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俺と、アレクシアさんの野望(1)

ハイゼ家での療養も終わり、ノーラはラウ家に戻ることになり。


戻ってきた平穏な日常。そこには娘さんことサーリャ、親父さんことヒースの姿が当然あったが……客人の姿が一つ、ラウ家の日々に彩りを添えているのだった。

 おそらく、これが今冬で一番素晴らしい出来事になるでしょう。


 ラウ家にですね、アレクシアさんがいらっしゃっているのでした。


 いやぁ、本当にめでたいことで。ある意味じゃあ、黒竜討伐の最大の成果になるのかな? カミールさんの助言もありまして、アレクシアさんは精神的な骨休みもかねてラウ家に長居されることが決まったのです。


 ハイゼ家に留まっていた時からですが、娘さんは本当にそのことを楽しみにされていて。アレクシアさんもまた、ラウ家で過ごす日々に前向きな期待を抱いておられたみたいで。俺もねぇ、お二人だったらきっと素晴らしい日々を過ごすことが出来るだろうなって、心の底からわくわくしておりました。


 ただ、実際にいらしたアレクシアさんですが、最初はけっこう緊張されていたようでした。


 さすがによその家族の家ですからね。勝手知り得ぬ他人の家ということで。遠慮もあれば、なかなか気を休められるようになるのは難しかったようで。


 しかし、一週間も経つ頃には、そんな様子はどこへやらでした。


 やはり信頼する娘さんと一緒だというのが大きいのでしょうね。今までに無く、安穏とした時間を過ごされている感じでした。


 ラウ家におけるアレクシアさんの日常ですが、もちろんそこには娘さんの姿がありました。多くの時間を、お二人で楽しく過ごしておられるようで。本当ねー、良かったなぁと思えるのでした。竜舎を訪れることも減って、ラウ家の領内を色々歩き回ったりされているようで……まぁ、少しばかり寂しさを感じないわけでもなかったですが、そこはともかく。


 とにかく、アレクシアさんはラウ家に十二分になじんで下さっているようでした。


 そのアレクシアさんである。


 だんだんと春めいてきた、晴れの午後である。現在、その姿は竜舎にありました。


 珍しくそこに娘さんの姿は無く、アレクシアさん一人でしたが。しかし、面白いなぁ。いやね? アレクシアさんは、準備も無しの長期宿泊ということで、娘さんの服を借りているんですけどね。


 シンプルな白の上着に、紺地のスカートである。これを娘さんが着ますと、本当素朴で可愛らしいって感じなのですが。アレクシアさんが着ますと、上品でお綺麗って感じで。服って着る人によっておもむきが変わるよなって、ちょっと面白く思えたのです。


 しかしまぁ、そんなことはどうでもいいか。


 アレクシアさん、どうしましたかね? 俺の顔を見つめておられますので、当然俺に用事なのでしょうが。しかし、表情が真剣です。青っぽい黒の瞳に、静謐な光をたたえておられます。ここでの生活でそこまで真剣になれる機会はなかなか無いと思うのですが……え、えーと?


《一体どうされました?》


 アレクシアさんの宿泊は、俺の文章力に多大な影響を及ぼすことになりまして。王都育ちの英才の薫陶を受けて、俺は格段に上達した文章を操れるようになったのです。


 ともあれ、俺が記した疑問を見つめてでした。


 アレクシアさんは重々しく、その口を開かれました。


「……相談があるのです」


 えーと、相談? 俺は思わず首をかしげるのでした。アレクシアさんが俺に相談? え、俺に? 娘さんでも無く、かなり親しげに接しておられる親父さんでも無くて、俺?


 ……なんか、すっごく心配になるのですが。


 率直に、娘さんと何かあったのだろうかと思ってしまいます。もしくはラウ家そのものと? い、いやいや、あんなに仲良く接しておられるので、それはまさか無いとは思いますが……


 何にせよ、大事件の匂いです。最近、ボケーっと過ごし気味の俺でしたが、ここは気を引きしめていかないとですね、えぇ。


 アレクシアさんのため、そして娘さんのため。


《そうでしたか。私でよければ、何でもおっしゃって下さい》


 覚悟を込めて文章をつづりました。アレクシアさんは深刻の表情そのままで頷かれます。


「ありがとうございます。さすがは我が同志。非常に心強いです。では……良いですか?」


 も、もちろん。俺もまた頷きを返し、アレクシアさんは静かに口を開かれます。


「……もっと年上ぶりたいのです」


 そして、それは厳かに告げられたのでした。


 ……なるほど。年上ぶりたいのですか。ふーむ、左様で。それはまさしく、近年マレに見る重要な問題で……って、ん?


 ……ん? ……んん? え、はい?


