俺と、アレクシアさんの野望(3)
アレクシアさんが、娘さんに対してお姉さんぶるのは無理。
そう伝えてにらまれて、しかし俺の意見は変わりませんので。あらためて、伝えさせて頂きます。
《ちょっと無理ではないかと私は思いまして》
「な、なんでですかっ! 無理とはなんですかっ! そんなに私は頼りがいの無い女ですかっ!?」
反応は劇的で。いやその、目つき鋭くにらまれましても……別に、アレクシアさんが頼りがいが無いとか、そういう話では無くてですね。
本気で考えた結果なのですがね。この状況じゃあ、ちょっとねぇ。
《敵陣のど真ん中みたいなものですから》
アレクシアさんは、目を細めて首をかしげられました。
「敵陣……? ここラウ家がですか?」
そうです、そうです。俺が頷きを見せますと、アレクシアさんはしばしの沈黙をはさまれまして、
「……確かに。私が甘えられたいと願うとしたら、ここは敵陣のようなものかもしれませんね。ここはラウ家の屋敷であり、私は現在居候のようなものですから」
さすがはアレクシアさん、俺の言いたいことを行間から読み取りまくって下さいました。
別にアレクシアさんがどうのこうのという話では無いのだ。
ここはラウ家の屋敷。そしてアレクシアさんは、この言い方が正しいものかはともかくとして居候のようなもののわけで。
どう考えても、甘えて頼らないといけないのはアレクシアさんなのだ。そうせざるを得ないと言いますか。で、一方の娘さんは、アレクシアさんが快適に過ごせるように努力されるわけで。ある意味じゃあ、責任感を持って甘やかしに来られるわけで。
ちょっと、この状況じゃあねぇ?
アレクシアさんがお姉さんぶれる場面が訪れるとは考えにくいかなぁ。
《王都であれば、もちろんアレクシアさんはお姉さんぶれると思います。サーリャさんにとっては異邦の地であり、もちろん貴女を信頼してもいますので。安心して、貴女に甘えられることかと》
長文で意見をつづります。くっそ疲れましたが、その価値はあったかな?
アレクシアさんは「ふーむ」と納得の声をもらされました。
「なるほど。とにかく、この状況では私に勝ち目は無いと?」
《はい。他日を期されたらいかがでしょうか?》
娘さんも、いずれは王都を訪れることがあるかもしれませんし。
その時を待たれたらどうかという俺の意見でした。
アレクシアさんは静かに頷かれました。
「確かに。大勢は決していると言っても良いかもしれません。この状況からすれば、私に勝利の目はまるで無い。そう言ってもいいかもしれません」
どうやら納得頂けたみたいで。
これで、この問題も終わりでしょうかね? これでアレクシアさんも、お姉さんぶりたいのに出来ない! みたいに気を病むことなく、気楽にここでの生活を送って頂けることになったのでしょうか?
そうだとしたら、俺もなかなか良い働きが出来たのではないでしょうかね? ふふふふ。
なーんて、俺はちょっと思ったのですが。
「……しかし、大局では負けていようとも、局地戦で勝利をおさめることは出来るはずです」
アレクシアさんは力強い目をして、そう断言されるのでした。
えーと、あらら?
諦める気はさらさら無い。そんな感じでしょうかね?
