俺と、ドラゴン冬の陣(6)
そういうことでリーグ戦開幕です。
種目はリバーシ。優勝賞品は私、ノーラとなっています。うーん、意味分からん。でも、これが現実という恐ろしさである。
ともあれ、開始となったわけで。
すでに日は落ちて、しかし熱気は高まる一方。半月が煌々と輝いていれば、ドラゴンの視界に不自由は無い。竜舎の各所で、熱戦が繰り広げられている。
俺もねー……ふっふっふ。やる気満々でしたよ。
皆の対局を羨望の眼差しで見つめていた俺ですけどね、だからこその進歩があるはずで。俺だってね、見て学んできたからね。
その経験が実戦に際して生きるはず。俺が一位になってもいいはずだもんね。優勝賞品は俺であり、俺を自由に出来る権利。つまるところ、俺が優勝すれば、俺が俺に何をさせようがラナには文句が言えないはずで。
それで自らサーバスさんに協力すればいいわけで。
よーしである。
優勝してやるもんね! 俺をハブにしてたヤツらに目にもの見せてやるもんね!
そう俺は意気込んでいたのですが。
『……あ、そちらの組終わりました? 貴方の勝ち? はーい、分かりましたー』
足元にはリーグ戦の総当り表がある。四角に大きく斜線の入った、よく見る表だ。そこに俺は勝敗を書き込みます。えーと、ここがマルにここがバツ、と。
うーん、けっこう試合が進んできましたねー。これで上位者も絞れてきたかな? 意外なドラゴンが勝利を重ねたりしますねー。こうやって推移を見守るのもねー、なかなか面白いですねー。わっはっはっは。
……仕方ないよね。
『でも、リーグ戦ってよく分からないから。進行お願いね』
そう言われてしまったらねー。ラナにね、言われたのですが。俺言い出しっぺだしね。じゃあ、しっかりやってみせますよって話で。対局しながら出来るとも思えなかったので、専念せざるを得なかったわけで。
と言うことで、俺は賞品兼進行役としてリーグ戦に関わることになりました。なかなか得がたい経験ではないでしょうか? なんて、そう思うことで俺は自身の虚しい胸中をなぐさめるのでしたが……はぁー。まぁ、仕方ないかなぁ?
わりと諦めはついたのでした。実際のところ、進行役ってのもけっこう面白かったしね。
リーグ戦を俺が成り立たせている実感があって、何とも言えない充足感があったし。
ともあれ、俺は傍観者です。
勝敗の報告が無い時は、じっと皆の対局を眺めたりしてます。
いや、皆ってわけじゃないか。俺が注目しているのは、主に一体のドラゴンでした。
サーバスさんである。
人間の言葉を学びたい。俺にそんな頼み事をしてきた、唯一無二のドラゴン。
サーバスさんもまた、現在対局の最中でした。
実力からすれば鎧袖一触。そんな大きく実力の劣る相手との対局中でしたが、サーバスさんの顔は真剣そのものでした。
一勝でも逃せば、一位が遠のく。そんな心境にあるのでしょうかね。いつものすました顔つきとはほど遠く、眼光鋭く盤面に向かっておられます。
……何としても俺から言葉を学びたい。そういうことなのですかね。
思わず考えちゃいますね。俺から学びたいと思ったその判断の裏側です。
人間と話したいのは間違いないけど、その相手はクライゼさんなのですかね。
ドラゴンは決して人にはなつかない。
一騎討ちの頃はね、サーバスさんもそんな感じでしたが。人に興味は無い。当然、クライゼさんにもそんな感じで。
でも、先の戦の頃には、どうにも違ったようで。負傷したクライゼさんを、非常に気にかけておられて。
最近は特にね。自ら俺の真似をして、お辞儀をしてみたり。
きっとサーバスさんの心にあるのはクライゼさんであろう。クライゼさんの存在があって、言葉を学ばれようとしているに違いない。
しかし……そこにある感情は何なんだろうなぁ。
なんか、キレイに見えるのでした。
もちろんサーバスさんがである。元からスラリとして、青空に白の体躯が良く映えるおキレイな方だったのですが。