 えーと、何て言ったのこの人? 俺が見つめ返す中、アレクシアさんは再び口を開かれます。


「私はサーリャさんより年上となります」


 えー、はい。そうでしたね、私もそうと聞いていましたが。


「だからです。年上ぶりたいのです、もっと言えば、お姉さんぶりたいのです。同志ノーラ。お願いします。私に力を貸して下さい」


 その言葉には、この人にしては珍しく切実な感情の響きが込められていましたが……え、これ何て言葉を返せばいいの? ヤベぇ、よく分からないんですけど。アレクシアさんは、何があってこんなことを口にされているんですかね?


 これ、本当に何? どんな状況なの?


 俺が戸惑いを続ける中、アレクシアさんはすがるような目をして俺を見つめ続けていて……



 とにかくですね、俺は事情についてうかがうことにしました。



「貴方も知っての通り、私は満足な人間関係を作ることが出来ずに今日まで生きてきました」


 何故、お姉さんぶりたいのですか? そう尋ねて、最初に返ってきた言葉がこれでした。く、くっそ重い導入ですね。アレクシアさんの表情も、本当深刻そのものですし。


 この入りから、どうお姉さんぶりたいにつながるのか? ちょっと予想がつきませんが、ともあれ俺は耳を傾けます。


「かと言ってです。私が満足な人間関係を望んでいなかったかと言えば、それはまったくもって違います。あえて望まないようにはしてはいましたが、理想はありましたし、それを夢想することもありました」


 赤裸々なアレクシアさんの告白でした。


 これに対して俺は、心底共感を示すことしか出来ませんでした。分かる。くっそ分かる。俺も人間関係をあきらめてはいましたが、それでも理想像というものはあって。それをどうしても手放すことが出来なくて。それが、まったくもって苦しくて。


「私には多くの妹がいます」


 そしての、この言葉でした。ほうほう。そうだったのですか。お姉さんぶりたいといった言葉の意味がちょっと見えてくるようになりましたかね?


「もちろん、関係は良くありませんでした。いえ、良くは無いなどと言えたものではありませんでしたね。明らかに見下されていましたので。不出来な姉として、嘲笑の対象にされ続けていました」


 そうだったのですか。しかし、優秀なアレクシアさんを侮辱? まさかそんなことが……って、うーむ。そういうこともあるかもですかねぇ? 


 俺からすれば、アレクシアさんは嘲笑なんて思いもよらない素晴らしい人ですが。でも、貴族の価値観ってものがきっとあるでしょうし。


 貴族の価値観なんて、よくは分からないけどね。でも、貴族の娘さんに求められる優秀さと、アレクシアさんが持つ優秀さはちょっと違ったりするのでは無いでしょうか? 


 アレクシアさんの妹さんたちは、おそらく貴族の娘として優秀な人たちなんだろうなぁ。だからこそ、姉が劣っているように思えて仕方が無かったのかもしれません。でも、なんかなぁ。だからと言って、嘲笑なんてねぇ? 本当ね、腹が立つな。性格が良いとは欠片も思えませんね、まったくまったく。


 ここで何を思われたのでしょうか。アレクシアさんは嬉しそうにほほえみを見せられるのでした。


「ありがとうございます。どうやら、貴方は私のために怒って下さっているみたいで」


 そりゃもちろん、怒らざるを得ないでしょうよ。


 可能であれば、その妹さんたちに文句の一つでも言ってやりたいところでしたが、まぁ、今はそのことは脇に置いておくとしますか。


 それは今日の本題では無いですしね。アレクシアさんも、すぐに笑みを引っ込めて、話題を先に進めます。


「そして本題です。私は本当に幸せなことですが、サーリャさんに出会うことが出来ました」


 えぇ、そうでしたね。俺は頷きを見せます。俺にとっても人生最大の幸福と言って良い出会いでしたが、アレクシアさんにとっても非常に得がたいものだったでしょうね。


 アレクシアさんは感慨深げに頷きを返されるのでした。


「本当にありがたい出会いでした。正直なところ、彼女に出会う前の私は、かなり精神的にすり減っていて参っていまして。サーリャさん、それに貴方と出会えていなかったら、私は一体どうなっていたことか……」


 やっぱりではありましたが、アレクシアさんにとって、娘さんは本当に大事な存在のようで。しかし、俺も娘さんと並べて語って下さるのですね。ついでだと思いますけど、それは心の底から嬉しいことでした。


 しかしまぁ、本題ですよね、本題。俺はじっとアレクシアさんの言葉に耳を傾けます。


「とにかく、サーリャさんです。彼女は私の年下で、非常に明るく、可愛らしく……だからこそ、ちょっと思うところがありまして」


 ここまで来たら、さすがに俺にも理解出来ました。


《実の妹さんたちと出来なかったことを。そういうことですか?》


「その通りです。若干、それが夢みたいなところもありまして。サーリャさんは本当にかわいらしい妹みたいな感じがありますし、是非お姉さんぶってみたいと思ったのです」


 なるほどです、よく分かりました。


 ぶっちゃけ、けっこう異様な感じはありますが、それがアレクシアさんの望みのようでした。



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