針を持つ手を動かされます。その表情には笑みがあり、余裕もありで。
やっぱり、かなりの実力者なのかな? そう思って、俺は安心して見守って……はいられませんでした。
え、ちょ、ちょっと?
思わず目を疑ってしまいました。アレクシアさんの指使いがですがね、くっそぎこちないのでして。今にも自らの指を針で突いてしまいそうなぎこちなさ。気が付けば、アレクシアさんの額には玉のような冷や汗が浮かんでいて……
「あはは、アレクシアさん。そんな焦らなくて大丈夫ですから。ここで、こう結んで……」
「は、はい。ここをこう……」
え、えーと、ただの裁縫教室になってません?
そんな時間がしばらく続き。
「あ、そうだ! もう一式、裁縫道具持ってきますね。私が手本を見せて、アレクシアさんがそれを見て試されて。そっちの方がきっと上手く出来ますし」
娘さんは楽しそうに手を叩き、立ち上がられまして。
弾むような足取りで屋敷へと去っていかれました。
「…………」
そしてでした。アレクシアさんはまったくの無表情で俺を見つめておられましたが……い、いやいやいや。そんな顔で見つめられましても。どちらかと言えば、俺の方が物言いたげな目をして見つめたかったですし。
裁縫……出来ないのですね?
「……机上の空論を描くことに夢中だったということでしょうね。自身の実力について、さっぱり失念しておりました」
アレクシアさんは、不思議な笑みを頬に浮かべられるのでした。
「本当、何で忘れていたのでしょうね? 裁縫は貴族の娘に必須の教養。ですが、私はどれだけ時間をかけても、まるでものに出来ず……ふふ、母には嫌われ、姉にも笑われ、妹たちにも当然……ふふふ、ふふふふ……」
その笑みは自嘲の笑みだったようでした。
アレクシアさんのコンプレックスが劇的に刺激されてしまったようで。こんな過去を抱えて、なんで裁縫で娘さんに挑もうと思われてしまったのか。それだけ娘さんに対してお姉さんぶりたかったのでしょうが……それはともかく。
なんか、非常に落ち込まれているようですので。俺は慌ててアレクシアさんに近づいて、地面に文字をつづります。
《裁縫で劣ったぐらいで、貴女の価値はゆるぎません。貴女は優秀で素晴らしい方です》
暗黒面にずぶずぶ沈んでしまいそうな気配がありましたので。俺の素直な感想を、急いでお届けした次第であります。
「……ダメですね。泣いてしまいそうです」
感極まった感じのアレクシアさんでした。俺の称賛の言葉が、一応心に届いてくれたようで。そっと青空を仰がれた上で、笑みを浮かべての頷きを見せてくれました。
「ありがとうございます。そうですね。私だって、自分があながち捨てたものでは無いと自負しています。サーリャさんと、それに貴方ノーラが認めてくれた私なのです。裁縫に劣っていたぐらいで、こうまで落ち込む必要があるものですか」
生気が戻られたようで何よりでございます。ただ、アレクシアさんの表情はすぐに陰りました。
「しかし……失敗ですね」
えーと、はい。確かにその通りの結果にはなりましたが。
アレクシアさんは目つき鋭く、小さく呟きます。
「……次です。今度こそは」
まだまだ諦めるつもりは無いようでして。
アレクシアさんはじっと、娘さんの去っていった屋敷の方向を見すえるのでした。




