俺と、アレクシアさんの野望(2)
なんにせよ、なるほどでした。
アレクシアさんの過去の色々と、娘さんの屈託のない可愛らしさが合わさった結果ですかね? アレクシアさんは、是非ともお姉さんらしくふるまいたいと、そう思われているようでした。
しかしです。
俺は首をひねりつつ、地面にカギ爪を走らせます。
《娘さんは、アレクシアさんのことを十分に頼れるお姉さんだと思っておられるのでは?》
そんな気がしますけどねぇ。少なくとも、同い年の友達って感じでは無いですし。頼れる年上の友人として、敬意の込もった親しさを示しておられるような気がしますが。
アレクシアさんもね、そんな娘さんの接し方がありまして。十分にお姉さんぶれているように俺には思えるのですけどね。
しかしでした。
「……貴方は、本気でそんなことを思っているのですか?」
返ってきたのは、こんな反応でした。
俺は思わずたじろぎます。アレクシアさんがですね、真顔の極地と言った表情で俺を見つめてこられていまして……あ、あの、怖いのですけれど。真顔でキレてるって感じがすごくてですね。え、何? 虎の尾を踏むような、そんな意見を記した覚えは無かったのですが。
《本気で思っておりますが》
気圧されつつも、素直な胸の内を文字にしてしたためます。するとアレクシアさんは、
「……はぁ」
呆れたようなため息でした。眼差しもそんな感じでして、半目でジトリと俺を見つめてきます。
「まったく、我が同志らしくない言葉ですね。確かにですよ? サーリャさんは、私を年上として非常に立ててくれています。それは間違いありません。そして私も、お姉さんぶった態度で接させてもらってはいます。これも間違いありません」
え、えーと、だったらそれで良いんじゃないですかね? 俺は正直にそう思いましたが、アレクシアさんの意見はもちろん違うようで。
「どうやらお分かり頂けていないようですが……問題は本質なのですよ」
いたって真剣な表情でアレクシアさんはそうおっしゃいましたが……ほ、ほぉ。本質。難しいことをおっしゃりますが、本質って一体何の話ですかね?
《詳しくお願いします》
アレクシアさんはすぐさま頷かれて、本質とやらについて語り始められます。
「私はお姉さんぶりたいのです。つまるところ、頼られたいのです。もっと言えば、甘えてもらいたいのです」
それはまぁ、そうですね。お姉さんぶりたいって、内容として考えればそうなるでしょうし。しかし、アレクシアさんが甘えられたいとか口にされていることに違和感がちょっとばかり。ラウ家におけるのほほんとした日々が、何かしらアレクシアさんに影響を及ぼしたのかどうなのか。
ともあれ、俺が分かりましたと頷くと、アレクシアさんは目に真剣な光を浮かべられます。
「そこがですね、本当に大事なのです。しかし、現状はどうか? サーリャさんが私を頼って、甘えてくれているのかどうか? ここまで話せば、私が本質と口にした意味、貴方には分かるはずです」
俺は返答に迷うのでした。い、いやー、分かるはずですって言われましても……
実際、娘さんはけっこうアレクシアさんを頼って、甘えていると思いますけどねぇ。ほら、こうして思い出せば、そんな場面はいくつもあって……ん? いや、あったかな? どうだっけ?
あー、はいはい、なるほど。ちょっとアレクシアさんの言いたいことが分かってきましたねー。
俺の胸中を察せられたのでしょうか。アレクシアさんは我が意を得たりと力強く頷かれます。
「そうなのです。サーリャさんは、私を立ててはくれますが、決して甘えてはくれません。そもそもですが、あの子はあんな顔をして、実際全く妹気質ではありませんので」
い、妹気質。なんか、すっごい妙な言葉を口にされてきましたね。いやしかし、アレクシアさんの言っていることはとても理解は出来ましたが。
屈託が無く、愛想の良い娘さんですけどね。人に甘えるタイプの人かと言えば、それはまったく違うからなぁ。
一度娘婿をという話はありましたけどね。基本的に娘さんは、ラウ家の次期当主として育てられてきた人ですので。
けっこう豪傑肌なところがあると言いますか。以前に、村を焼いた黒竜がアルバだとして、ハルベイユ候から使者の集団が送られてきたことがありまして。その時には、対抗策としてラウ家の一門の方々が集まって下さいましたが。
けっこうね、すごかったのでした。年上の歴戦の勇士みたいな人たちが集まってくれたのでしたけどね。本当、素晴らしい次期当主ぶりを見せられていまして。頼る、甘えるなんて、まったくあり得なくて。むしろ、ラウ家の勇士たちから「サーリャ様」「次期当主殿」と頼りにされているぐらいで。
とにかくです。娘さんは人に頼る、甘えるというタイプからは、けっこう遠い所におられるのでした。むしろ、頼られ甘えられる方の人間だと言えるのかもしれません。
「……正直に申しまして、私の方が頼って甘えているのが現状でして」
バツが悪そうに、アレクシアさんは眉をひそめてそんなことをおっしゃるのでした。
「毎日、私が飽きないようにと色々な場所に連れていって頂きまして。ご飯の方も、もちろん毎日作って頂いています。この服を見立ててくれたのはサーリャさんですし、さらには毎朝起こして頂いています。さらには、私の髪をクシでとかしても頂いていまして。私が遠慮しても、キレイな長髪だからと毎日笑顔で……」
ふーむ。なるほど、それは頼って甘えていると称しても、違和感などまるで無く。って言うか、お母さんとお子さんかな? アレクシアさん、もはや我が子みたいな扱い方をされてしまっているような。
「しかしっ!! これではダメなのですっ!!」
ちょっと背筋がビクッてなりました。アレクシアさんは拳を握りしめて、不満の声を上げられたのでした。
「これでは私が嫌なのですっ! 年上としての矜持もありますが、私はサーリャさんに甘えられたいのですっ! ですから、ノーラっ! 我が同志っ!」
こ、この人、こんな顔もされるんですね。
気合に燃える目をして、俺を見つめてこられていますが……
自身が相当熱くなっていることに気づかれたのか。アレクシアさんはにわかに熱気を収められました。しかし、瞳に宿るものはまったく変わらず。
静かに、そして切実に。俺に向かって、口を開かれます。
「なのでお願いします。是非、ご協力を。貴方ほどに頼ることの出来る相手は私にはいません。どうか私を助けて頂きたいのです」
そうして、深々と頭を下げて来られました。正直、この人が何で、ここまで甘えられたいと思っておられるのか。そこは分かるような分からないようなでしたが、一つ確実にコレだと分かることはありました。
この人、ガチだ。ガチでお姉さんぶりたいと思っていて、娘さんに頼られたい、甘えられたいと思っておられる。
これは……俺もガチでいかなければいけませんね。
《分かりました》
そう記しまして。アレクシアさんは頭を上げられて、ホッとされたように笑みを浮かべられました。
「良かったです。貴方ならそう言ってくれると思っていました。早速ですが、どうでしょうか? 何か策のようなものは?」
期待感たっぷりでした。この人らしくなく、目を輝かせて俺を見つめてこられます。
俺もね、ガチですから。
真面目にいきますよ。俺は全力のアドバイスを、カギ爪に乗せて地面につづります。
《無理です》
「……はい?」
アレクシアさんが、迫力たっぷりの真顔で俺を見つめ……いや、にらみつけてこられていますが。
えー、あの、その。ふざけてるのか? って、目で訴えられてこられても困るのですが。私はですね、その、本気でこの意見なのでありまして、はい。