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俺と、アレクシアさんの野望(4)

 娘さんとクライゼさんが、空戦の鍛錬を積んでおられまして。


 その場面において、アレクシアさんはお姉さんぶれはしないかと尋ねてこられて。


 ……いやぁ、うーん?


 放牧地の冷たい地面で犬座りをしながらでした。俺は『んー?』と首をかしげます。


 やれることですか? この状況で? お二方は空戦の練習に励んでおられまして……ここで、お姉さんぶれること。これは……


《お水でも用意するのはいかがですか?》


 鍛錬が終わった後の話になりますけどね。空気は冷たくても、お二方はけっこう汗をかかれているみたいですし。そこにですね、笑顔でそっとお水を差し出しましたら……それっぽくないですかね?


 頼られる、甘えられるってこととはちょっと違うかもしれませんが。娘さんはきっと、やっぱりアレクシアさんって頼りになるなぁって、思われることでしょうし。このことがきっかけとして、娘さんはアレクシアさんに甘えたくなるかもしれませんし。


「……なるほど。悪くはな……いえ、むしろ……ふむ」


 どんな想像をされたのかは知りませんが、アレクシアさんも納得の提案だったようで。この方は、俺の隣で平たい岩の上に腰を降ろされていたのですが。俺の顔を見上げながらに、満足げな笑みを浮かべられました。


「さすがは我が同志ですね。分かっておられます。実に分かっておられます」


 立ち上がられました。すぐさま行動ということのようで。静かな足取りでしたが、どこか心のトキメキがにじんでいるような。黒髪を揺らしながらに、屋敷の方向へと去っていかれました。


 

 で、二十分ぐらい経ちまして。



「……どうも」


 アレクシアさん、戻って来られました。胸元から下を、びっしゃびっしゃに濡らされた状態で。お、おおう? これは……まぁ、予想はつきますが。


「……良ければですが、風の方をよろしくお願いします」


 暗い表情に暗い声音でした。アレクシアさんは俺にそんなお願いをされまして。え、えーと、はい。俺は風の魔術をもって、アレクシアさんに風を送ります。服が乾くのが少しは早まれば良いのですが。


 アレクシアさんは黒髪を風になびかせながら、濡れた服を軽くつまんで見せてこられました。


「これはですね、手を滑らせただけです。井戸から水を汲む時にですが。私、あまり力は無いので」


 さ、さいですか。まぁ、そういうこともあるでしょう。しかし、手に何も持っておられないのが気になりますが。


 俺の視線から察せられたのでしょうか。アレクシアさんは「あぁ」と頷かれました。


「お水の用意ですか? それなのですがね、意気揚々と水を汲もうとして失敗して、その時に気づいたのですが。杯のある場所などは私はさっぱり分からなくてですね」


 あ、あー、なるほど。そう言えば、食事のたぐいは娘さんに任せっきりでしたね。


「ヒース様や、他の方もいらっしゃらなくてですね。仕方なく諦めるに至った次第です。ここはやはり敵地でしたね」


 まぁ、そうですねー。アレクシアさんにとって、ここはやはりよその家であって。


《出来ることは、なかなか限られそうですね》


「まったくです。しかし、身一つで出来ることなどは限られていて。魔術を教えろと言われれば、私でも出来るのですが。サーリャさんにその気配は無く……うーむ。これはなかなか困難な状況で……って、はい?」