感情の色を見せる今のサーバスさんは……なんかこうね。今までと違った、不思議な魅力があるように思えます。
恋する女性はなんて言いますが……まぁ、まさかね。
なんにせよ、リーグ戦は進みます。
案の定と言いますか、ラナとサーバスさん、この二体が順調に勝利数を伸ばしていきまして。
ドラゴンリバーシ文明の開祖、リバーシさんも結構食い下がったのですが、彼女たちには一歩も二歩も及ばず。
ちなみにですが、アルバはリーグ戦の表に名を連ねていません。寝てます。リバーシで遊んで、ほどよく疲れることが出来て、快眠出来るようになったようでして。うーん、本当アルバらしくてけっこうなことで。
結局でした。
それを見越して表を組んだのですが、ラナ対サーバスさんの全勝対決となりました。
竜舎中のドラゴン……もとい、アルバを除いたドラゴンの全員がラナとサーバスさんに注視します。
いよいよ、クライマックスのようで。
『……やっぱりアンタよね』
ラナが『ふふっ』と静かな笑い声をもらしました。そこにある響きは強敵の存在を喜んでいるようであり。
『せっかくだからね。良い戦いをしましょうね』
なんか、スポーツマンシップを感じさせるそんな呼びかけ。いやさ、君、サーバスさんの思いを利用して、無理やり自身の遊びに巻き込んだんだからね? 多分、忘れてると思うけど。そんな発言が出来る立場じゃないと思うよ? 俺は。
で、サーバスさんである。良かった。どうやらこの人はラナの自分勝手な雰囲気に飲まれていなようで。
『私は別に……勝ちたいから勝つけど』
淡々として応えます。しかし、そう見える一方で……目が違うよなぁ。いつになく、目がランランと光っておられるように思えます。
そして、対局が始まります。
現在、どちらが有利なのか。それは正直、俺の実力では分かりませんでした。盤面から読み取るのはちょっと無理。でも、二体の表情からは少し分かるところもあるようで
表情筋が豊かとは言えないドラゴン。それでもラナには余裕があるように見えました。目は笑っているように見えて、不利にあるような感じはまるで無い。
一方で、サーバスさんからは苦渋の色が見えるのでした。
ドラゴンで一番表情が読み取りやすいのは目ですが、その目が苦しげに細められています。空戦でも一度として見たことがないような、サーバスさんの表情でした。
……本気なんだなぁ。
本気で勝ちたいようで。本気で言葉を学びたいと思っておられるようで。
そこにある感情は、本当に何なのだろうか。
感情の先にいるのがクライゼさんだとしてだ。その感情は一体どんなものなのか? 騎竜としての、騎手に対する親愛か? 友情のようなものを抱いているのか?
もしくは……いや、それはあり得ないだろうけど。
サーバスさんはドラゴンで、クライゼさんは人間なのだ。きっと、それはあり得ない。そんなことはあり得るはずは無い。
ひたむきに勝利を目指すサーバスさん。その必死の様子は、どうにも友情以上のものを想起させるけど……本当、無いだろうね、それは。
俺と娘さんのことを考えればね、分かることだった。
サーバスさんが、異性としてクライゼさんを……なんてね。はは、そんなことは……
『……ッ!!』
ラナの口から舌打ちに似た痛烈な声音が響く。ドラゴンたちの間から『おおっ!』とどよめきが巻き起こる。
……え、えぇと、何か盤面に変化があったのかな?
サーバスさんのことで頭が一杯で、盤面のことなんてまるで気にしていなかった俺ですが。
俺は竜舎にて、ラナとサーバスさんの間に居をかまえているわけで。下を向けばすぐに、盤面が目に入ります。
その盤面から読み取れることですが……お? 勝ってる? サーバスさんが優勢じゃないかな、これ? ラナがマルでサーバスさんがバツを担っているんだけど、盤上では明らかにバツの数が多いように見えるんだけど。
『……やってくれたわね、サーバス』
苦々しげなラナの呟き。それに対して、
『……勝つのは、私だから』
サーバスさんは目を静かに光らせて盤上に向かわれるのでした。