「無謀だと、貴方は思われるかもしれません。ですが、諦めがたいのです。私はいずれ王都に帰る身で、次はいつサーリャさんに会うことが出来るのか。それがまったく見通せませんので」
あー、それは確かに。諦めがたいのも納得です。車も電車も無いこの世界。遠出なんて莫大な時間がかかれば、気軽に出来るものでは無くて。
アレクシアさんは気軽にサーリャさんと会えるわけでは無い。それを思いますとねぇ、気持ちはすごく分かりました。ただ……やっぱり勝機は薄いような気はしますけどねぇ。
しかしです。この方には、ここで膝を屈する気はさらさら無いようで。
「私は諦めません。せっかくのこの機会なのですから。そしてですが、私が勝利を収めようと思えば、最もサーリャさんに近しい貴方の協力は不可欠です。我が同志。どうか協力をお願いします」
今回は頭を下げられることはありませんでした。しかし、真剣な空気は前回よりもはるかに増しているようで。切実な瞳をして、俺をじっと見つめておられます。
そんなアレクシアさんを見つめ返して、俺は思うのでした。
あ、相変わらずガチですねぇ。あるいは黒竜の時よりも、この人真剣なのではないだろうか。
しかし、どうしますか。
とにかく、この方がここまで切実に頼んでこられているのである。同志なんて呼んで頂いてですね。まぁ、俺は娘さんを大切に思っているという意味で、アレクシアさんとは同志なのですが。別に、俺は娘さんに年上として接したいなんて欠片も思ってはいないのですが。
手助けはして差し上げたいですよねぇ。でも……うーん。
で、翌日でした。
「……やはり、すごいですね」
アレクシアさんの口から、感嘆の声がもれます。
ラウ家の放牧地でした。この場所にも、少しばかり春の息吹が感じられるようにはなって参りました。青々となんて、まだまだ先の話にはなりますが。あと一ヶ月も経てば灰色よりも緑が目立つようになるような気はしますねー。
まぁ、アレクシアさんの視線は、放牧地の地面になんて向けられてはいないのですが。
空でした。まだまだ寒々しい、色彩の薄い青空。そこでは、一対の騎竜に騎手がしのぎを削っているのでした。
もはや言うに及ばずですが、クライゼさんに娘さんでした。騎竜はサーバスさんにラナですが、最近ですね、二人でよくこうして鍛錬をされているのでした。
クライゼさんがどうにも鍛錬を熱望されているようでして。
黒竜との戦いで、イマイチな動きしか出来なかったと不満を覚えておられるらしいのです。いや、俺からすれば、クライゼさんらしい熟達の軌道だったのですが。ただ、当人は鍛錬不足が祟ったと大いに不満のようでして。娘さんを相手にして、こうして修練を積まれているのです。
しかし、本当すごいですね。
隣で一緒に眺めているアレクシアさんも、ただただ感嘆されているようでした。
「すごいことは知ってはいましたが。しかし、こうして改めて目の当たりにすると……素晴らしいですね。本当にキレイです」
俺もねぇ、心底そう思いますね。
ただただキレイなのです。その軌道が、ドラゴンの背中にあっての身のさばき方が。
以前にも同じことを思いましたけどね。娘さんが絶不調の時のことです。訓練をつけてくれていたクライゼさんに、そんなことを思ったものでしたが。
しかし、現在のキレイさはね、もちろんクライゼさんばかりが担うものでは無くってですね。
今の娘さんは、絶不調だった時の面影なんてありませんからね。クライゼさんに比肩する騎手として空にありまして。
娘さんも当然おキレイなもので。そして、お二人のやり取りがね。一流の騎手同士が、互いに打ち勝とうとして、空中で繰り広げられる駆け引きがね。本当、キレイなんだよなぁ。
そこに無駄は一切無く、だからこそ機能美的に美しくて。演武でも行っているような感じでした。空を滑るようにして、お二方は美しい軌道を描いてゆきます。
「……やはり、サーリャさんはすごいですね」
アレクシアさんは、深い頷きを見せられ……そしてでした。
「では、我が同志」
不意に俺を見つめてこられます。あー、はい。そうですよね。そうなりますよねー。
「なにか策の方は? 良い意見はありませんか?」
出来る限りは協力する。そう伝えてしまったのでした。だからこそ、アレクシアさんは当然のものとして、協力を期待されているのでした。
……どうすっかねぇ、これ。
俺の意見は終始一環しております。まず無理。アレクシアさんがお姉さんぶるのは非常に難しい。
しかし、恩義あるアレクシアさんのお願いということで、頷いてしまったので。何かアドバイスの一つぐらいはさせて頂きたいところでしたが……うーむ。
アレクシアさんはまるで童女のようでした。
期待に目を輝かせて、俺を見つめておられますが……本当、どうしようね、これ。