 アレクシアさんが不思議そうに空を仰がれました。そうですよね、気づかれますよね。ドラゴンの羽音がですが、勢いよく近づいてきているわけで。


「あ、アレクシアさん!?」


 すぐ側に降りてきた娘さんでした。慌ててラナの背中か飛び降りながらに、そんな驚きの声を上げられたのでした。


 娘さんはアレクシアさんの目の前に立たれまして、「え? え?」と困惑の声を上げられます。


「空から見ていて、びっくりして降りてきたんですけど……び、ビッショビショじゃないですか!? どうしたんですか、それ!?」


 さすがは娘さんでした。クライゼさんと鍛錬を積みながらでも、地上をうかがう余裕は持たれていたようで。それで心配して降りて来られたようで。


 しかし、なんか嫌な予感がしますね。お姉さんぶりたいという、アレクシアさんの命題を念頭に置くとですが。


 アレクシアさんも嫌な予感を覚えていらっしゃるのかどうか。気遣いは無用だと態度で示しておられるようでした。心配そうな娘さんに、平然として応えられます。


「あぁ、これですか? 色々あって濡れてしまいましたが、問題などありません。ノーラが風を吹かせてくれていますので、そのうちに乾くものだと……」


「その前に風邪を引いちゃいますってっ! 待ってて下さいっ! すぐに着替えを持ってきますからっ!」


 そうして、娘さんは屋敷の方に走り去っていきました。その背中を見つめてです。アレクシアさんはさみしげな笑みを浮かべられます。


「本当に……嬉しいものですね。私は母に愛されたことなどありませんが。もしかしたら、母にいつくしまれるというのはこんな感覚なのでしょうか? しかし……ふふ、ふふふふ……」


 きょ、胸中はお察しいたします。それがどれだけ心地良くても、アレクシアさんの本懐とはほど遠いもので。今日もまた、お母さんとお子さんみたいになっちゃいましたねぇ。


「……次です」


 力強く、ノーギブアップを宣言されるのでした。



 で、またの翌日です。



 いよいよ春が近づいてきたのではないか?


 そう思えるぐらいに暖かく、心地の良い日でした。


「……ふーふふーん」


 そんな暖色に彩られたような陽気の中に、娘さんの軽やかな鼻歌が響きます。


 久しぶりの光景でした。とぐろを巻くドラゴンを背にして、娘さんは手袋と針を手にしておられまして。


 つくろい物をされているのです。今までは屋内でされていたようですが、陽気に誘われてということですかね? 楽しそうに針を走らせておられました。


 本当、良い光景ですねぇ。


 なんか牧歌的で、何より娘さんが幸せそうで。俺もね、とても幸せな心地でした。思わず笑みが浮かんでしまうような、そんな胸中でした。


 ただ、この方には笑みを浮かべるような余裕はさっぱり無いようでして。


「……さて、どうしましょうか」


 アレクシアさんは目つき鋭く、娘さんの様子を観察されるのでした。


 娘さんに対してお姉さんぶりたい。アレクシアさんはそのことを全く諦めておられないので。


 娘さんから少し離れたところからです。とぐろを巻く俺に背を預けながらに、何ごとか思案を深められているのでした。


 俺もまた考えます。この状況で、アレクシアさんに出来そうなこと。何かありますかねー。


 今日もまた、俺は相談役としてアレクシアさんの側にあるのでした。本当は、娘さんに背中を預けてもらうのは俺のはずだったんですけどね。その寸前で、アレクシアさんに連れ去られたのでした。


 ちょっと俺に話があるからって。娘さん、不思議そうな顔をされていましたねー。で、俺の代役はアルバとなり、現在の状況に至りまして。


 娘さん、つくろい物をされながらにもやはり気にされているようで。ちらりちらりと、こちらをうかがったりされているのでした。まぁ、何やってんのかって、疑問に思わざるは得ないでしょうしね。


『アンタたち、何やってんの?』


 ちなみにですが、ドラゴンにすら不思議に思われているようでした。


 陽気の中、気持ち良さそうに地面に伏せているラナでしたが、不思議そうにそう声をかけてきたのです。


 さもありなんですかねぇ。この気持ちの良い好天の下で、一人と一体をして、鬱々として悩んでいる様子を見たらね。そう思うのも自然でしょう。


 とにかく、真面目に考えます。


 協力を引き受けてしまいましたので。その分の責任はしっかりと果たさなければ。


「……ノーラ。何か策などはありませんか?」


 早速、協力の要請でした。


 アレクシアさんが、娘さんをじっと見つめながらに、俺に尋ねかけてきます。


 ふーむ、この状況でですか? 


 そうですねー……この状況でしたらね、やはりこれしかないような気はしますが。


《つくろい物の手伝いをされたらどうですか?》


 娘さんは、騎手の鍛錬で傷んだ手袋やらズボンやらを修繕されているのですが。この状況でしたら、それが一番アレクシアさんの要求にかなうような気はしました。


 娘さんの手袋やらを、アレクシアさんがキレイにつくろってあげたらですね? やっぱりアレクシアさんは頼りになりますね、これからもお願いしてもいいですか? って、頼られて、甘えられる未来を切り開くことが出来るかもしれませんし。


「……なるほど。その手がありましたか」


 必死に考えすぎて、逆に頭が回っていない感じのアレクシアさんでした。大した提案では無いと思いますが、感心したように頷かれました。


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